第5話:苦悩
ウッタル公爵は絶望していた。
娘の愚行のせいで、由緒ある公爵家が滅ぶかもしれない。
事もあろうに、妊娠もしていないのに妊娠したと嘘をつき、王太子殿下とアレッタとの婚約を破棄させるという、言い訳のできない事をやったのだ。
本当に妊娠していたら、一時的に多くの賠償をしても、後で取り返すことができるのだが、嘘の妊娠では、下手をすれば王家の乗っ取りになる。
「誰にも知られていなければ、どこからか子供を攫ってくる事もできた。
いや、最初から他の男にエクリュアを妊娠させる事もできた。
地獄に落ちる覚悟なら、絶対に秘密を漏らさない、父親の俺がエクリュアを妊娠させる事すらやれた」
思わず独り言を口にしてしまっているウッタル公爵だった。
だが独り言は本気ではなく、心の苦悩を和らげるための嘘だ。
本当にやる気でいたなら、彼ほどの男なら、独り言すら口にはしない。
秘密を守るために、心の中にだけ納めている。
ウィーン公爵家と権力争いをしているとはいえ、彼もイルドラ王国の家臣だ。
王家を乗っ取る事を本気で考えていたわけではない。
だが、夢想することは止められなかった。
「今からどこかから子供を連れて来ても、必ずバレてしまう。
今の状況は、どう考えてもウィーン公爵家の罠だ。
少なくともアレッタが企んで誘導したのは間違いない。
必ず私が愚かな行動をするのを見張っているだろう」
本気ではないが、今から妊娠している家臣領民を探し、その子を攫ってきて王太子殿下の子供と偽る事も夢想した。
同時に、そんな事をやってしまったら、ウィーン公爵家の放った密偵に知られてしまい、ウッタル公爵家が潰されてしまうのは明らかだった。
やれることが一つしかない事は、ウッタル公爵にも分かっていたのだが……
「エクリュアは、今から悪阻が激しいと言って屋敷に幽閉するしかないだろう。
問題は、子供だけを死産として届けるのか、エクリュアも一緒に殺すかだ。
だが問題は、我が家がエクリュアと子供を助けられなかったと言っても、誰にも信じてもらえない事だな……」
ウッタル公爵の独り言は事実だった。
二大公爵家とまで評されるウッタル公爵家が、王太子殿下の子供を身籠った娘の出産に、最高の産婆や治癒術師を用意しない訳がない。
いや、妊娠が分かった時点で、最高の治癒術師を今から付けていて当然なのだ。
それなのに、赤子だけを殺したり、赤子とエクリュアを死なせてしまうのは、自分から疑ってくれと言っているも同然だった。
「ウィーン公爵家にも王家にも疑われない、いや、疑われたとしても証拠の残らない方法で、赤子を死んだことにする方法は……」
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