第276話-鉢植えと内緒のおはなし

「私は生まれてまもなくゲルード様と婚約が決まりましたが、モーデは体が弱かったこともあって、婚約者はおりませんでした」

「じゃあ、騎士さんとはいつ婚約したの?」

「つい最近です。モーデもそろそろ結婚について決めなければ、という話が両親から出たら、翌日にはその方が白いチューリップの鉢植えを持っていらしたのです」

「白いチューリップの鉢植え?」

「はい。白いチューリップというのは、ノーランドでは交際の許しを請うための花です。鉢植えになると『地に足を付けて』とか『根を下ろす』とかで、結婚の許しを請う花になります」


「へえ~~!」

「ぶい~~ん!」

 ロマンチックな花言葉に、黒ドラちゃんもモッチもうっとりしました。


「両親はもちろん、私も驚きました。モーデにそんな相手がいるなんて知りませんでした。でも、一番驚いていたのはモーデ自身だったみたいで」

「モーデさんも知らなかったの?」

「ええ。というか片思いだとばかり思っていた、と」

「じゃあ、モーデさんもその騎士さんのこと好きで、その騎士さんもモーデさんのこと好きだったってこと!?」

「ぶぶいん!?」

 黒ドラちゃんもモッチもモーデさんの初恋話にすっかり夢中になりました。


「はい。その騎士とモーデは仕事でよく一緒になっていたようで、自然と惹かれあっていたようでした」

「そ~なんだ!」

「ぶぶいん~ん!」

 黒ドラちゃんとモッチがモーデさんと騎士さんのお話にうっとりしていると、ドーテさんが「はあ」と大きなため息をつきました。

「ドーテさん?」

「両親はとても喜びました。二人の結婚はすぐに認められて、式もすぐに挙げることに」

「それ、ダメなの?」

 ドーテさんが浮かない表情で話すので、黒ドラちゃんがおずおずたずねると、ドーテさんは首を横に振りました。


「いいえ。目出度いことです。モーデもすごく幸せそうで。仲睦まじい二人の様子を見ていると……」

「見ていると?」

「見ていると……」

 ドーテさんがだんだんうつむき気味になっていきます。


「ドーテさん?」


 うつむいていたドーテさんがガバッと顔を上げました。

「不安になるんです!!」


「わっ!」

「ぶいーーーーーん!」

 黒ドラちゃんもモッチもびっくりしました。モッチなんて、いつかのアラクネさんのお話を聞いた時みたいに飛び上がって湖の方まで行っちゃってます。


「あ、すみません。すみません、私ったら」

 ドーテさんはあわてて立ち上がって、モッチに戻ってくるように手を振りました。


「ドーテ、自分たちとモーデたちを比べてしまって、不安になったの?」

 カモミラ王太子妃がドーテさんに優しくたずねると、ドーテさんが力なく椅子に座り込みました。


「……愚かだと思うのです、自分でも。でも、考えてしまって。私とゲルード様はあんな風に肩を寄せ合って微笑んだり、冗談を言って笑いあったり、時には見つめあったり、いかにも恋人同士っていう感じのふわふわと幸せそうな……そんなことしたこと無かったって」

「うらやましくなっちゃったのね」

「そ、そうですね。それと、置いていかれたような気もしたのかも」

 ドーテさんが自分自身の気持ちを確かめるみたいにゆっくり話します。


「私は婚約者がいるけど、双子のモーデにはいないし相手も見当たらないし、だから、私はゲルード様と恋人未満な関係でものんびりしていられたんです。でも、モーデにはステキな人が現れて私の知らないステキな世界へ二人で行ってしまった、みたいな」

「でも、ドーテさんだって結婚するんだよね?ゲルードと」

「そうなのです、だから不安なのです!」

「え、え、どういうこと?」

 黒ドラちゃんがドーテさんの勢いに押されて後ろに下がります。モッチはさっきからはちみつ入れの前でじっと動きません。ここは目立たないようにマークのふりをして、ドーテさんの目をごまかす作戦のようです。


