殺人鬼Aに監禁された少女

公血

殺人鬼Aに監禁された少女

冷たいコンクリートに囲まれた地下室。

時計が無いこの部屋じゃ今が何時何十分なのか分かりやしない。

腕には手錠。足には鉄枷。目の前は鉄格子。

私は何者かに捕らわれ地下室の牢に監禁されていた。


その時コツコツコツと、上から靴音が響いた。

あの男が階段を降りてやってくる。私を無理やり拉致し、こんな場所に連れてきた張本人だ。

プロレスラーのような体型で顔には不気味なツギハギだらけのマスクを被っていた。そのマスクは豚や獣の皮を加工したかのような素材で出来ていて非常に気味が悪い。


男は食事の乗ったトレーを持ったまま、牢の前で静止した。

なぜか牢の中の私のことを、じっと見ている。

マスクの隙間越しに見えるその黄色みがかった三白眼は西洋の悪魔のようだ。

身の危険を感じ狭い牢の中、ほんの少し後ずさりする。もっとも、少しばかり逃げたところで意味がない。私の生殺与奪の権利はこの男が握っているのだ。


「コフーッ」


男はトレーを床に置き、牢の中に差し入れると、深く鼻から息を吐き去っていった。

またコツコツコツと階段を登る音がして、男が完全にいなくなってから私は食事に飛びついた。

一日に食事は朝晩の2食だけ。それもパンと質素なスープだけだ。

育ち盛りの十代の女である私には明らかにカロリーが足りていない。

貪るように食べ、わずか1分で完食した。

これで14回目の食事だ。つまり今日で監禁されて7日目が終わったということになる。


私なりにあれこれ、脱出の手段を講じてみたけれどまるでなしのつぶてだった。

大声で泣き叫んでも、鉄格子を破壊しようと叩いてみても、まるで効果なし。

学校の友達のことや家族のことを思うと何度も涙が出た。

このまま一生帰れないでここに監禁されたらどうしよう。

そんな思いも、徐々に薄れ次第に諦めと恭順の気持ちが湧いていった。


「今のところ暴行を受けるわけでも、エロいことされるわけでもないし。あまりアイツを刺激しない方がいいのかな。実はそんなに悪い奴じゃないのかも」


一週間目にしてそんな日和見の気持ちに傾きかけていた。

だって仕方がない。都合よく解釈しなければ拉致監禁された少女の精神なんて簡単に崩壊するっての。

ところがそんな私の淡い期待も、とあるメッセージを発見した事により崩壊してしまうこととなる。


牢の中は縦長の6畳ほどのスペースになっていて、洋式のトイレが一つあるだけ。

明かりは小さな豆電球一つだ。

やることもないし、脱出の手がかりはないかと牢の中を徹底的に調べたが、特に有益な情報は得られなかった。

何とはなしに天井を眺めて見ると、ふと調べていない箇所を思いついた。

トイレのタンクの中は調べていなかった。

別に目新しい発見があるわけではないだろうが、念の為確認しておこうか。

私はトイレのタンクの蓋を持ち上げた。すると驚きの光景が目に飛び込んできた。

タンクの白い蓋にはなにやら赤いインクで文字がびっしりと書き込まれていたのだ。


"どうかこのメッセージが誰かに伝わりますように。私はここに監禁されて30日になります。もう気力も体力も尽きかけている中、最期に力を振り絞ってここに遺言を残すことにしました。あの男は初めは大人しかったのですが、一週間ほど経ったある日を境にまるで人が変わったかのように豹変し、私の肉体を弄び始めました。小さなナイフやアイスピックから始まり、やがて包丁、鉈、斧、チェーンソーと得物が大きくなるにつれ、私の肉体は切られ、抉られ、削がれ、貫かれ、蹂躙の限りを尽くされました。今こうして文字を書けているのが奇跡だと思います。あの男はきっと私だけではなくこれまでにも何人かの少女を誘拐して凶行に及んでいる事でしょう。次に監禁されるあなたに伝えたい事があります。左下から3番目の鉄格子を確認してください。もしあなたに戦う意思があるなら、それを使ってください。私はもう反抗する余力が残ってませんでした。どうか五体満足の状態でアイツに一矢報いてください。それだけが死にゆく私の最期の願いです。"


