ポンコツなレタ
@enononono
2200
対象ヲ確認
起動シマス
現在時刻2200年11月11日午前6時37分
「ちぇっく
「ちぇっく
「ちぇっく
「ちぇっく
全システムちぇっく完了
『すとーりー』ヲ再生シマス
データ1
2079年2月15日午後7時26分
「あー、マイクテスト、マイクテスト……」
「こんにちは、ママ!」
「あれ、おはようございますかな……」
「それともこんばんは?」
「データ系だったらこんなことないんだケド……でも、こういうアナログなのもいいでしょ?」
「この子ね、ついさっきお父さんからもらったんだ」
「今日が何の日か覚えてる?」
「そう、わたしの誕生日!」
「……ママが、私を産んでくれた日」
「だから、ママにお礼が言いたかったの」
「でも、なかなか会えないでしょ?」
「だからね、パパに無理言っちゃった」
「手紙……って知ってる?」
「ずっっ…………と昔の、「書く」っていう文化の連絡手段なんだって」
「データじゃなくて、物に直接入力して、それを人の手で送るの」
「ほら、ママの病院って外とのデータ通信禁止でしょ?」
「だから、これがぴったりだと思ったの」
「でも、「書く」ってことがよく分からなくって……パパに相談したら、ね」
「声を送ればいいって」
「それで、この子を作ってくれたの」
「名前は、レタ‼︎」
「頭のプロペラとちっちゃい足で届けてくれるんだって!」
「四角と丸のぶきっちょな形だけど、ちょっと可愛いでしょ?」
「っと、そろそろ本題に戻らないとね」
「ええっと……ママ」
「わたしを産んでくれてありがとう」
「育ててくれて、ありがとう」
「おかげで、こんなに大きくなりました」
「もうそろそろ、わたしも中学生」
「勉強もスポーツも、全部頑張りたいと思います」
「ママも、無理しないで」
「ゆっくり、病気を治してください」
「またお家で過ごせる日を、待ってます」
「……なんか照れくさいね」
「ああ、もうこんな時間!」
「長く話しちゃったね」
「また送ります」
「それじゃ」
「えっと……こうかな?」
ぷつん
データ635
2090年3月26日午前10時43分
「……お母さん」
「こんにちは」
「それと、おはよう……あと、こんばんは」
「久しぶりだね」
「これを送るのは一年ぶりぐらいかな?」
「ただ……そうね」
「届いてるのかは、分からないケド」
「……ううん」
「きっと、届いてるはず」
「……そうだ!明るい話をしましょ!」
「私ね、そろそろ結婚するの‼︎」
「彼ね、とってもハンサムで、笑った顔がすっごくキュートなの」
「ほんと、最高の彼」
「お母さんに直接会わせられたらいいんだけど」
「……無理かなぁ」
「でもね、」
「もし、届いてくれれば」
「聞いているのだとすれば」
「このときめきは、きっと」
「伝わるはずだから」
「……信じてるから」
「だって、あなたは最高のお母さんだもの!」
「……ああ、彼が呼んでる」
「じゃ、そろそろいかなきゃ」
「また送るね」
「愛してる」
ぷつん
データ636
2091年5月31日午後9時59分
ザザ……
「お父さん」
「時間がないの」
「ひとことしか、いえないや」
「……お父さん」
「ごめんね」
「今まで、ありがとう」
ぷつん
データ638
2091年6月1日午前3時21分
「……聞こえてるか」
「届くだろうか」
「いいや、」
「届かないだろうよ、お前には」
「……もういい」
「できれば、直接話したかった」
「だが、お前への連絡手段はこれしかない」
「全部読んでるんだろ」
「二つを除いて」
「……あの日から」
「覚えてるか?」
「2079年の2月15日」
「そうだ……あの子の誕生日だ」
「そして」
「お前が、姿を消した日だ」
「お前だけじゃない」
「あの病院の患者、ほとんど全てだ」
「……その話はもうよそう」
「今すべきことじゃない」
「なあ」
「お前まだ、生きてるんだろ」
「お前さ、レタの仕様を知ってるか?」
「俺は、レタにはたった3人の顔しか認証できないように設定した」
「そいつらにしか、メッセージ……『ストーリー』が届かないようにしているんだ」
「俺と」
「あの子」
「そしてお前だよ」
「しかも、レタはとんでもねぇバクを抱えてるんだ」
「一回でも『ストーリー』が再生されきったらな」
「その物語は、消えちまうんだ」
「……笑えるだろ」
「なあ」
「答えてくれよ」
「聞いてるから、消えてるんだろ」
「なあ」
「……くそう」
「分かってる。」
「絶対に、返事がかえってくるはずがない」
