8:11 Apheed Lost ─アフェードロスト─
翌日の朝型。
私はクレスが手配した馬車に
(……書物はすべて役に立たんかったな)
地下の書庫から得られた情報は『栄光の分裂』という史実のみ。更に気に食わないのは、女性用の衣服が城内に無かったことで未だに使用人の服装を纏っていること。
『これが入国するための許可証だ。エメールロスタで貰った許可証と一緒に見せるといい』
『到着にかかる時間は?』
『早く見積もっても数時間ってとこだが……。道中でトラブルがなければ日が暮れるまでには着くはずだ』
事が上手く運ばず、私は馬車の中でクレスから受け取った許可証を見つめる。入国するためにはスノウとクレスの認可が必要なアフェードロスト。過保護な体制に私は表情を曇らせた。
「……?」
馬車の窓から顔を覗かせれば視界に映り込むのは整備された通行路。傍から見れば何の変哲もないただの道。しかしとある箇所が目に留まった。
(……あれは
馬車が進む先に伸びた一本の紐。視線だけで辿ってみれば草陰の奥まで伸びている。私はならばと視線を移したのは進行先まで伸びた紐の先。
(土の下に、埋まっている……?)
紐の先は土の下に埋められていた。私は一瞬だけ思考を張り巡らすとすぐさま御者の元まで駆け寄る。
「おい」
「あぁ? どうしたんだいお客さん?」
「今すぐ馬車を止め──」
そして御者に馬車を止めるよう指示を出した瞬間、
「……ッ!!」
馬車の先で轟音と共に爆発が巻き起こった。激しい爆風が迫りくると馬車は吹き飛び、泥と共に私の身体は後方まで吹き飛ばされる。
(やはり、爆破物だったか……)
鳴り止まぬ耳鳴りと鈍痛が染み渡る肉体。私は片膝を突きながら紐の正体が導火線だったと確信した。威力が凄まじかったのか、馬車は愚か、馬や御者は肉塊に成り果てている。
「おぉ~、思ったよりも派手に爆発しやがった」
草陰から姿を見せるのは黒と深緑が入り混じった髪色に、後ろ髪を一つ結びにした男。特殊な繊維で作られた黒のコートを羽織り、吹き飛んだ馬車を眺めて満足げな笑みを浮かべる。
「……っ」
「兄貴! 女が一人生き延びてやがったぜ!」
背後から突然蹴りを入れられ私はうつ伏せに倒れ込む。顔だけ動かして状況を確認してみると、男の仲間らしき盗賊が数人私のことを取り囲んでいた。
「あぁー……クレスんとこの使用人か? いや、にしては髪の色がちげぇな」
(……この男)
「どうします兄貴? 殺しておきます?」
「いいんじゃね。さっきの爆破でどうせ死んでただろうし」
コートの男は興味が失せるようにこちらから視線を逸らす。取り囲んでいた男共は倒れている私にじりじりと歩み寄ってきた。
「んじゃあその前に……この女、俺らで
「おいおい、お前らまたヤんのか? この間、連れ去った村の女を回したばっかだろ」
「こういうのはヤれるうちにヤった方が得なんすよ。ほら、兄貴もどうっすか?」
「アホ、俺は心に決めた女がいんだよ。お前らでヤッてろ」
馬車の破片を手に取って捨てるを繰り返すコートの男。その姿を見つめていると、私の全身に男共の汚らわしい手が触れ始める。
「……男共、私に触れるな」
「安心しなお嬢ちゃん。必死に吠えなくてもどうせ俺らに
「どうやら」
そう言いかけた瞬間、私は身体を跳ねさせると足元側に両足を突いた男の首を両足で挟み込み、
「お前たちは立場を理解していないらしい」
「ごぅがッ!?」
身体を捩じって男の首をへし折った。突然のことで状況が理解できない男共。私が考える時間を与えるはずもなく、
「鳴くのはお前たちの方だ」
「うっぶぅぐぁあッ!?」
流れるようにその場へ立ち上がると、右脚で右隣にいた男の股間を蹴り上げる。悶えている間に左隣にいる男に向かって、
「ごッッふぐぉおぉッ!?!」
左手で胸元へ掌底打ちを打ち込み、肋骨を折って左肺へと突き刺した。左隣の男は吐血をしながら仰向けに倒れ込む。これで二人は始末し、残りは悶える男を含めて三人。
「く、来るんじゃねぇ女が! こ、殺すぞ!」
ナイフを取り出してこちらに矛先を向ける二人の盗賊。私は平然とした顔で歩を進める。
「こ、このやろぉおぉーーっ!!」
「躊躇いもないか」
鋭利なナイフを構えてこちらへ迫りくる盗賊たち。怯えてはいるがナイフで殺めることに手慣れているらしい。
「なら失せろ」
「かっは……ッ!?」
「ごぉッふ、ごほ……ッ!?!」
