日本昔ばなしをディ●ニーが映画化したら

おだた

第1回 浦島太郎

 ローマ帝国は、とある港街。




 ユーラは仕事帰り、夜のにぎわいに栄える繁華街に足を運んだ。その一角にある、一軒のパブに入った。そのパブは、酒を飲みながら音楽やショーが観られる、小さいが趣のある店である。

 パブのカウンターで酒を飲んでいると、店主が大きな声で客に語り掛けた。


「レディース&ジェントルマン。今日はとっておきのショーを用意した。この世に二人と…。いや、二匹といない珍しい生き物だ」


 シートが掛けられた、大きな檻がステージに運び込まれる。


 ステージの前に観客が集まる。


「さあ! ご覧ください!」


 シートが一気に降ろされると、檻の中に、奇妙な生き物がいた。

 全身は緑色で、腕と足が亀のヒレのようになっている。背にはやはり亀のような甲羅があり、緑色であることを除けば、肌の質感と、乳房、顔の形、長い髪は人間の女性であるものを思い起こさせる。


 観客は一斉に、驚きの声を上げる。

 ある者は、顔をしかめて嗚咽を漏らし、

 ある者は、顔を驚きにしかめて悲鳴を上げた。


「これは人なのか」

「まさか、あんな色の人がいてたまるか」

「まるでトカゲ、いや亀みたい」

「だがよく見ろよ、良いおっぱいしてるじゃねぇか」


 男がいやらしく、手を檻の中に入れようとした。


「おっと、見世物に触るのはご遠慮ください。今はおとなしくしていますが、噛みつかれても知りませんよ」


「うへ」

 男は慌てて手を引っ込めた。


 見世物と聞いて、ユーラは気になった。


 コップを置き、人垣をかき分け、ステージの前に出た。

 檻の中を見て驚いた。確かに、亀のような手足に甲羅。緑色の肌。人なのか化物モンスターなのか、一見しただけでは判別がつかない。

 しかし、彼女は非常に悲しそうな顔をし、うなだれていた。その悲しそうな顔を見て、ユーリは沸々と怒りが沸き起こってきた。


 この生き物が、人かモンスターか知らないが、見世物にしていい訳がない。


 ユーラは客の前に飛び出て言った。

「おい! こんなことは止めろ! 悲しんでいるじゃないか」


「悲しんでる? モンスターが悲しむものか」

「彼女の表情がわからないのか」

「おまえ、このモンスターが悲しんでいるように見えるのか?」

「ああ、見える」

「それじゃあおまえも、こいつと同じモンスターだ」

 観客がドッと笑った。


 そこに店主が割り込んでくる。

「お客さん。こいつが気に入りましたか? なんなら、200万ドラクマでお売りしましょう」

 再び観客が、ドッと笑う。


 ふと振り返えると、彼女はうっすらと目を空け、助けを乞うような眼差しをユーリに向けた。




 人気の絶えた深夜。

 ユーラは、例のパブの裏側にやってきた。

 そこには、シートが掛けられた檻が、裏戸の傍に停めてあった。


 そっと忍び寄り、シートをめくり、蝋燭の明かりを頼りに中を覗き込むと、ステージで見た彼女が寝ていた。扉を調べるが、カギが掛けられている。

 ユーリは小さなのこぎりで、檻の柵を切り始めた。


 その音で、彼女は眼を覚ます。


 ユーラの存在に気がついて、飛び跳ねるように、彼のいる反対側へ逃げた。


 ユーラは、人差し指を口に当てる。

「シー。静かに。今、逃がしてあげる」


 その建屋の二階で寝ていたパブの店主は、ゴリゴリという、外から聞こえる異音に目が覚めた。

 カーテンの隙間から窓の下を覗き見ると、檻に掛けたシートの中から、ぼんやりと明かりが見える。

 主人は手に蝋燭を持って、部屋の戸を開けた。


 熱心に檻の柵を切っているユーラの瞳に、徐々に心打ち解け始めた彼女は、恐る恐る、ユーラの元へ近づいて行った。

 柵の間隔を考えると、最低でも二本の柵を切り落とさなければならない。一本目の柵を切り落とし、汗をぬぐって、二本目の柵を切り始めた。


 蝋燭の火が、ふわっと揺らめいたので目線を上げると、彼女がすぐ近くまで寄って見つめていた。

「俺の名前はユーラ。君の名は?」

「タニィ」

「タニィ。良い名だ」


 店主は家の階段を降りる。


 二本目の下が切り終わり、上を切り始める。


 店主が裏戸のドアノブに手を掛ける。


 柵は二本目が切り終わるかどうか。


 店主はドアを開け、外に出る。


 檻を見て回るが、外から異常は見られない。

 気のせいか? と思って引き返そうとした瞬間、足元に転がっていた木の棒を踏む。檻の柵と同じものだ。シートをめくって蝋燭で中を照らす。

 中は空っぽだ。


くそシット


 ユーラとタニィは、手を取り合って、街道を走っている。


 街中に笛の音が轟く。警察ウィギレスだ。


「追手がかかった」

「海へ逃げて」

「海?」

「とにかく」

「わかった」

 二人は海へ向かって逃げた。


