1:10 Original Sin ─原罪─
仮試験を乗り越えた数日後。シーラの家へ二通の手紙が届いた。私は自分の姓名が書かれた方を手に取り、封を開けて中身を確認する。
(……合格通知か)
手紙の中身は本試験を受けるために必要な合格通知書だった。加えて、契約書も半分も折り畳まれている。
『本試験は一週間後に行う。本試験の会場は"アルケミス"となるため、馬車での移動を必要とする。時刻は八時。仮試験を受けた会場へ集まるように』
入学に関わる本試験は一週間後。私は合格通知書と契約書を持って自室に戻ろうしたが、
「ん、何か来てたのか?」
「……自分の目で確認しろ」
「いや、そんぐらい教えてくれてもいいんじゃないすか……」
リビングですれ違ったキリサメに声を掛けられ私は淡白な返答をする。キリサメは苦笑しつつも自分宛ての手紙を見つけ、中身を確認した。
「う、うおぉおぉッ!? お、俺が合格してるッ!?」
歓喜に満ちた叫び声。朝から煩わしいと両手で自身の耳を塞ぎ、自室に戻るために階段を上る。
「見ろよアレクシア! 俺も無事に合格……っていねぇし!」
ドタバタと大きな足音を立てて、犬のように私の後を追いかけてくる。相手にするのが面倒だ、とすぐに自室の扉を力任せに閉めた。
「なぁ、俺でも合格できたんだよな! これって夢じゃないよな、アレクシア!?」
「……調子のいい男だ」
それでもしつこく声を掛けてくるキリサメ。私は合格通知書や契約書を机の上に放り投げ、閉ざされた扉の前に立つ。
「もちろんお前も合格したんだろ?」
「根性だけのお前が受かって、私が受からんなんてことはない」
「ははっ! 今ならどんだけ悪口を言われてもすぐに許せる! どんどん言ってこいよ!」
仮試験を通過したことで威勢のいいキリサメに呆れていると、下の階から来客用の鐘の音が聞こえてきた。
「おーい! 起きてるか海斗ー!?」
「この声は……伊吹か!」
キリサメは階段を急いで駆け下りていく。耳を澄ませてみると下の階からジェイニーやイブキの声が聞こえてくる。
「あらご機嫌よう。キリサメさん」
「聞いてくれよ伊吹にジェイニーさん! 俺、本試験を受けられるんだ!」
「おー、やったな海斗! ちなみに俺とジェイニーも無事合格したぜ!」
次に耳に入ったのはコツン、コツンと静かに誰かが階段を上ってくる足音。私は嫌な予感がし、閉ざした扉を手で押さえた。
「アレクシアさん。こちらにいらっしゃるのでしょう?」
「ここにはいない」
「あなたは自身の名前をご存知なくて?」
ガチャガチャとレバー型のドアノブを揺らすジェイニー。鍵が付けられていないため、部屋に入られたくない時はこのように手を押さえなければならない。
「……アベル家の人間は常識知らずが多いのか?」
「アレクシアさんはご友人ですもの」
「"間に垣根を作り友情を保て"という言葉をよく覚えておけ」
「それはアレクシアさんが私と親しい仲だと認めている……ということでよろしくて?」
こじ開けようとするジェイニーに抵抗して、私は扉に背をピッタリと張り付け、扉が開かないように押し返す。
「違う。私はお前の友人の為に忠告しただけだ」
「言葉遊びはここまでにしましょう。私は仮試験でアレクシアさんが見せたアベル家の剣技について聞きたいことがありますの」
「そうか。お前に話す必要はない」
「いいえっ! あなたはっ、話さなくてはっ、なりませんっ……!」
力一杯に扉を押してくるが私の力には敵わない。ジェイニーは押すことを諦めると、今度は扉を何度もノックし始めた。
「無名のバートリ家が名家のアベル家の剣技を扱えるのは何故ですのっ! 何故私よりも遥かに上手く……!」
「私が道化師だからだ」
「今は冗談を求めていませんわ! 私は真剣に――きゃあっ?!」