一人目はナイフを奪い取り、顎から脳天にかけて掌底打ちで貫通させる。二人目はナイフを右脇腹へ刺してから膝蹴りで更に奥まで突き刺した。尽き果てる盗賊の二人。残りは股間を蹴られて悶える一人の男。
「あ、兄貴……た、助けてくれ……ッ!!」
「嫌なこった」
「……えっ、はっ?」
「ヤろうとしたのはお前らじゃねぇか。なんで俺がケツ拭かなきゃいけねぇんだよ」
「そ、そんなッ──うぶぉッ!?」
両膝を突いて主犯格の男へ助けを求める盗賊。私は右脚を振り上げると、その頭部を力強く踏みつけ、地面へと強引にへばりつかせた。
「薄情だな」
「下着を拝ませてやれるお前とは
主犯格の男は自身の頭を人差し指で三度突っつく。私はその後ろ姿を見つめながら、もう一度右脚を振り上げ、
「下着一つで温情か。謙虚な男だな」
「そりゃどーも」
盗賊の首元へ勢いよく振り下ろし首の骨を小枝のように踏み折った。盗賊の肉体は力を失ってその場に前のめりで倒れ込む。
「にしてもお前強すぎじゃね? どっかで動術でも習ったりしてたか?」
「貴様に答える義理はない」
「冷たいねぇ……。まっ、俺は爆発の威力を確かめられたんで満足したわ──って、あ?」
馬車の残骸に見飽きた主犯格の男。やっとのことでこちらへ視線を向けた……が、私の顔を認識した瞬間、間抜けな面を浮かべる。
「おい、マジかよ……? お前もしかしなくても
「……私のことを知っているのか」
「おいおいおい……マジか、マジなのか……?」
主犯格の男は表情を明るくさせるとこちらへ歩み寄って、中腰になりながら私のスカートを掴んで思い切りたくし上げた。次に手を這わせるのは左脚に履いた太腿丈の白いソックス。
「おいおい、マジのマジじゃねぇか」
転生者の紋章の位置を知っているかのようにソックスを下げ、私が本物だと確信を得ると腰を上げる。
「何百年ぶりかに会えて嬉しいぜ
「知らん。誰だお前は?」
「
「……そうか。お前は『悪党かぶれ』だったか」
ろくでなしの
「忘れてくれんなって。俺とお前はベストパートナーだったろ?」
「お前と相棒になった覚えはない」
スティグマから追放される前から私はこの男に付きまとわれている。基本的には行方を暗ませば突き放せるが……ごく稀にこの男と修羅場を潜り抜けなければならない状況下も無いとは言えなかった。
「あ? じゃあ俺の伴侶になった覚えはあるんじゃねぇか?」
「……過去の話だろう」
そのせいでこの男は私のことを相棒呼ばわりしてくる。更にとある事情でこの男の伴侶にまでなった。私は下らない過去を思い出し、左脚のソックスを上げてからアフェードロストの方角へ歩き出す。
「私は忙しい。『悪党ごっこ』は他所でやれ」
「待てって相棒。アフェードロストまで行きてぇのか?」
「……そうだと言ったら」
「俺が連れてってやるよ。イイ馬がいるんだ──いってぇッ!?」
そう言いながら私の尻を意気揚々と叩いたロック。私は反射的に右脚でロックの尻を手加減無しで蹴り上げる。
「来世までにその手癖を直せと忠告したはずだ」
「いっつぅ~……。はいはい、来世までに直しとくわ」
「……前世でも同じ答えを聞いていたが?」
「前世の記憶なんてねぇんだなぁそれが」
いつもの調子で言葉を返してくるロック。蹴られた尻を押さえながらも落ち着きを取り戻すと、私の方へ視線を向けてきた。
https://kakuyomu.jp/users/Kozakura0995/news/16817330652211783498
「お前、いま何年目だ?」
「今年で十六年目だ」
「おっ、じゃあ結婚できんじゃん。また俺の伴侶になってくれよ」
「色沙汰に興味はない。私は──」
「『吸血鬼共をこの世界から死滅させる』だろ? んなこと分かってる。だから予約だよ予約。吸血鬼が消えたら俺と二人で暮らそうぜって話だ」
ロックはこちらへそう微笑みかけてくる。私はしばらく考える素振りを見せてから再度歩き出し、
「……保証はできんぞ」
「アホか。保証のある結婚なんてねぇよ」
ロックに連れられて馬を待機させている場所まで案内された。待機していたのは二頭のこげ茶の馬。私とロックは騎乗しアフェードロストまで出発する。
「そういや聞いてなかったわ。アフェードロストに何の用があんだ?」
「私は転生前から転生後まで千年の空白がある。その空白を埋めるためにアフェードロストへ向かう」