「なに……これ。う、嘘でしょ?」


半信半疑ながら、メッセージに従い左下から3番目の鉄格子を調べる。すると鉄格子が外れた。その鉄格子は先端が鋭く尖り、小振りの槍のようだった。

あのメッセージは真実である事が判明したのだ。


ここに来て、私は自分が置かれている状況を改めて理解した。

あの男は未成年を誘拐して拉致監禁するなど逮捕されれば重罪は免れないことをしでかしている。

そんなリスクの塊である生き証人の私が無事に家に帰してもらえるわけなどなかったのだ。


「は、初めから殺すつもりだったってわけ!? ふざけんな。冗談じゃないっての

!」


メッセージに拠れば一週間を境にあの男が豹変したという。

それなら私のリミットは今日までだ。

明日からあの男は本性を表し、私に危害を加えるつもりだろう。

今まで何人の少女が監禁され激しい拷問の上殺害されてきたか分からない。

だがそんな負の連鎖も私で断ち切る。

最早日和ってなどいられない。

まだ身体が元気なうちに、私があいつを殺す。みんなの敵討ちだ。




翌日。

狭い地下室にコンクリートの床を叩く等間隔の靴音が響き渡る。

来た。あの男だ。

相変わらず不気味な皮製のマスクの隙間から、こちらを睥睨している。

両手に粗末な食事を載せたトレーを持って、ゆっくりと近づいてくる。

あの男を殺るために、左下3番目の鉄格子を一本抜いていた。その異変に気付かれたらアウトだ。


(お願い……! 気が付かないで!)


男は普段はあまり首を動かさないのにこの日は珍しくキョロキョロと左右に視線を走らせていた。

微妙な景色の違いに気付いてしまったのだろうか。


「コフー?」


男が鉄格子が一本欠けた左側に目を走らせそうになる。

駄目だ! このままじゃ絶対気付かれる。

意を決し、私は勝負に出る事にした。


「ちょ、ちょっとおじさん! お腹空いてるんだけど。早く朝ごはん持ってきてよ」

「……」


私の呼びかけに男は小さな疑問を感じながらも、食器のトレーを持ってこちらに近づいてきた。

男は皿のトレーを持ったまま跪くと、鉄格子の下の隙間からトレーを牢の中に差し入れた。

好機到来。

しゃがんだおかげで丁度いい高さに奴の頭がきた。


「死ねやド変態野郎がーーっ!!」


私は背に隠し持った先端が尖った鉄格子を男の頭頂部目掛けて思い切り突き刺した。


「ギエブッ!?」


短い断末魔を上げ、男は絶命した。頭部には鉄格子が貫通していた。

私は激しく息を荒げながら、自分のしでかしてしまった事の大きさに戦慄した。

人の命を奪ってしまった恐怖がこみ上げてくる。

涙が溢れ、歯がカタカタ鳴り、全身の震えが止まらなかった。

それでも様々な思いが去来する中で、最後に残ったのは正しい行いをしたという誇らしさだった。

これまで一体何人犠牲になったのかは不明だが、少なくともメッセージを残してくれた少女の敵を討てたのだ。



「やった……やったよ!! みんな……私勝ったんだよ!! 帰るから。お母さんお父さん啓太ポチ。待っててね。ゆいゆい里奈さっちん美優、私また、みんなに会えるんだ!!」


早速、死体と化した男の身体から牢の鍵を探る。

幸運な事にポケットの中からすぐに目的のものを見つける事が出来た。

私は男の巨体をどかし、鍵を開け、約一週間ぶりに牢の外へ出た。

大きく伸びをする。早く外に出て青空がみたいな。

開放感からか気分も晴れやかだ。

狭い地下室にはまるで光が差し込んでいるかのようだった。


――否、地下室には実際に光が差し込んでいた。

階段の上から扉が開き、光と共にもう一人の男が現れたのだった。

たった今私が殺した男と瓜二つの巨体を誇る男が立っていた。

男はチェーンソーを持ってゆっくりと靴音を響かせながらこちらにやってくる。


私はそこで全てを理解した。

あのメッセージには "一週間ほど経ったある日を境にまるで人が変わったかのように豹変し、私の肉体を弄び始めました。" と書いてあった。

そういうことか。

簡単な話だ。つまり殺人鬼は二人いたのだ。


もしかしたら私が殺してしまった男は殺人鬼でもなんでもなく、ただの優しい世話係だったのかもしれない。

だが今となってはそんな事どうでもいい。

私に出来ることなんて無い。すべてを諦め、男がチェーンソーを起動する音をただただじっと聞いてるだけ。


徐々に近づいてくるチェーンソー男のプレッシャーで、後ずさりする私の後ろ足に死体となった男の身体が当たった。

私の目に男の頭に突き刺した鉄格子が飛び込んできた。

――もしこの鉄格子を引き抜いて、チェーンソー男に突き刺してやれば、脱出の可能性もあるのではないか?


分の悪い賭けだ。

リスクも大きい。

それでもやらないよりはマシだ。

どうせ既に私は一度死んだ身。

隙を見て一撃かましてやる。


チェーンソー男がゆっくりと近づいて来る中、私は出来る限り不敵に見えるよう笑ってやった。

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