心のこり

あかりんりん

第1話

僕は出張で愛媛県の道後に来ていた。


正確には松山市で研修を終えた後、一人で道後に来たのだ。


昼過ぎに研修が終わり、腹ペコだったので、まず「瀬戸内ラーメン」を食べた。


1番のオススメ味は「こってり醤油」だったのでそれを注文した。


カツオ節が効いた海鮮系ラーメンで、麺は細麺で硬め、ノリとチャーシューが付いていて、さらにチャーシュー丼セットのランチメニューで1.000円だった。


かなりコスパが良い。


すでに14時を過ぎていたが「ランチメニュー」は15時まで許してくれるそうだ。


サービスも良い。


もし、最初からこの値段だとしても、お得感を与えられて、客は嬉しいものだ。


そして、チャーシューも柔らかく、油も多すぎずに、今さら健康は気にしないので、スープも全て飲み干した。


そしてしばらく観光地をふらふら歩くと、オシャレなカフェがあったので入ってみる。


商店街には外人さんなどの観光客で賑わっていたが、店の中は一人もいなかったので、ゆっくりと美味しいホットコーヒー飲むことができ、先程の研修資料をまとめることができた。


そしてカフェを出て、一旦ホテルに荷物を置き、軽くシャワーで汗を流して、再び道後の街を歩く。


辺りが薄暗くなってくると、さらに観光客は増え、中には長者の列になっている店もあった。


お客の人数の割に店が少ない印象であったが、平日は観光客がいなければ閑散としているのかもしれない。


そして、特にこだわりの無い僕は、長蛇の列に並ぶのを避けて、すぐに入れる立ち飲み屋を見つけた。


8人程度が立って入れる立ち飲み屋で、内装はかなりキレイで、たくさんのお酒が並べられていた。


おそらく、まだ開店して1年程度ではないだろうか、そんな事を考えながらメニューを見て、ご当地クラフトビールの「マドンナ」と「じゃこ天」を注文した。


すぐにマスターが用意してくれて、ゆっくりと味わうことが出来た。


マドンナは少し甘みがあり、女性が好きそうな味だなと思い、つい、妻の顔が浮かんだ。


じゃこ天は魚のすり身などを油で揚げたもので、ビールにとても良く合い、子供でも好きそうな食べ物だと思い、またつい、子供達の顔が浮かんだ。


次に、同じくクラフトビールの「ぼっちゃん」を飲んだ。


どちらかというと普段飲んでいるビールに近いが、それならやはり普段飲んでいるビールの方が飲みやすく、美味しく感じられた。


ただ、貧乏性なのでせっかく旅行(出張)に来たので、その場でご当地名物を楽しんでいた。


立ち飲み屋を後にして、今度は、オープンテラスになっている居酒屋に入れたので、ハイボールを注文する。


そこで、面白いメニューを見つけた。


「心のこり」


串焼きの欄に買いてあり、初めは何かの間違いかと思っていたが、注文して食べてみると、心臓(ハツ)の味だ。


見た目がグロかったため、ハツの切り落としか何かだらうと思っていたが、店員に聞いたところ、心臓と肝臓をつなぐ管の部分らしい。


だが、この「心のこり」という言葉にすごく惹かれた。


思えば僕にはたくさんの「心のこり」があった。


僕は3姉兄の末っ子で、幼い頃からずっと両親や周りの人達を笑わせることで、自分の存在を認めてもらおうと必死だった。


そして小学校の頃も、人前でお調子者を演じる事で、先生やクラスメイトに認めてもらおうとしていた。


僕の本心は誰にも気づかれないようにしていた。


本当は「ツマラナイ人間」だという事が知られるのが怖かった。


「心のこり」は他にもある。


中学校の頃、小学校の時から親しかった友人がイジメられてしまったが、僕もイジメっ子達と一緒になってその友人をイジメてしまった事の後悔がある。


そして高校の頃には、好きだった先輩と付き合うことになったが、いつまでも「良い人」でいようとして本心を隠し続けてしまい、フラレてしまった事の後悔がある。


社会人になってからは、酔って偉そうに友達に説教をしてしまった事、肝心な時に勃たなくて恋人に笑われた事、そして何より、家族よりも仕事を優先しまい、一番身近な妻に迷惑をかけ続けていた事、子供達の世話を放棄してしまった事。


