23. 風の超位精霊とお願い

【エルデイン王国首都トリスティナ・東南区 職人街 1番通り (教会内 応接室)】



「陛下、王妃様。本日はこのようなところにお越しくださりありがとうございます。」


ガチガチに緊張している様子の司祭が青を通り越して白い顔でそう挨拶した。


ここ数年の王家の評判はあまり良くない。

先王時代は平民達を人とも思っていない横暴っぷりだったので言わずもがな。ソレイユになってからは王宮内で働く人達から広がった噂ですっかり冷酷非道な人だと思われているからだ。そしてそんな人物が突然来れば怖くもなるだろう。

だが、司祭のこの顔色の悪さはそれだけでは説明がつかないほどにひどかった。


「司祭様、お顔の色が優れないようですが大丈夫ですか?」


クリスティーナが優しくそう問いかける。


「実は数日前からこの教会にいると調子が悪くなるようになりまして…。」


そう言って司祭は今のこの教会の状況を語り始めた。


始まりは数日前。

教会にいるシスターが突然倒れたので医師の所に連れていったら最初は魔障だと言われたと言う。

そう言われた司祭は、もしそれが本当ならばとんでもない事態だと思い、詳しい原因を探るために倒れた場所が教会の中だと伝えると、元々医師にも魔障だとはっきり断言はできない様な状態だったのもあってか『それなら日頃の疲れが出ただけかも知れません』と診察結果を覆されたので、違和感は感じたもののその日はそれ以上特に気にすることも無くそれで終わったらしい。ただ、医師の所から帰って教会に戻った時に教会内の空気が重い気がしたので念の為に浄化魔法で清めなおしはしたらしい。浄化魔法を使って何も変わらなかったのでその時は気のせいだと思ってそれで流してしまったらしいが。


だが、次の日。別の人が同じ症状で倒れた事でようやく何か異常事態が起こっているとちゃんと気づく事ができたと司祭は話す。


そこで、司祭は教会内の重苦しいこの空気が気のせいではなかったのだと確信して、自分の力ではどうにもできない事態が起こっていると判断し、この街の中央区にある大聖堂の大司祭に救援を要請するために状況を伝えたのだという。だが、大司祭はたかがシスターが2人倒れた程度で大袈裟だと言って話すらまともに聞いてくれなかったと言う。


「ほう。私の治める国でまだそのような事をする者が居るとはな…。」


ソレイユの低い声が応接室に響き、司祭がガタガタと震え出した。


「その大司祭の名はなんと言う?」


「お、オーガスト・マーロン大司祭様です。」


ソレイユの怒りからくる圧で部屋の気温が急激に下がったような錯覚を覚えたが、司祭は何とかそう答える事ができた。


「そうか。情報感謝する。お咎めなしで野放しにはしない。必ず相応の罰を与えると約束しよう。」


「あ、ありがとうございます!」


そう言う司祭は感激してお礼を言うとそのまま泣き出す。


なんでも前から横暴な性格だったらしく、困っていたのだという。そいつに目をつけられてひどい目にあった者も居たらしくどうすればいいのか困り果てていたらしい。


「状況はわかった。この教会は浄化していこう。」


すっかり仕事モードのソレイユはそう言って険しい顔をしている。


「お、お待ちください!今のこの教会の浄化はそう簡単にできる事ではないのです!」


司祭は昨日、大司祭には言わずにこっそり来てくれた自分よりも力の強い司祭と2人で浄化しようとしたが、それでも失敗したのだと言う。


「そうか、だが問題ない。ティーナ、周囲への影響は出そうかい?」


「うーん…そうね…周辺の建物にいる人達には少しの間だけ避難してもらう必要があるかもしれないわ。かなり強力な淀みみたいだからちょっとだけ本気でやる必要がありそうよ。」


「だったら…ウェントゥス。」


『はーい。この淀みはボクも嫌な感じして嫌いだから無条件でなんでも力を貸すよ〜。』


「そうか。感謝する。声をこの区画にいる人に私の声を届けたい。」


『わかった〜。』


ソレイユの契約精霊であるウェントゥスは風の超位精霊だ。本気を出せば大陸中にだって声を届けられるだろう。


『う〜…えいっ!リュヌ、準備できたからいつでもいいよ〜。』


なんとも気の抜けるような声でそう言うウェントゥスの言葉を聞いたソレイユはウェントゥスを自分の肩の上に乗せてから話始める。


話す内容は日本でいう災害警報のようなもので、この国では非常事態が起こった時にそうするように法律で決まっている。国王自らがするのは大変珍しいがこういった広範囲の伝心魔法そのものはそこまで珍しいことでもなかったりする。結構大した事ない時にも同じように伝心魔法でアナウンスされているからだ。