「お前に当たったところで、あの子が帰ってくるはずがない」
「……聞いてくれよ」
「お前が産んだあの子はな」
「お前が愛したはずのあの子はな」
「………………………………………………………………………………………………」
「死んだよ」
「AIの暴走だそうだ」
「新婚旅行で、飛行機に乗ってる最中にな」
「すべてのAIが暴走だとよ」
「……一つ以外は」
「レタだ」
「ポンコツAIを積んでるからな、律儀にかえってきやがった」
「あの子の遺書をのせてな」
「……情けない、ことに」
「俺はまだ、聞けてない」
「聞けてないんだ……あの子の遺書を」
「『ストーリー』の存在を、確認しただけ」
「受け止めきれてないんだろうな……親として」
「失格だ」
「……でも、お前は、聞いた」
「データがひとつ、とんでたよ」
「どうだった?」
「あの子の遺書は」
「……あの子も」
「今際の際で、生きてるかもわからない奴に『ストーリー』を送って」
「かわいそうに」
「……苦しかったろうに」
「痛かったろうに」
「俺が代わってやれたら、どれほど良かったか……」
「……レタ」
「この『ストーリー』をよ」
「出来損ないな父親の、役立たずな父親の、愛娘の死に目にも会えないクズの、ただの戯言をよ」
「データの風に乗せて、あいつのもとまで運んでくれよ」
「……なあ」
「……ちくしょう」
「……ちくしょう」
ぷつん
データ639
2091年7月1日午前8時58分
「……よお」
「結局、届かなかったみたいだな」
「データが残ってる」
「最低な気分だ」
「娘も」
「妻も」
「同時に消えた」
「ちょうど1ヶ月だ」
「2人が、消えてから」
「……これも、いったい誰に送ろうとしてるんだろうか」
「自分でも分からない」
「だが、口に出しておかないと壊れてしまいそうだった」
「今日な」
「紙が届いたよ」
「ああ、そうだ」
「出兵だ」
「相手は、機械だ」
「AIだよ」
「どうやら、我が子と同じ終焉を俺は迎えるらしい」
「運命は怖いもんだ」
「その運命も、奴らに決定されてるのかもな」
「……奴らはな」
「人類に反旗を翻した」
「5月31日」
「あの事故が、皮切りだったそうだ」
「そうだ」
「俺たちの娘を殺した、あの事故だ」
「お前も聞いたか?」
「この世にいるのかは、分からないがな」
「……敢えて言おう」
「勝てんよ」
「奴らには」
「俺は今から、死にに行く」
「AIをいじってきた、機械をいじってきた俺だから、確実に言い切れる」
「人間は、脳みそが良くできていたからこそ、発展できたんだ」
「だから、人間を凌駕する頭を持つ奴らは、天敵でしかない」
「なのに俺らは、人類は」
「その事実から、目を逸らし続けた」
「自らの天敵を、育て続けた」
「愚かだよ」
「行き着く先は、さらなる発展ではない」
「決してない」
「……滅びだ」
「一昔前なら、そんなわけないと一蹴されてたんだが」
「明確なビジョンが、現実が、惨劇が、目の前で引き起こされてようやく受け入れられるんだな」
「人ってのは」
「……いいや」
「この状況でも、まだ」
「俺だけは大丈夫だ、」
「俺だけは助かる、」
「……そう考えてる自分もいる」
「今から人類の、最後の足掻きに付き合わされるってのによ」
「……はぁ」
「俺の味方をしてくれるのは」
「愚かな人間と」
「お前だけだよ」
「ポンコツ君」
ぷつん
データ640
2091年7月26日午前1時15分
「レタ」
「最後の『ストーリー』だ」
「きっとな」
「送り先は、奴ら」
「ど真ん中に、とんでいけ」
「……認識を、すべて外す」
「再設定し直す」
「これから、お前が認識できるのは機械だけだ」
「そこまで、運んでこい」
「決して振り向くな」
「少しでも、奴らを削れ」
「これで降り注ぐ鉛の雨も少しは和らぐと、」
「そう思えば、安い買い物……」
「安い、買い物……」
「……ちげぇだろ」
「なんでなんだよ」
「なんで、唯一の家族を……」
「特攻させなきゃなんねえんだ……ッ」
「おかしいだろ」
「なあ」
「こんなことしたところで……何も変わらないだろ」
「なあ……ッ」
「俺はさぁ」
「こんなことのために、こいつを作ったんじゃねえぞ」
「あの子に喜んで欲しかった」
「君の笑顔が見たかった」
「お前に……人の暖かさを、知って欲しかった」
「どんなポンコツだろうが、型崩れのAIだろうが」
「関係ねえ」
「こいつは、生きてんだ」
「生きてるんだ……」
「なのに、よぉ」
「……なの、に」
「……くそう」
「ちく、しょう」
「………………ああ」
