第137話-ステキなお出かけ☆旅の本

「昨日の夜、食いしん坊さんとナゴーン行きのこと話し合ったの」


 ゆうべ、ドンちゃんは食いしん坊さんに、ナゴーンからラマディーがやってきたいきさつを話しました。そして、ラウザーとリュングと黒ドラちゃんがナゴーンに行くことになったこと、自分もぜひ付いて行きたいということも伝えました。きっと大反対されるだろうと覚悟していたドンちゃんでしたが、意外なことに食いしん坊さんは全く反対しませんでした。それどころか、自分も一緒に行ってくれると言ったのです。


「わたくしの仕事が忙しかったものですから、まだ新婚旅行にも出かけていません」

 スラッとバージョンの食いしん坊さんが、落ち着いた声で話します。

「わたくしもノーランドで育った身、リッチマンと三匹のニクマーンの昔話には非常に馴染みがあります。いいや、憧れがあるとも言って良い!!」

 なんだか食いしん坊さんの声が熱を帯びてきました。

「そのニクマーンが金・銀・銅の像になっているのですぞ!?これをノーランド魔ウサギのわたくしが見逃すわけには参りません!」


 あ、やはりそこなんですね。


 どうやら、あの昔話のファンはあちらこちらにいるようです。


「えっと、じゃあ、一緒に来てくれるの?」

「もちろんです!マイハニーのお出かけ用に、特製フードつきケープも用意いたしました」

「フードつきケープ?」

 黒ドラちゃんが首をかしげると、ドンちゃんが後ろからごそごそと灰色の布のような物を取り出しました。

「これ。あのね、食いしん坊さんのお毛製で、強い守りの魔力が編み込んであるの」

 そう言いながら、ドンちゃんが布を広げて見せると、フードの付いた短め丈のマントのような形をしています。魔力を含んでいるせいで、時々キラキラと輝いて見えました。食いしん坊さんは、ケープを持つと優しくドンちゃんに着せてくれました。ボタンの代わりに、前に灰色のボンボンが付いていて、そこを軽く押さえると魔力で止まるようになっています。


「ひょっとして、食いしん坊さんは痩せたんじゃなくて、毛でモフモフして丸く見えていただけだったの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、食いしん坊さんがうなずきました。

「本当はフード付きマントを作りたかったのですが、毛が足りず、今回はケープで妥協いたしました」

 素敵な青い目が、残念そうに細められました。

「でも、食いしん坊さんが一緒なら、ドンちゃんのお母さんも安心だね」

「うん。昨日の夜お母さんに話したら『これが新婚旅行ね、楽しんでいらっしゃい』って」

 ドンちゃんが嬉しそうに言って、食いしん坊さんと見つめあいます。それを見ていた黒ドラちゃんも嬉しくなりました。


「それで、食いしん坊さんはナゴーンには行ったことがあるの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、食いしん坊さんは首を振りました。

「わたくしも初めてです」

 そう言いながらどこからか一冊の本を取り出しました。

 キャラバンで売られている「ステキなお出かけ☆旅の本」だそうです。


 食いしん坊さんは、あらかじめ葉っぱを挟んでおいたページを開くと、声に出して読み始めました。


『<砂漠と海>のイメージが強いナゴーンだが、国全体を見れば緑も多く資源豊かな国である。様々な果物や、魚、野菜が豊富に採れ、料理法も多岐にわたることから、古くから料理人が修行に訪れることで有名だ。

 国の中は魔素が薄いため、魔力を帯びた生き物は、ほとんど住んでいない。当然、生活の中でも魔力は使用できないが、砂漠の燃える水と呼ばれる地下資源を利用することで、日々の暮らしには全く不便は無い。

 

 ナゴーンでは、国や産業を魔力により強化することが出来ない分、人の力を尊び働く人をとても大切にする。そのため、一度他国から出稼ぎにきた人間は、その後はナゴーンから出ることがほとんど無い、と言われている。

 また、旅の芸人なども優遇されるため、貴族のお抱えの劇場付きになる者も多くいる。

 

 新婚旅行で訪れるなら、まずは、王都からやや離れるがホーク領がおすすめ。海に近く、景色の美しさと新鮮な魚料理を堪能できる。

 また、領主お抱えの芸人たちが数多く出演する『ホーク劇場』での催し物は、ぜひ押さえておきたいところだ。


 ただし、現在は若きナゴーン王が亡くなり三年間の服喪の為、国内では祭りや大きな催し物は控えられている。王亡き後は、アマダ王妃がナゴーン女王となり国を治めており、治安は安定しているので旅行に不安は無い。

 女王には、6歳になるメル王女と2歳のポル王子がいる。王の葬儀の際は、棺を前に涙をこらえるメル王女の健気さに国中が涙した。

 王城を囲むように街と公園が広がっている。服喪に入る前は、たくさんの市がたち多くのキャラバンが立ち寄り活気にあふれていた。今は、公園に先王の記念碑が建てられ、服喪中のため、キャラバンの立ち入りは制限されている。

 

 最後に、滅多に機会は無いが、ごくまれに北の海からバルデーシュの竜が飛んでくることもある。運が良ければ手形足型尻尾型でサインにも応じてくれるという噂もあり、時間があれば北の港町もぜひ訪れたい場所である』


「……手形足型……尻尾型サインって」


 そんなことをしてくれる気の良い竜と言ったら、一匹しか思いつきません。

 ラウザーったら、本に載るほど度々ナゴーンで楽しく過ごしていたようです。

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