背中で押さえ込んでいた扉から離れると、向こう側からジェイニーが勢い余って部屋の中へ転がり込んでくる。
「お前は"
「
淑女らしく横座りをしたジェイニーは、アベル家の始祖である人物の名を上げると表情を曇らせた。
「――アベル家の仇」
「……仇?」
「その肉体を吸血鬼に捧げ、アベル家の顔に泥を塗った謀反人ですわ。歴史上でもアベル家の者たちを何百人と殺して──」
「ニーナ・アベルが吸血鬼になっただと?」
にわかに信じ難い話。私は思わずジェイニーの言葉を遮りながら顔を近づける。
「え、えぇそうですわ。お母様とお父様からそんな話を聞いて……」
「ならアベル家以外の始祖たちはどうなった?」
「ア、アレクシアさん? 急にどうしたのですか?」
「……いや、何でもない」
凄まじい形相で詰め寄った私はジェイニーの言葉で我に返ると、部屋の窓際まで移動した。そして心を落ち着かせるために一度だけ深呼吸をする。
「ニーナ・アベルは……吸血鬼共としてまだ生きているのか?」
「噂だと吸血鬼の中でも上位に区分される――"
「原罪? 何だそれは?」
爵位として聞き覚えの無い原罪。私は背を向けたまま、ジェイニーに原罪について尋ねた。
「公爵の元に仕える"十匹の吸血鬼"。このグローリアで例える十戒様のようなものです」
「残り九匹の原罪は誰が?」
「……そこまでは私も。リンカーネーションの中ですら、原罪と出会ったことのある人間はごく僅かですもの」
ジェイニーはゆっくりとその場に立ち上がり、スカートに付いた汚れを手で払う。
「原罪は五百年以上も前から存在していたと聞いていますわ。十戒様も何度か殺され、頻繁に入れ替わりが続いて……」
「来世はないのか?」
「来世、とは何ですの?」
「……今の言葉は忘れろ」
十戒の始祖たちが
(この時代では私以外に……"本物"はもう存在しないのか?)
窓から空を見上げてみれば天気は不穏な曇り空。太陽はすっかりと隠れ、一筋の陽の光すら差し込まない。
「アレクシアさん? 話を戻しますが、仮試験で披露したアベル家の剣技は――」
「話すつもりはない」
「私はアレクシアさんに色々と話をしてあげましたわ。今度はそちらが話をして頂く番ではなくて?」
こちらへ歩み寄ろうとするジェイニー。初代十戒が魂を売ったことに憤りを隠せない私はその場で振り返り、
「今すぐ帰れ」
「……!」
やや荒々しい語気でそう言い放った。ジェイニーは私の左目を見ると、驚きに満ちた表情で目を見開く。
「アレクシアさん、その瞳の色は……」
「……瞳?」
窓に反射した私の左目は青色ではなく赤色へと染まっている。私は初めての現象に、左目を軽く押さえた。
「これは……」
「きょ、今日はこれぐらいにしておきますわ! 次に会った時は、必ず剣技について聞かせてもらいますわよ!」
ジェイニーは逃げるようにして部屋から出ていく。私は後ろ姿すら見送らず、窓に映る自分の姿を見つめていた。
("取り乱した"せいで、私の瞳の色が変わったのか?)
窓に映り込む私の右目は透き通った青色。対して左目はやや濁った紅色だ。今の私の状態は"オッドアイ"と呼ばれるものに近い。
「アレクシア? ジェイニーさんがすげぇ顔で下の階まで来たけど……」
「……悪いが、今は独りにさせてくれ」
「お、おう。もし体調が悪いならシーラさんだけには相談しとけよ」
扉の向こうからで呼びかけてくるキリサメにそう伝え、私はベッドに腰を下ろした。真っ白なシーツが薄紅色に染まっていくような気がし、左の瞼だけ固く閉ざす。
「……また独りか」
曇り空からぽつぽつと雨が降り始める。窓の向こうにへばりついた雨粒は、何かに縋るようにして、ゆったりと落ちていった。
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