第3話:刀鍛冶

「ハインリヒ、貴男の打った剣を試します、ついてきなさい」


 ウィーン公爵家お抱えの刀鍛冶であるハインリヒに拒否権はなかった。

 いや、地獄のような王都の孤児院から救い出してくださった、アレッタお嬢様に逆らう気持ちなど小指の先ほどもない。

 ただ救い出してもらっただけではなく、将来何があっても生きていけるように、文武の教育まで施していただけたのだ。

 一緒に救い出してもらった孤児仲間と会う事があれば、必ずご恩を返そうという話になるほどだった。


「はい、お供させていただきます」


 アレッタお嬢様が婚約者の王太子と幼馴染に裏切られ、酷く傷ついておられることは、家臣領民の全員がよく知っていた。

 家臣領民は激しく二人を憎んでおり、領地に入れば王太子であろうと、ウッタル公爵家の令嬢であろうと、八つ裂きにされることは間違いない。

 それくらいアレッタお嬢様は家臣領民に慕われていた。


「では、油断しないで、ケガのないようにしてください」


 アレッタは内心の喜びを覆い隠していた。

 いつもと変わらないように、細心の注意を払っていた。

 アレッタが恋焦がれている相手、それがハインリヒだった。

 孤児のハインリヒに恋したアレッタは、ハインリヒを自分に相応しい相手に育てるために、劣悪な王都の孤児院を糾弾し、孤児全員を領地に引き取り教育を与えた。


 だが、領地に置いておくと会えないので、孤児院に特待生制度を設けて、抜群の成績を収めていたハインリヒを、お抱え刀鍛冶に弟子入りさせた。

 全てはハインリヒを自分の側に置きながら貴族になれる道を開くためだった。

 平民、それも孤児だった者が士族貴族になるためには、武功や軍功を積み上げていくしかなかった。

 だが単なる傭兵上がりでは、貴族になっても礼儀作法で失敗して、社交界でつまはじきにされてしまうだけだった。


 アレッタが会いたいときに何時でも顔が見れて、剣技と同時に貴族に相応しい礼儀作法を覚えさせようと思えば、貴族お抱えの刀鍛冶以外の職はなかった。

 アレッタは、公爵令嬢として慈善活動で孤児院のオーナーをしている。

 だからハインリヒが刀鍛冶に弟子入りする時の後見人は、アレッタになっていた。

 後見人のアレッタが、ハインリヒの行いを気にするのは、自分の評価評判にも関わる問題なので、当然だった。


「ハインリヒ、私が後見してあげます。

 日頃の鍛錬の成果を見せてごらんなさい」


 刀鍛冶は、自分の鍛えた刀剣の出来を確認するために、剣技を習得するのは当然だったので、鍛冶の勉強の合間に鍛錬に励んでいた。

 アレッタに命じられたら、剣の稽古相手を務めるのも当然の事だった。

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