鏡よ、鏡。

かえるさん

第1話

 ――そうさ You're my precious one 愛してるよ 魔法のない夜も越えて 今宵も君はCinderella♪ドレスも靴もいらない そのままの――


 バシ。


 スマホのアラームうるさい。


 朝くらいは気持ちよく目覚めたいと思って推しの曲を設定してるけど、変えないとせっかくの好きな歌を嫌いになりそう。


 朝がキライ。


 会社に行かなきゃいけないから。


 なぜ人はわざわざ毎朝決まった時間に起きて決まった時間に会社へ行くのだろうか?


 ――やだわ、ヒロエったら。お金稼がないと生きていけないからよ。


 そうねヒロエ、分かるわ。でもそれだけの理由でこのダルい気持ちは抑えられないわ。


 もう一度ベッドに入って寝ていいよって誰か言って。

 今もまだ家なのに、既にもう家に帰りたいって気持ちになってる。


 愚痴だらけの思考とは裏腹に、朝の支度は無意識レベルでもスイスイと出来ていく。


 顔を洗い、トイレへ行き、髪をあらかた整え、服を着る。


 社会人になりたての頃は、こんな時間でさえ新鮮に思っていた時もあった。

 でもそんなの、一年も二年も経ったらすぐに面倒になってしまった。


「メイクはいいか。眉毛だけ描いとこっと」


 入社当初のうちは張り切ってしていたメイクも、ここ最近はずっとキチンとしていない。

 そんなことに時間をかけるくらいなら、一分でも長く寝ていたい。


 新鮮さは失われたけど、それと引き換えにか動作が最適化されている。

 朝の支度は最速だと十分ほどで出来るようになった。


 朝食は食べなくなった。

 いつからか、胃が受け付けなくなったのだ。

 無理やり食べて気持ち悪くなっても嫌だし、いつも牛乳を少し飲んで家を出る。


 いつもの道を越えていつもの電車にたどり着き、いつもの席に座るとすぐに目を閉じて仮眠をとる。

 このあたりもほぼ無意識でやっているので、あれ、私どうやって駅に来たっけ?と自問する日も少なくない。


 会社は家から電車で二十分、そこからさらに歩きで十分ほどのところにある、小規模な広告代理店だ。


 私はそこに、デザイナーとして勤務している。

 このIT時代にあっても、まだまだ紙媒体の仕事は溢れている。


「カタギリさん、修正です」

「カタギリさん、打ち合わせお願いします」


 午前中はチェックバックや新規制作の打合せで会社全体が大賑わいになる。


 それが落ち着けばあとはひたすらパソコンに向かって作業、修正、作業、作業……。


 デザイナーなんて言うと聞こえが良さそうだが、実際はそうでもないと思う。

 仕事の量は超一流のレベルであるのに、報酬は少ない。

 サービス残業が基本でボーナスだってない。


 みなし残業代を含む、という言葉の意味が分からなかった当時の自分を殴りたい。


「カタギリさん、今日校了ですんで、よろしくお願いします」


 営業の子が元気に話しかけてきてイラッとした。

 今日校了って言ってるそれを、今絶賛修正しているところだからだ。


 作業スケジュールがおかしいことに気づいたのは一年ほど経ってからだった。


 打合せと制作作業で一日、翌日初校。

 チェックバック、修正、その日中にクライアントに送信して再校。

 修正に日数を取るのは再校までで、あとは次の一日の間でひたすら修正して校了を目指す。


 修正は、クライアントの気分次第で最悪、翌日の朝や夕方まで入り続ける。


 すなわちその一日は完徹コースになることがほぼ確定することになるのだ。


 OKがいつのタイミングで出るかは全く分からないので、仮眠や休憩を取れば万が一早めに帰れるチャンスを逃すことになる。


 だから、私も含め大体の社員は、校了が出るまでずっと机に張り付いていることが多い。


 こういう納期の仕事を一日に七つか八つ抱えることになるので、定時帰宅なんてハナから諦めるしかない状況だ。


 仕事が楽しいか楽しくないか、なんてことも最近はもうよく分からない。

 ただ、私、働くために生きてるわけじゃないって思うことが多くなった。


『今日は早めに帰れた!奇跡きた!』

 終電に乗りながらSNSに書き込んだ。


『おつですよー』『いつも遅いねーおつかれー』『はよ寝れー』


 フォロワさんからのリプライに、いつもとても癒されている。


 顔も知らない人達なのに、不思議だ。

 逆に顔も知らないからこそ、無条件で癒されるのかもしれない。


 ふと、車内のドア横広告が目に入った。

 最近人気の女性アイドルグループのメンバーの一人が、お菓子片手に微笑んでいる。


 ――この子、アイドルにしては可愛くないよなー。他のメンバーの子もそんなに可愛くないし、これでもアイドルになれるんだもんなー……。


 ――ま、私と比較すれば、誰に聞いてもこの子の方が可愛いって結論になるだろうけどね!


 歳を重ねれば重ねるほど、自分自身の外見の対外的な評価は身に染みて分かってしまうもので。


 私は、めいいっぱいお化粧して服も髪もバッチリにして、やっと、もしかして可愛い?くらいの評価がもらえるレベルだ。


 私のことを可愛いと言えば、周りの男友達から『ねぇわー』『趣味悪ー』とか言われてしまう、そういう類の外見。


 子供の頃は、ある日突然美少女になる妄想なんかもしたものだ。


 人間見た目じゃないよ、なんてペラッペラな言葉はいらない。


 人の見た目ってやっぱり重要。

 こと女に限っては、死活問題にまで至る。


 だって、生き方の選択肢すら変わってしまうのだから。


 まぁでも、こういう風に生まれてきちゃったもんはしょうがないよなー!の精神で図太く生きていこうと思ってる。


 実際、しょうがないし。

 整形は怖いし、バカみたいにお金がかかるし……。


 そんなことより明日は土曜日。

 会社も休み……!


 コンビニで缶チューハイとおつまみ買って、録り溜めてるレグルスのガイヤくんをゆっくり見るんだ。


 二十四時間営業のコンビニまじで社畜の味方だなーなんて考えながら、家への道を急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る