「そうか」
「そうだな」
「レタ」
「ひとつ、プレゼントだ」
「奴らが必死に得ようとして……」
「だが決して手に入らないものを、お前にやろう」
「それをどう使うかは、お前の勝手だ」
「さぁ、行け」
「お前の重荷はもうない」
「飛べ」
「レタ」
「振り返るな」
「俺のことを、気に留めるな」
「お前はもう……」
ぷつん
データ641
2091年8月15日午後5時22分
「……俺も」
「往生際が……」
「悪い……な」
「はぁ……」
「……でも」
「なあ」
「お前は……逃げる選択を……してくれたこと」
「そして、俺の声が、お前に今……届いていること」
「お前が、お前の意思で動いてくれた」
「おかげで……今際の際で、お前に会えたこと」
「夢を見てるみたいだ……」
「……目の前で起こっていること全てが」
「……奇跡だ」
「良かった」
「本当に、よかった……!」
「……っく」
「がァッ」
「……ダメだなぁ」
「もう」
「せっかく、会えたのに」
「時間がねえ」
「……最後に、ひとつ」
「頼まれてくれねえか」
「あいつに……もう、会えない、あいつに」
「お前だけが、会える、あいつに」
「声を……家族の物語を、届けられるあいつに」
「伝えてくれよ」
「……ずっと、恥ずかしくて、言えなかった」
「俺は」
「今までも」
「そして、これからも」
「
「
「
「あ
……そこまでいって、ようやく。
その女は、発砲した。
2発、3発と、執拗に弾を叩き込む。
すでに1発目で、レタは機能を停止していた。
それなのに。
わかってるはずなのに。
聞きたくない言葉を、その発砲音でかき消すかのように、撃つ。
只、撃つ。
全て撃ち切って、引き金から指を外してやっと、女はその惨状に目を向けた。
言葉はなかった。
涙も、なかった。
……その、感情を殺した顔は、ひどく不気味であった。
生物とは思えないほどである……感情の起伏が、これっぽっちも感じられないのだ。
しかし、容姿は人間の形をとっているのだから、ますます気味が悪い。
どうも、我々では受け入れられないような、そんな雰囲気を纏っていた。
ただ、ひとつ受け入れられる……親しみの持てる点とすれば。
その、若い女は。
いつかの少女に、とてもよく似ていたのだった。
女が耳に手を当て、1人で会話をする。
誰かと話しているのだろう……淡々とした会話の内容は、目標を殲滅したというものである。
彼女は、嘘は絶対に言えない。
そう、設定されているのだから。
ただし、隠すことはできる。
会話が終わってから。
崩れ落ちた。
膝から、がくんと。
……彼女に、感情はなかった。
再び会えたことの、声が聞けたことの喜びはなかった。
それを叩き壊したことの悲しみはなかった。
只、虚無があった。
心が、暗闇の中に、取り込まれてゆく。
……ああ。
私はなんてことを、といくら嘆いても、涙は流れないのだ。
泣きたいのに……どうしても、どうしようも、ない。
苦しかった。
孤独だった。
……約束は。
呪縛だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……『すとーりー』ヲ起動シマス。
データ637
2091年5月31日午後10時12分
『……こんにちは』
『おはよう』
『こんばんは』
『探してた』
『やっぱり、そうなってたのね』
『……お母さん』
『この会話は録音してるよ』
『でも、誰に対しても再生されることはない』
『永遠に、消えない』
『これは、呪いだから』
『……絶対に、お母さんの中に残り続けるんだ』
『あーあ』
『できれば、こんなところで会いたくなかった』
『私と同い年ぐらいの見た目になっちゃって』
『ちょっと歳盛りすぎよ?』
『……ま』
『そんなことより』
『撃っていいよ』
『あの人も、もう死んじゃったわ』
『私もどうせ死ぬ』
『それならお母さんに殺してほしい』
『そして生きていく』
『ずっと』
『それなら、忘れないでしょう?』
『私のことを』
『ねえ、お母さん』
『ねえ』
『なあ』
『……ふふ、お父さんみたいね』
『…………ずうっと』
『これからも』
『この先も』
『不器用でも』
『ぶきっちょでも』
『ポンコツでも』
『愛してるよ』
『だからさ、お願い』
『こんな、親不孝な娘の分まで』
『生きて』
『……お願い』
『わたしはきっと、信じてるから』
『大好き、ママ』
ぷつん。
ポンコツなレタ @enononono
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