第65話 全てがわかるわけじゃない

 しばらく逃げ続けた俺達は立ち止まり、丁度良い腰がかけられる高さの石にもたれる。


「なんとか逃げれたかな? 衛兵呼ばれるような事したかしら?」


「たぶん……。昨日、さっきの広場でシスイって人と戦闘になったんだよ……それで少し俺の顔覚えられてたみたいだね……」


 エリーが聞いてきたので、俺も頷き返事をする。


「えっ!? シスイさん!? それって──水刃のシスイ?」


水刃?! そういえばそんな事言ってたわ!


「知ってる人?」


「知ってるも何も────お父さんと同じ九刃だよっ! 会った事あるもん」


 はぁ!?


「九刃ってやっぱり九人もいるの?」


「……そっか……その辺の説明聞いてないんだね……」


「って事は────やっぱり他にもいるの?」


「水刃って言ったでしょ? 魔法属性に合わせて存在するのよ……火、水、氷、風、土、雷、光、闇、空だったかしら? それら一つの属性を昇華した人で認められたら────九刃って呼ばれてるわ。今はレンジ様の直弟子ばっかりね。ちなみにお父さんは雷──【雷刃】よ」


 …………ダリルさん並にヤバいのが他に8人もいるのか……。確かにシスイって人も俺よりは確実に強そうだったな。


 恨み買ってないといいけど……。


「ちなみに大将は元剣聖だよね? 属性とかあるの?」


「レンジ様は久しく成り手のいなかった剣聖よ? 得意属性はなく──ちゃんと剣技も身につけているわ。────全属性使って悪鬼の如く暴れまくって付いた名が……【九鬼】ね……」


 大将何してんの!?

 久しぶりの剣聖という事は──今まで誰もいなかったのか?? 


 でも確か────先代殺したとか言ってなかったか??


「大将凄い人だったんだ……」


「本当に凄い人よ……だって──先代にも九刃はちゃんといたのに全員殺して剣聖を名乗ってるもの……」


 別の意味で凄かった────


 剣聖に先代はいなくて────九刃の先代はいたって事か!? そして剣聖と認められた?


「俺……この先が超不安だ……」


「でも、直弟子じゃないから大丈夫じゃない?」


「…………」


 いや、既に大将に着いて行くって言ってしまった後なんだが……。


 今更、断れない……なんせ────エリクサーという高級品を使ってもらって助けて貰ってもいる……命だけで言うと2回助けられている。


 腹括るしかないか……。


 しばらく、その場は沈黙する。



「──ねぇ、話変わるんだけど……カミラさんと3回目のキスしたの?」


「…………したね……」


「もしかして──3回目も1回目と同じ? カミラさんコウキの事を忘れてる感じだったけど……」


「……いや、消せるかどうか──選べるんだよ……」


「どういう事?」


「例えば──仮にエリーとキスをしたとして────俺とエリーに関する記憶を消す事が出来るんだ。カミラさんには俺の記憶だけを消したから1回目と同じだね……」


「何で消したの?」


「エリーも──2回目のキスの時に俺の記憶が入ってきたでしょ? 俺は覚えてないんだけど──あれって、俺の感情がそのままダイレクトに伝わるみたいなんだ……それこそ、俺への印象を変えるぐらいに……」


「あー、確かに言われてみればそうだね……今まで気にしてなかったけど、コウキは私の事少し気になりかけてた感じだったかも?」


「カミラさんに3回目のキスをされた時に記憶が入って来たんだ……それは──1回目のキス、2回目のキスの時と感情が違ったんだ……だから、もう一度キスして────消した。仮初の感情なんてお互いの為にならないと思って……」


「そっか……」


「4回目のキスで記憶を消したんだけど────特に変化はなかったから、3回目以降はこんな感じかもしれないね……」


「つまり────キスし放題!?」


 何故そうなる!?


「いや、しないよ? 俺達、そもそも付き合ってないし。それにね……キスすると記憶が伝わってくるから怖いんだよ……」


 それに──2回目のキスで相手は記憶が戻っているのに、俺は戻らない……相手から情報として俺の記憶が情報として入ってくるだけだ……。


 そうだったんだ──ぐらいの感じだ。


 記憶がない──それだけで感情が働かない……。


 キスすると、相手の感情が入ってくるから余計についていけない俺は取り残された感じがして怖い。


 いや、怖いというより────寂しいのかもしれないな。


 それに……キスする度に相手の記憶がわかるとか、相手にとっても嫌だろう……。


 俺の記憶はカミラさんとキスをしても戻らなかった────これはやはり俺の記憶が完全に消えてしまったんだろうか?


 物思いに耽っていると──


「良しっ! キスしよ?」


 エリーがぶっ込んで来た。


「話聞いてた?」


「もちろん。私の愛を確かめたらいいのよ? そのかわり────記憶消さないでね?」


 ────!?


 顔を近付けて俺にそう言うエリーは笑顔だった。

 このままだとキスされる────


「……いや、ちょっと待とうかっ!」


「待たない」


「ぐっ──なんつー力……」


 エリーが近付いて来て意識が引き戻されるが────両肩をがっちり捕まれ動けない。闘気を使っているようだ。


「私の事嫌い?」


 泣きそうな顔でそう言うエリー。


「い、いや好きとか嫌いとかじゃなくて────「ならいいよね?」────むぅ────」


 俺はキスされてしまう。


 何故この世界の女性は押しが強いんだろう……。



 記憶が入ってくる────


 エリーの気持ちは一貫して俺の事が好きなのがわかる。


 記憶は伝わるが、心が透けて見えるわけじゃないし、全ての記憶が見えるわけじゃない。


 エリーから伝わる記憶の中に悲しみがある。


 何でだ────


「ごめんね……コウキとの思い出がほしい……」


 何で?


「それってどういう────」


 どういう事? と聞こうとした時────エリーは悲しみの表情を浮かべる。


「でも────今ぐらいは────いいよね……」


 俺に抱き付き────すすり泣くエリー。



 意味がわからない……何で?


 俺の事貰っちゃうって言うぐらいに一目惚れしたんじゃなかったの?


 もうすぐ旅に出るからだろうか?



 その後、エリーと別れたが────俺はエリーの表情の意味がわからなかった……。


 こんな時に限って──必要な記憶は入って来ない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る