 街道を走っていると、前に人影が。


「こっちだ」


 ユーラはタニィの手を引いて、狭い路地へ逃げ込んだ。

 家と家の隙間を縫うように、路地を逃げた時、ばったり追手と鉢合わせた。


「いたぞー!」


 来た路地を引き返して、さらに足を速める。しかし、正面からも追手がやって来る。路地をさらに曲がる。

「馬鹿が! その先は行き止まりだ!」


 路地の先は、海に面した行き止まりだった。


「飛び込んで!」

「しかし」

「あたしを信じて、飛び込んで!」

「わかった」

 二人は手を取り合って、海へ飛び込んだ。


 追手は、二人が飛び込んだ海面を照らす。

「どうせすぐ、浮かんでくる」

「ボートを出せ!」


 海に飛び込んだユーラは、息苦しさから海面に向かって泳ごうとした。その時、タニィがユーラの胸に手を当てて祈ると、ユーラは不思議な光に包まれた。

「ユーラ。落ち着いて息をして」

 首を大きく振る。

「あたしを信じて、落ち着いて息をしてみて」

 真剣な眼差しに、意を決してユーラは息をした。なんと、普通に呼吸ができる。

「信じられない! 普通に息ができる」

「あたしが魔法をかけたわ」

「魔法?」

「会話もできてるでしょ」

「ほんとだ、信じられない」

「あたしの国に案内するわ。あたしを後ろからしっかり抱きしめていて」


 ユーラはタニィを後ろから抱きしめた。

「しかり抱きしめていてね」

 タニィが一掻きすると、凄い速さで水中を進む。

「凄い速い」


 ニコッと微笑んで、二人は海の底深く潜って行った。


 深く、深く潜って行くにつれ、どんどん暗くなってゆく。

 やがて、遠くにぼんやりと明かりが見える。その明かりは、海藻や珊瑚が輝き、道のようになっている。その中を泳ぎ進めると、白く美しい、輝く城が現れた。

 さらに泳ぎ進めると、門が開き、二人は中へ入って行く。


 城の中。謁見の間に降り立ち、歩みを進めると、玉座にシャチの女王が座っている。

 その周りには、鯨の御付きや、サメの兵が立っている。

 みな、タニィのように、体は人だが手足や肌の色は、元の生き物と同じだ。


 タニィは足をつく。

「女王陛下。大変申し訳ございません」

「勝手に城を抜け出して、今までいったいどこへ行っていたのだ」

「地上へ行っておりました」

「地上…」

 周りの者たちも、驚きの声をあげる。


「地上は危険な場所だから行くなと、幼少のころから躾てきたであろう」

「風のうわさで、見たこともない不思議な世界であると聞き、好奇心を抑えられませんでした」

「それで、地上はどうでしたか?」

「大変危険な場所でした。危うく、命を落とすかもと」

「姫であるあなたに、命の危機など…」

「そんなとき、こちらの人に救われました」


 女王がユーラを見る。


「この者に代わって、深くお礼申し上げる。お名前をお伺いしてよろしいかな」

「ユーラと申します」

「ユーラ殿。本日は国をあげて歓迎いたします。準備が整うまで、客間でお待ちください」

「恐れながら女王陛下。お許しいただけるのなら、国を見学させていただけませんでしょうか」

「興味がおありかな」

「とても」

「わかりました。では案内役をお付けしましょう」


 タニィが言う。

「女王様。わたくしはこの方に、大変お世話になりました。それこそ、命の恩人にございます。できますれば、わたくしに案内役を申し付けください」

「我が国の姫である、あなたが直々にですか?」

「是非とも」

「わかりました。ではタニィ姫。ユーラ殿をご案内してさしあげなさい」

「ありがとうございます」


 街は、珊瑚や海藻、水晶が光って夜の街のようである。

 商店があり、パブがあり、人の街とさして変わらない。ただ、街を泳いでいるのは、タニィのように、体は人だが手足や肌の色は、元の生き物と同じ魚やタコだ。


「綺麗な街だ」

「ありがとう。どこか行きたいところあるかしら」

「君は、この国のお姫様だったんだね」

「ごめんなさい。黙っているつもりはなかったんだけど」

「逃げるのに精一杯だったからね」

「ここは、海の生き物たちが暮らす楽園。海の上の方では、海の生き物たちが、争いあっているけど、この国だけは、平和なの」


「地上の世界にも、ここと同じような、楽園があると聞いて探しに行ったのだけど…」

「怖い思いをさせてしまったね」

「とんでもない。助けてくれてありがとう」


 女王の使いが、二人を呼びに来た。

「宴の準備が整いました」

「それじゃあ、戻りましょう」

 タニィはユーラの手をとった。


 宴会場には、きらびやかな料理が並び、ステージでは、魚たちの優美な踊りが繰り広げられる。タニィはユーラの隣に座って、踊りや劇の解説をしながら、楽しく話している。


 二人の姿を、怪訝な顔で見つめている女王がいた。


