1:8 Sword Technique ─剣技─


 脱衣所から続いていた通路を抜ければ、そこは藁で作られたカカシが設置された訓練場。薬品の匂いがやや漂っていた脱衣所とは違い、屋外の空気はとても澄んでいる。


「ジェイニー!」

「あらイブキさん。身体能力の試験は終わりまして?」

「おう、なんか変なカプセルに入れられてな!」


 アーロンとヘレンが私たちの前に立てば、男性陣からどよめきの声が上がる。恐らく皇女がこの場にいることに驚いているのだろう。 


「では剣技の試験について説明を行う。まず最初にこの試験は受ける必要はない」 

(……聞いていた通りだな)

「この試験で得られる点数の扱いは追加点となる。本来の百点満点の試験には含まれず、最大二十点加算されるということだ。諸君らにとって、この試験はボーナス点となる」


 アーロンは隅に控えている者へ視線で指示を下すと、三年前に孤児院で見かけた黒色の剣が数本運ばれてくる。


「君たちの剣技の点数は私たち二人が配点する。堅苦しい試験というよりもアカデミーに入るための"アピールタイム"みたいなものと考えてくれ」

「……では、諸君らの中に剣技を見せる意志のある者は剣を手に取れ」

「はい、私が最初に披露させて頂きますわ」


 ジェイニーが先陣を切って並べられた剣の一本を握りしめた。気品さを醸し出しながらも、藁のカカシの前に立つ。


「君の名前は?」

「ジェイニー・アベルです」

「そうか。君は"フローラ"から聞いているアベル家の……」

「ではジェイニー・アベル。私たちに剣技を見せてもらおうか」


 アーロンの言葉を合図にジェイニーは剣を縦持ちに変えると、優雅に構えてみせた。立ち姿は一輪の花のようにも見える。

 

「参ります」


 華麗にカカシへ斬りかかるジェイニー。決してすべてが素早い動きではない。ただ剣の振り始めから振り終わるまでの間だけ、常人とは思えないほどに速かった。


(……私が知っているアベル家の"あの術"は、この時代まで引き継がれているのか)


 アベル家は信仰心に長けた名家。私は過去にアベル家の始祖である"十戒"の一人と手合わせしたことがある。


『ヒュブリス。神に愛された私が、神に嫌われたあんたを超えられるのか。それを試したくなったわ』

『神におしゃぶりを付けてもらっているお前には――私を一生超えられない』


 その人物もゆったりとしているように見せかけ、振り始めから振り終わるまでの間は光でも通過したのかと錯覚するほどの速さ。


「――以上です」

(……まだ"アイツ"ほどじゃないな)


 カカシはズタボロに斬り捨てられているが、ジェイニーの剣技はその血筋が垣間見えるだけ。剣技が洗練され尽くしているわけではない。


「見事な剣技だった。ジェイニー・アベルに十八点を付与しよう」

「え、十八点……? 皇女様、どうして私は満点ではないのでしょうか?」


 その剣技に周囲の人間が「おぉ」と声を上げた。その為、誰もがジェイニーに満点を与えられると思ったが、皇女はジェイニーに満点ではなく十八点を与える。


「突き技の鋭さですか? それとも動術どうじゅつの甘さが――」

「髪が長すぎるからだ」

「か、髪の長さ?」

「私ぐらい強ければいいが、君はまだ食屍鬼とすら戦ったことがないだろう。人間にとって髪の長さは生存率に関わる。本試験の前に必ず短くしておくといい」


 ヘレンの言い分にジェイニーは納得のいかない表情で剣を戻した。こちらに帰ってくる途中、私のことを見ていたが、わざと視線を逸らして無視する。


「んじゃあ、次は俺が披露します!」

「マジかよイブキ……!?」

「任せろ! これでもちゃんとジェイニーと練習したんだ!」


 次にイブキが剣を手に取り、カカシの前に立った。構え方はジェイニーのものと酷似している。恐らくはアベル家から剣術を教わったのだろう。


「いきまーす!」


 イブキはカカシに向かって剣を力強く振るった。そこにジェイニーのような優雅さはないが、一太刀の威力はそれなりだ。イブキが何度か振り回せば、カカシはバラバラに引き裂かれる。


「勇ましい剣技だ。名を述べよ」

「ケイタ・イブキです!」

「いいだろう。将来性を考慮し、十七点を与えることにする」

「あざいます!」


 イブキは剣を元の位置に戻すと、キリサメやジェイニーにピースをしながら帰ってきた。どうもこの男はお遊び感覚で試験を受けているように見える。


「お、俺もやります!」


 意を決したように手を挙げるキリサメ。当然だがこの男は剣技を教わってもいないし、私も教えていない。素人の身で挑戦するつもりだ。


「あまり無理をしてはいけない。まずは肩の力を抜いてから斬りかかるんだ」

「は、はい!」

「では、お前の心を見せてもらおうか」


 剣を握った瞬間から、アーロンとヘレンはキリサメが剣技を知らぬ素人だと見抜いていた。その証拠にヘレンが助言を与えたり、アーロンが"剣抜"ではなく"心"という言葉に変えている。


「うおりゃぁああッ!!!」

(……見ていられないな)

 

