第64話ーどこにのせるの?

森の外れに出てみると、もうブランが待っていてくれました。

「おはよう、黒ちゃん、ドンちゃん。もう間もなく馬車がつくと思うよ」

 ブランにそう言われて、黒ドラちゃんはあわてて「ふんぬっ!」と人間に変身しました。茶色のシンプルなワンピースに茶色の編み上げブーツ、お気に入りのドンちゃんスタイルです。


「ああ、そうだ黒ちゃん、ダンスの特訓の時はダンス専用のものを履こうね。実際に履く靴にまずは慣れないと」

「ダンス用の靴があるの?あたし、わかんないや」

 どんな靴にすれば良かったのか、黒ドラちゃんが悩んでいると、ブランが優しく言いました。

「大丈夫、ダンス用の靴もドレスもゲルードの屋敷に用意してあるよ」

「そうなの!?」

「うん、でも、ドレスと靴を両方とも身につけて踊るのは大変だから、まずは靴に慣れようね」

「うん!」

黒ドラちゃんは元気に返事をした後に、ふと気になったことをブランにたずねました。


「ドンちゃんもお靴を履くの?」

 黒ドラちゃんの想像する舞踏会では、黒ドラちゃんはドンちゃんを頭に乗せて踊ります。でも、舞踏会では決まった靴を履かなければいけないなら、ドンちゃんにもお靴を履いてもらって、黒ドラちゃんの頭の上から落ちない練習が必要になるかもしれません。黒ドラちゃんがそうブランに話すと、ブランはビックリして「いや、頭の上は無いと思うよ!?」と言いました。

「えっ!?」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが驚いて声をあげました。

「えっ!?」

 それを見て、ブランの方も驚いた声を出しました。


「あ、あのさ、黒ちゃんはひょっとして舞踏会の間、ずっとドンちゃんを頭に乗せておくつもりだったの?」

「うん」

 黒ドラちゃんがうなずくと、ドンちゃんも同じくうなずいています。

「いや、頭の上に乗せて踊るのは、どうかな……」

 ブランが困ったようにつぶやきます。

「えっ、ひょっとして背負うのが普通なの?」

 黒ドラちゃんがたずねると「いや、いや、背負うのも無しだと思う」ブランがますます困った顔で答えました。

「じゃあ、あたし、どこに乗っかれば良いの?」

 ドンちゃんが首をかしげて聞いてきました。

「うーん」

 ブランがうなっています。小さなお友達は、どこかすごく難しい場所に乗せるのが、正式な舞踏会でのマナーなんでしょうか?まさか、鼻の頭とか言わないよね?と、黒ドラちゃんは不安になってきました。うなるブランを、黒ドラちゃんとドンちゃんが不安そうに見つめていると、すぐ近くに魔法の馬車が現れました。


「あ、馬車だ!」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが駆け寄ると、ブランもうなるのをやめて馬車の方へ近づいていきました。扉が自然と開き、みんなが乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出しました。少しだけ進むと、ガタンッと揺れて、馬車はもう王都に到着です。前にお城に来た時と同じように、黒ドラちゃんとドンちゃんは、馬車の窓から見える街並みに夢中になっています。ブランは、さっき話していたことを思い出しながら、どうすれば良いだろう……と一人悩んでいました。



 馬車は途中までこの間と同じ道を走っていましたが、しばらく行くと道を曲がって大きなお家ばかり立ち並ぶ一角へやってきました。

「ねえ、ここらへんのお家ってみんな大きいね」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが窓から眺めながら、感心したように言いました。

「ここは、この国の貴族が多く屋敷を構えているところだよ。ゲルードの家ももうすぐ見えてくる」

 ブランがそう言ってまもなく、ひときわ大きなお屋敷が見えてきました。


「ほら、あれがゲルードの家だ」

「すごく大きいね!今まで見た中で一番大きい!」

 黒ドラちゃんとドンちゃんはびっくりしました。馬車は白くて大きな門をくぐってお屋敷の中を進みます。門からかなり馬車を走らせてから、ようやく屋敷の入口の前に止まりました。


 そこにはゲルードが黒ドラちゃん達のことを待っていました。黒ドラちゃん達が、ブランに馬車から降ろしてもらうと、ゲルードはいつものように片膝をついて礼をとりました。

「ようこそ、我が屋敷へ」

「ありがとうゲルード、今日からよろしくお願いします!」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが挨拶をすると、ブランがゲルードに向かって言いました。

「すまないけど、ダンスの練習前にちょっと相談したいことがあるんだ」

 ゲルードはちょっとだけ首をかしげましたが、すぐに「かしこまりました、輝竜殿」とこたえました。そして「では、古竜様達はとりあえずお茶でもお楽しみいただきながらお待ちください」と黒ドラちゃん達を屋敷の召使さんに案内させて、自分はブランと一緒に別な部屋へと入って行きました。


 部屋に入るとすぐにブランが切り出します。

「実はドンちゃんのことなんだけど、黒ちゃんは頭に乗せて踊る気でいるんだ」

「それは……、余興か何かをお考えということでしょうか?」

 ゲルードは不思議そうに聞き返しました。

「いや、違うんだ、黒ちゃんとドンちゃんはいつも一緒だから、舞踏会でもずっと一緒にいるつもりなんだよ」

「なるほど……」

「だから頭の上にドンちゃんを乗せたまま踊る気でいるんだ」

「いや、それは無理でしょう。色々な意味で……」

「僕もそう思う。でも、黒ちゃんたちにどう話せば納得してもらえるか……」


 黒ドラちゃんは、森の外では滅多なことではドンちゃんと離れません。黒ドラちゃんが必ず一緒にいるって約束したから、森の外へ出ることをドンちゃんのお母さんも許してくれています。ラウザーの砂漠に行った時には、ドンちゃん自らクマン魔蜂さんについていると言ったので、別れて行動しました。でも、今度の舞踏会では、ドンちゃんもずっと一緒にいるつもりのようです。舞踏会の間に離れ離れになるかも……なんてことがわかれば、黒ドラちゃんもドンちゃんもお城に行くことを止めると言い出すかもしれません。


「何か、安心して別々の行動が取っていただけるような解決法を、考えねばなりませんな」

 そう言ってゲルードも考え込んでしまいました。ブランも考え込んでいましたが、良い考えは思いつきませんでした。

 でも、あまり長いこと黒ドラちゃん達を待たせるわけにもいきません。とりあえず、今日の練習については『まだ初めてだから、ドンちゃんを頭に乗せるのはもう少しダンスに慣れてからにしよう』と言うことで話を合わせることにしました。



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