思い出せばキリが無いほど、謝りたくて、思い出したくなくて、死にたくなるほどの「心のこり」がたくさんあった。


そして、それらの「心のこり」が積み重なって、僕は限界となってしまい、僕はこの世を去ろうとしていた。


僕が今回受けた研修は「自殺サークル」の集まりだった。


まず自殺の理由を簡単に書き、様々な自殺方法を学ぶ。


それだけでは無く、その自殺によってその後にどのような迷惑をかける可能性があるか、などを教えてくれる。


自分が死んだ後などどうでも良いとも思ったが、具体的な損害賠償の金額や他人への怪我、遺体を処理する人達のことを思うと、少し気が引けた。


一年前の丁度今頃、僕はこの地域へ仕事で出張していた。


そして同じ日に、僕以外の家族は、家事により焼死した。


放火の可能性も有るらしいが、未だに犯人は特定されず、ただ僕一人が残されてしまった。


当時は、もう家族には会えず、子供達の大きく立派になった姿が見れない事が「心のこり」であったが、今となっては、自分を責める事しか出来なくなっていた。


気がつけば僕は涙を流しながらハイボールを飲んでいて、なぜか隣には知らない初老の男性が座っていた。


その初老男性は、気がついて慌てて話した。


初老男性「急にすみません、席が空いて無かったものですから、店員さんに、あなたと知り合いとウソをついて座らせてもらいました。先程のサークルに参加されていましたよね?私もです。あなたも最後の晩餐を?」


「えぇ・・・まぁ・・・」


初老男性「私もいろいろありました。おそらくあなたも、いろいろあったんでしょうなぁ」


「・・・」


初老男性「これは独り言なので無視していただいてかまいません」


そう言って初老男性は僕と同じハイボールを注文した。


初老男性「私は妻に先立たれてしまいましてね、それから何も楽しめなくなってうつ病と診断されて、子供もいないので、そろそろ老害は去ろうかな、と思っているんです」


「そうですか、実は私も、妻や子供を亡くしてしまって・・・」


初老男性「そうだったんですか。それはそれは、とてもツラいことですよね。半分しか分かってあげられませんが、とても分かりますよ・・・」


そう言って僕らはハイボールを飲み干し、また同じものを注文した。


初老男性「どうしてこう、不幸が多い世の中なんでしょうなぁ・・・」


「・・・あなたは今日、自殺を決行するのですか?」


初老男性「・・・ハイ、先程までそのつもりでしたが、実際に飛び降りるには勇気が出ませんでした。代わりに涙が出て、亡き妻が、まだ早いって語りかけたような気がするんです。言い訳に聞こえますよね、それでも構いません、私は弱い人間なんです」


「そんなことはありません、僕も先程まで電車に飛び込もうと思っていましたが、足が震えて涙が出てきました。僕も弱い人間です」


初老男性「人間皆、弱さはあるもんです。思い切って自殺サークルに参加してみたものの、逆に怖くなってしまいました」


「そうですよね、死んだ後などどうにでもなれ、って思っていたのですが、天国にいる家族達も絶対に望んでないと思いますし」


初老男性「その通りだと思いますよ。ご家族がこれからあなたを見守って下さる。あなたはまだ若い。まだまだやり直せると思いますよ」


「どうもありがとうございます。お互い少しでも笑って過ごせると良いですね」


初老男性「そうですなぁ。そうだ!では、また自殺を決行する時は連絡を下さいませんか?そしてまた一緒にハイボールを飲んで、自殺方法を考えましょう。私の方が早く連絡するかと思いますが、構いませんか?」


「そうしますか。僕もまだすぐには死ねないつもりですので」


気がつけば僕は家族の事や僕の思いを、久しぶりに他の誰かへ話した気がする。


僕は暗い空に浮かんでいる星を、久しぶりに見上げて思った。


「そっか、一年前もこんなに輝いていたっけな」


一年前の事件から積み重なって硬くなってしまった「心のコリ」が、少しほぐれた気がした。


僕は涙目になりながら、もう一度家族の顔を思い浮かべて、初老男性にお礼と別れを告げた。




初老男性「ふぅ、上手くいったかな。あの男性はもう大丈夫か」


初老女性「あなた、お疲れ様でした。今回も無事に救われたようですね。次の方は高校生の女性で、幼い頃からイジメを受けて引きこもりになっていて、自殺サークルに参加したようです。若い人の悩みなので、同世代の木村さんを近づけていますよ」


初老男性「相変わらず仕事が早いな。どうもありがとう」


初老女性「いえいえ、自殺サークルなんていって人を集めて、救うなんて、ホント不思議な事をなさりますね」



以上です。

どうもありがとうございました。

もしあなたが自殺サークルのようなものに参加したら、初老男性が声をかけてくれるかもしれませんね。

追伸…また「心のこり」食べたいなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心のこり あかりんりん @akarin9080

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