 酷い有様だ。ジェイニーやイブキと比べれば、あまりにも滑稽だった。カカシすら斬れていない。私は視線を逸らしつつ溜息をついた。


「はぁ、はぁっ……」

「剣は相手を叩くものではなく斬るものだ。剣技は未熟の極みだが、お前の挑戦する勇気と諦めない心。確かに私は見届けた。それに免じてお前に十点を与えよう」

「あ、ありがとうございます!」


 イブキが剣を置いて戻ってくるキリサメに「良かったな海斗!」と言って肩を組む。そんな二人を他所にジェイニーがこそこそと私に近づいてきた。


「アレクシアさんは披露しなくてもよろしくて?」

「私に点数は必要ない」 

「そう遠慮なさらず。……皇女様、こちらの子が受けたいと申しておりますわ!」

「……お前は何を考えている?」


 ジェイニーの呼びかけによって、私はアーロンやヘレンだけでなく、周囲の候補生から注目を浴びる。やはりこの"淑女もどき"と絡むとロクなことがない。


「君も剣技を披露するのか?」

「いや、私は披露するつもりは――」

「えぇ、言い出すのを躊躇っていらしたので背中を押してあげましたの。さぁアレクシアさん、存分に披露なさって?」


 ジェイニーに背中を押され、強引に剣技を披露する羽目になった。私は渋々適当な剣を一本だけ手に取る。


「……このカカシを斬ればいいのか?」

「その通りだ。ただ斬るだけでいい」

「そうか」

「それじゃあ、君の剣技を私たちに見せてくれ」


 カカシの前に立ち、手に持っている黒色の剣を眺める。観察すればするほど奇妙な刀剣だ。片側にしか刃が付いていない上、刀身がほんの僅かに曲っている。恐らく細剣ではない。


(……まぁいい) 


 私は手短に終わらせるために黒の刀剣を縦持ちに切り替え、気品さに溢れた優雅な構えを取る。


「それは私の、アベル家の構え……?」

(私は名家の人間の剣技を間近で目にし、この身体で受け止めてきた。だからこそ私の方が――この剣技を上手く扱える) 


 そして一撃、二撃、三撃と閃光の如くカカシを滅多斬りにした。斬り刻まれたカカシの金属の破片が火花のように派手に飛び交う。


「あの剣技は……ブレイン家の逆手持ち?」


 皇女であるヘレンの呟きを耳にしながらも、私は刀剣を逆手持ちに握り直すと、上空に向かって真っ直ぐ斬り上げ、カカシを真っ二つにした。


「……下らん試験だ」

「アレクシア、君はアベル家の人間か?」

「違うな。確かに剣技は私の方が上手く扱えている・・・・・・・だろうが、本物は向こうの方だ」


 ヘレンの問いに答えつつも刀剣を元の場所に戻し、傍観していたジェイニーへ視線を移す。その顔からは淑女らしさなど消え失せ、一人の少女としてただ唖然としていた。


「皇女殿下。あの者の点数は?」

「……そうだな、あの子の点数は――」

「そんなものはいらん」


 私は険しい顔でこちらを見つめるアーロンと、点数を付けようとしていたヘレンに背を向け、最初の立ち位置へと戻る。次に剣技を披露しようと名乗り出る者はいない。 


「ではこれで剣技の試験を終了だ。諸君らには最後に判断力の試験を受けてもらう。向こうの通路から、最初の会場に各々戻るように」


 アーロンの声掛けで私たちは来た道を引き返し最初の会場に向かう。キリサメは辺りを窺いながらも、そわそわとした様子で私の隣に並んだ。


「ア、アレクシア! さっきのはなんだよ……!?」

「お前に教える義理はない」

「いやいや! なんであんな凄いのを今まで隠していて――」

「あ、あの、すみません……!」


 背後から声を掛けられ、私とキリサメはその場で振り返る。そこに立っていたのは緑髪の青年。人と喋ることすら苦手そうな性格なのか、おろおろと視線が定まらず、あまりにも挙動不審。


「……何の用だ?」

「それ、怪我してるよ」

「これか?」


 気弱な男が指差したのは私の手の甲。カカシを派手に斬り捨てたせいか、小さな金属の破片が突き刺さっている。 


「ちょ、ちょっと待っててね!」

「……何をしている?」

「僕が治療してあげるから!」 


 私の手の甲を握り、どこからか包帯と消毒液を取り出した。気弱な男は私の手の甲に刺さった金属の破片を慎重に取り除く。そして慣れた手つきで傷口を消毒し、傷口に白い包帯を巻いた。


「ど、どう? 痛くないよね?」

「そうだな。先ほどと大して変わらんが」


 気弱な男は私の返答を聞くと安堵したように胸を撫で下ろす。包帯の巻かれた手から私は気弱な男へ視線を向けた。

 

「誰だお前は?」

「あっ……僕は"Daileデイル Arkwrightアークライト"だよ」

「アークライト……。お前は名家の人間か」

「う、うん」


 アベル家のジェイニーとは違い、この気弱な男はあまりにも特徴がない。そもそもこの試験に参加していることすら気が付かなかった。


「そ、それじゃあ! 次の試験もお互いに頑張ろうね"アレクシアさん"!」

「……? 待て、お前はなぜ私の名前を知って――」


 デイルと名乗った男は私の言葉を最後まで聞かず、最初の試験会場へ駆けていく。その後ろ姿はどこか気持ちが弾んでいるように見えた。


「……あれはお前に惚れてるな」

「何か言ったか?」

「えっ? あ、あぁ……な、何でもないぞ……」


 最後に待ち受ける判断力の試験。私たちは開始時刻に遅れないよう、会場へと早足で向かうことにした。

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