 宴も終わり、ユーラは寝室に案内された。


 寝具に着替え、ベッドへ横になると、トントンとドアをノックする音がする。

「はい」

 ドアを開けると、タニィがいた。

「夜遅くにごめんなさい」

「どうしたの?」

「もうちょっと、あなたとお話しがしたくて。お休みになるところでした?」

「いや、全然。宴の興奮、冷めやらぬって感じさ」

「入ってもいい?」

「もちろん」


 タニィは部屋に入ると、窓辺に歩み寄った。


「ねぇ、ユーラ。あなた、地上へ帰ってしまうの?」

「ああ」

「ねぇ、ユーラ。ここであたしと暮らさない?」


 一瞬、びっくりして、そして、落ち着いた表情で言う。


「地上に、いままで生活があるからね」

「好きな人でもいて?」

「そういう人はいないけど、両親や兄弟。友人たちがいる。みんな大切な人たちだ」

「そう」


 タニィは寂しそうな顔をする。


 タニィはドアを開ける。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 部屋から出てきたタニィを、廊下の陰から見つめる、女王の御付きがいた。



 翌朝。

 タニィはユーラを見送ろうと、謁見の間へ行く途中、シャコガイで作られた宝箱を、国の魔法使いが女王に手渡す場面を目撃する。

 魔法使いは女王にそっと耳打ちする。

 タニィの顔が青ざめる。


 謁見の間。


 女王が、ユーラにねぎらいの言葉をかける。


「ユーラよ、今回は本当にありがとうございました。お礼に、こちらを授けましょう」

 御付きが持ってきたのは、先ほどの宝箱である。

 女王から、ユーラへ手渡される。

「地上へ持ち帰った際、開けると良い」

「ありがたき幸せでご…」


「待って! ユーラ、それを開けてはいけないわ!」


 突然、タニィが大声をあげる。


「なにを言っているのです。姫、下がりなさい」

 タニィは衛兵に連れられ、謁見の間を後にする。


「帰りはこの者に送らせよう。それではユーラ、達者でな」

 ユーラは海藻でできたカゴに乗り、アシカに引かれ海面へ向かって去って行った。




 無事、家に帰ってきたユーラは、貰った宝箱を開けるかどうか迷っていた。せっかく貰ったプレゼントだが、タニィの言葉が頭をよぎる。

 とりあえず。宝箱は開けずに置いておいた。


 ユーラの家の前に、パブの店主と、いかつい男たちがいた。

「あのモンスターを逃がしたのは、ユーラの野郎にまちがいないな?」

「ああ、はっきり見た」

「あの野郎、許しちゃおかねぇぜ」


 タニィは胸騒ぎがした。

 あの宝箱には、危険な魔法が閉じ込められている。

 タニィは城をそっと抜け出し、再び地上へ向かって泳ぎだした。


 ユーラが海沿いの道を歩いていると、タニィの声がする。

「ユーラ」

「タニィ?」

 海を見ると、タニィが手を振っている。

「いったいどうしたんだい? タニィ」

「ユーラ、あの宝箱は開けていない?」

「ああ」

「良かった」

「君が開けるなって言ってたからね」

「箱は今どこ?」

「俺の家にあるけど」

「そこまであたしを連れて行ってくれる」


 ユーラは、人目を避けながら、タニィを連れて自分の家に帰った。

「ほら。タニィ。この箱はいったい何だ?」

「箱には、開けた者を異世界へ飛ばしてしまう魔法が閉じ込められているわ」


 そこに、パブの店主と男たちが乗り込んできた。

「ようユーラ。先日は世話になったな。お前が盗んだもの、取り返しにきたぜ」

 男たちが飛びかかるより早く、ユーラはタニィの手を取って家を飛び出した。

 街の外へ逃げるが、男たちが追って来る。


「待ってユーラ。足が痛いわ」


 迫りくる男たち。

「タニィ。このままでは捕まってしまう。この箱を開けて逃げよう」

「そんな! どんな世界に飛ばされるかわからないのよ」

「隣街まで逃げられたとしても、奴らは必ずやって来る。捕まったらお互い、奴隷のような日々が待ってる」


 二人は箱に手を掛けた。


 男どもが近づいてくる。

「とうとう観念したか」


 二人は箱を開ける。


 その時、眩い光の渦が箱から飛び出し二人を包む。


 渦が収まった後に、二人の姿はなかった。


 光の渦が収まって、ゆっくりと目を開けると、二人の前に、柔らかな緑に包まれ光景が現れた。

 中には大小さまざまな小屋があり、花は咲き乱れ、蝶が乱舞していた。

 そして、タニィのように体だけ人型をした鳥や鹿などの動物たちがいた。


 一羽の鳥が、二人の目の前に舞い降りた。


「あなたたちは誰?」

「僕はユーラ。人だ」

「タニィ。亀よ」

「ようこそいらっしゃい。ここは地上の楽園、竜宮城よ」

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