「わたし、ゲルード様から、あ、あ、あ」


「あ?」


「愛をささやかれたことが無いんですっ!!」

 いつもの冷静で落ち着いた雰囲気をかなぐり捨てたドーテさんは、耳まで真っ赤になっていました。


「ぶぶいん?」

 マークのふりが疲れたのか、飛び上がったモッチがモーデさんに羽音で話しかけました。

「うん、そうだよね、モッチの言う通りだと思う」

 何やら黒ドラちゃんがモッチとうなずきあっています。


「え、あの、古竜様、モッチさんはなんて?」

「あのね、モッチは『ゲルードには内緒話は無理なんじゃないか』って」

「内緒話?」

「うん。ゲルードって声が大きいでしょ?声が遠くまで聞こえるっていうか、だから小さい声でお話するのは苦手なのかも」

 黒ドラちゃんの言葉に、ドーテさんが首をかしげます。どうもお話が良くわからないようです。黒ドラちゃんとモッチは、どうしてドーテさんがわかってくれないのか、わかりませんでした。

 すると、横で話を聞いていたカモミラ王太子妃が黒ドラちゃんに話しかけてきました。

「あのね、黒ドラちゃんとモッチ、ひょっとして愛をささやくって耳元で「愛」って小さくお話するんだって思ってる?」

「え、違うの!?」

 黒ドラちゃんがお目目を丸くしてたずねると、ドーテさんが「はあっ」と大きくため息をついて座り込みました。


「私ったら。古竜様はまだ3歳なのに……いったい何をしてるのかしら」


 その様子を見て、カモミラ王太子妃がそっと肩に手を置きます。

「ドーテ、落ち込まないで。ここで話せて良かったんだと思うわよ?気持ちを抱え込んだままでいたら、いつかきっとあふれてしまったと思うの。多分、良くない形で」

「カモミラ様……」


 カモミラ王太子妃がふっと微笑みました。

「あのね、ドーテから見るときっとゲルードって落ち着いて見えるのでしょう?」

「え、ええ。もちろんです」

「でもね、中身はそれほど大人じゃないのかもしれないわよ?」

「そうでしょうか」

「あのしゃべり方だし、国一番の魔術師なんて呼ばれているから、なんとなく近づきにくい雰囲気を醸してるだけかも」

「雰囲気だけ、でしょうか」

「そうよ、見掛け倒しよ、ゲルードなんて」

「え、えっと」

「はっきり言って、鈍いの。鈍いのよ、ゲルードは」

「カモミラ様……」

「魔術以外のことにはてんで鈍いの。だから案外頭の中は、ドーテの予想とは違ってお子様なのかもよ?」

「はあ」

 ドーテさんがちょっと腑に落ちない顔をしながらもうなずいています。

 カモミラ王太子妃はゲルードとは同い年。

 それに小さなころからの知り合いなので、決していい加減な評価ではないのかもしれません。


 考え込むドーテさんを見つめて、カモミラ王太子妃が静かな声で話し出しました。


「外から見ただけでは人の気持ちはわからないもの。だからこそ、一度きちんと話しをした方が良いと思うの」

「ゲルード様と、ですか」

「ええ。きっとゲルードは夢にも思っていないんじゃないかしら。ドーテがこんな風に悩んでいることなんて」


 カモミラ王太子妃がドーテさんの手をギュッと握ります。


「ドーテはずっと私のそばにいてくれた。そして、私、今とても幸せよ。ありがとうドーテ」

「カモミラ様」

「だから今度はドーテにも幸せになってほしいの。ねえ、一生をともにする人なのよ、ドーテの不安な気持ちに答えをくれるのはゲルードだけよ」


 カモミラ王太子妃のまっすぐなまなざしと言葉に、ドーテさんが目を潤ませます。


「きっと、ゲルードならドーテの気持ちにきちんと耳を傾けてくれると思うわ」


「……はい」


 ドーテさんがカモミラ王太子妃の手を強く握り返しました。



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