ソレイユは伝心魔法で話す前にびっくりさせないためにと決められている音を2回鳴らすと話始める。


「『突然の伝心魔法を失礼する。国王のソレイユだ。たった今、トリスティナ・東南区 職人街 1番通りにある教会にて緊急で浄化が必要な事態である事が発覚した。よって、今から1時間後。女神でもある王妃による浄化を実行する。周辺にいる魔力耐性の低い者は時間までに避難するか、緊急時用防御幕等で自衛をせよ。また、近隣にいる兵は避難する民が居ないかの確認と万一いた場合はその先導と補助をしろ。これは訓練では無い。繰り返す、国王のソレイユだ。たった今──』」


ソレイユがこの区画にいる人への勧告をしている間、教会内を探っていたクリスティーナが同じ事が起こらないようにこの街に結界をはった方がいいと判断しアナウンスの終わったソレイユに声をかける。


「ソル、私も伝えたい事ができたのだけど範囲をこの街全体でもう一度話していいかしら?」


「ウェントゥス、頼めるか。」


クリスティーナの言葉を聞いてソレイユが自分の契約精霊に頼む。


『任せて〜!ティナのためなら喜んで〜!頑張るから後でお菓子ちょうだいね。』


「いいわ。好きなのを作ってあげる。」


『わ〜い。』


そう言ってはしゃぐソレイユの契約精霊であるウェントゥスはシフォンケーキが大の好物。今度は何を入れてと言って持ってくるのかとクリスティーナも毎回こっそりと楽しみにしていたりする。


そんなウェントゥスからの協力も貰えたことで、クリスティーナも先程のソレイユと同じ手順でアナウンスをし始める。


「『トリスティナの皆さん。突然失礼しますわ。私、クリスティーナと申します。職人街の皆様には先ほど陛下より浄化実施による避難または防御幕使用のお願いをお伝えしましたが、追加で重大な事が判明しましたので街全体に勧告いたします。先ほどトリスティナ・東南区 職人街 1番通りにある教会にて、悪魔の影響による魔障被害が複数出ている事を確認いたしました。よって、該当教会を私の力で強制的に浄化した後、再発防止のため、この街全体に邪なる者の侵入と活動を阻害する大結界をはります。今から約1時間後に街全体が光りますので作業中の方などは特にご注意くださいませ。警備兵の皆さんは混乱が起きないように担当場所周辺の警備と万一トラブルが起きた際の事態の収拾をよろしくお願い致しますわ。これは訓練ではありません。繰り返します。私、クリスティーナと──』」


司祭はアナウンスを聞いた後、「あ、悪魔!?」と恐怖に引きつった顔で腰を抜かしている。


司祭が恐怖するのも無理は無い。本来悪魔は教会の様な場所には近づくことすら難しいはずなのだ。それこそ、低位の悪魔なら近づいただけで消滅するほどに。


「ご心配なさらなくても私がいる限りどんなに高位の悪魔でも二度と近づけさせませんわ。」


クリスティーナはそう言うと周りに居る人を安心させるために抑えていた神気を解放し司祭に印がある方の手をかざす。


「今から司祭様を浄化いたします。動かないようにお願いしますね。」


クリスティーナがそう言うと司祭は「め、女神様っ!?」とクリスティーナに向かって血の気のない白い顔で祈りを捧げ始める。


「"この者の穢れを祓い、癒せ。ホーリーライト"」


クリスティーナの落ちつく優しい声が辺りにしみわたり溶けていく。


そうしたクリスティーナの簡易詠唱よって放たれた聖なる光が司祭に降り注ぐと、青を通り越して白かった死人1歩手前のような顔にみるみるうちに赤みが戻り、だるく重かった身体に力が湧くようになる。


「短縮詠唱でこの効果…さっきまでの辛さが嘘のようです…。神よ、感謝します。」


司祭はそう言ってクリスティーナを再び拝み始める。


なんだかここまでありがたられるとどうしたらいいかわからなくなるわね。と戸惑いつつもこのままではまたそんなに経たないうちに元通りなってしまうのでもう1つの魔法を準備し始める。

魔力をねり終えるまでの間もずっと膝まづいてクリスティーナへの祈りをやめない司祭の肩に気遣うフリをしつつ触れたクリスティーナは再び穢れる事のないように無詠唱でこっそり結界をはった。


「再び影響を受ける前に他の方と教会の敷地外に出ていなさい。」


「わかりました。私などが言うまでもないでしょうが、女神様と陛下もお気をつけください。」


そう言って司祭は最後にもう一度感謝の言葉を伝えてから、敷地外へ出ていった。




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お読み下さりありがとうございます。


追記 2022/12/20

コロナワクチン接種の副作用とそれとは関係ない腹痛などで1週間あったのに思った以上に書きためが進まなかったのでもう一週間おやすみ延長します。

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元悪役令嬢な天使はもう逃げられない。 秋桜 @kosumosu_

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