「可愛らしいお寝坊さんだな」
「抜かせ」
森林を抜ければ小鳥や魚で賑わう透明な湖が視界に広がった。風に吹かれる花弁は私たちの顔の前を過ぎ去り、蜜の匂いが鼻元へ漂う。
「お前は何も知らないのか?」
「俺はマジでこの辺をぶらぶらしてただけだしな。それよりも相棒……なんで黒薔薇の紋章が付いてんだよ?」
「……色々とあっただけだ」
私はロックに今まで遭遇した面倒事をすべて話した。半分吸血鬼の肉体、血涙の力、眷属との対峙、異世界転生者の存在、そしてグローリアの人間に命を狙われ逃亡中であることを。
「終わってんじゃん。そのツイてねぇ人生」
「……私もつくづくそう思う」
「まっ、俺と再会できてツイてる人生になったんじゃねぇか?」
「ツイてない人生により磨きがかかっただけだ」
「安心していいぜ。俺がその人生ごとお前を貰ってやるから」
気取った顔をしているロック。冗談ではなく本気で言っているのだと長年の付き合いのせいで嫌でも分かる。私はどこまでも調子がいい奴だと鼻で嘲笑った。
「んで……あぁそうだった。一つだけ有益な情報を思い出したな」
「それは?」
「相棒、グローリアってロザリア大陸の国だろ? 俺は世界中ぶらぶらしてたが……
「とある時期というのは──セリーナ・アーネットの死後か?」
「おぉ分かってんじゃねぇか。千年のブランクがなくて良かったぜ」
皇子のクレスがセリーナの訃報すら知らない状況。私は「やはりか」と眉を顰めると景色が湖から自然の花園へと移り変わる。
「どういうわけかロザリアは排他主義に切り替えちまった。俺が思うに……何か裏があるに違いねぇ」
「……だろうな」
花々が讃美歌を奏でる花園を抜けると見えてくるのは外壁。形状はエメールロスタのような氷の結晶に近いが、恐らく国の外壁は何かしらの『花』を象徴している。
「あなたたち、止まりなさい」
正門まで近づけば白の制服を纏った女性の騎士に止められた。私は返事をする前に二種類の入国許可証を見せつける。
「……確かに本物みたいね。一応聞いておくけどお二人の関係は?」
「んなもん決まってんだろ。おしどり夫婦──ごふッ!?」
良からぬことを口走ろうとしたロックに全力で横蹴りを入れて馬から落とす。女性騎士は突然のことで呆然としていたが、
「主従関係だ。この男が主で私が使用人」
「わ、分かったわ。街の中では仲良くしなさいよ」
私が何食わぬ顔で関係性を述べると頬を引き攣って正門を開いた。私は落下したロックを無視してアフェードロストへ入国する。
「おいおい、遠慮のなさっぷりは変わらねぇのか?」
「間違いを訂正しただけだ」
「訂正すんのに蹴り入れんのか。サイコーに手が込んでんだな」
次に目指すは城内の地下書庫。立ち入るにはクレスの妹とやらと面会しなければならない。私とロックは馬繋場へ馬を待機させ、一際目立つ城へと向かうことにした。
「アフェードロストについて知ってることは?」
「ねぇんだなそれが。そもそも許可証ねぇと入れねぇし。色々やったけど全然手に入んなかったんだよな」
アフェードロストの城下町は花壇や植木で多く彩られ、人々は皆が皆笑顔で過ごしている。アダールランバのように『活気に溢れている』というより『平穏そのもの』という言葉が相応しいだろう。
「……馬車を爆破したのは許可証目当てか?」
「あ? そうだけど?」
問題でもあるのかと言いたげな顔でこちらを見てくるロック。私は呆れてモノも言えず視線を逸らしていると、
「あらあらあら、そこの素敵なお二人さぁん! 初めて見る顔だけど……もしかしてお客様かしら?」
声を掛けてきたのは波がかかった白の長髪に紅い瞳。そして桃色と黒色を基調とした長袖のワンピースを着たおっとりとした女性。
「あぁ、お客様というか夫と妻みたいなもんだ──いってッ!?!」
「まぁまぁ~、痛そうな蹴りだこと~」
また余計なことを口走ろうとするロックの尻を右脚で蹴り上げる。その光景を目にした女性は楽しそうに微笑んだ。
「誰だお前は?」
「あっ、ごめんなさいね。名乗りが遅れちゃったわ」
おっとりとした女性はスカートの裾を持ち、気品のある振る舞いで軽くお辞儀をすると、
「私はアフェードロストの統治者
突風に流される鮮やかな花弁に彩られながら温厚な微笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます