第11話 ボックス

 ここ数日の原付通学と昨日の寄り道を経て、小熊はカブを日常の足に使うことに少し慣れて来た。

 朝起きて弁当を作り、朝食を済ませてから教科書、ノートの詰まったディバッグと手製のヘルメットバッグを肩にかけ、ヘルメットとグローブを手に取ってアパートの駐輪場まで行く。

 カブのエンジンをかけて暖気しながらヘルメットを被り、グローブを嵌めてヘルメットバッグをディバッグの外ポケットに突っ込む。

 ここまでの手順はもう何も考えずとも出来るようになった。ディバッグを背負い直してカブに跨り、アパートの駐輪場を出る。ここから県道をまっすぐ走るだけの通学コースも、カブを買うまでの自転車通学で勝手知った道。

 二kmほどの通学路を走り、学校のバイク駐輪場にカブを停める。隣には遠目にも目立つ真っ赤な原付。礼子の郵政カブ。


 原付通学を認められている高校。駐輪場のほとんどを占めるスクータータイプの原付の比べ、サイドスタンドで傾けて停められている郵政カブの改造車は、傷だらけの見た目も手伝って不安定に見える。

 風か何かで礼子のカブが倒れて、自分の原付を壊されたらたまらないと思ったのか、郵政カブの左右はいつもバイク一台分ほど空いている。

 小熊は郵政カブの隣にカブを停め、礼子にならってサイドスタンドで傾けて停めてキーを抜いた。

 別の鍵穴を回してハンドルロックをかけ、グローブとヘルメットを外した小熊は、ディバッグから取り出したヘルメットバッグにそれらを入れ、肩にかける。

 もう無意識に出来るようになった作業。カブは小熊の生活に馴染み始めていた。

 そして最近の小熊に訪れたもう一つの変化。礼子という同級生。

      

 今朝も自分の席で文庫本を読んでいた礼子は、ディバッグとヘルメットバッグを持った小熊が横を通っても顔を上げることさえしない。

 小熊も席につく。午前の授業が始まった。数学の小テスト。発表された小熊の点数は中の上くらい。礼子はクラス一位だった。

 カブに乗り始めても変わることのない授業。一つあるとすれば小熊に放課後の楽しみが出来たことくらい。

 昨日の学校帰り、通学路から一kmほど外れた寄り道で見つけた、スーパーマーケットとホームセンターの二棟からなる郊外型ショッピングセンター。

 今日はホームセンターの方に行ってみようかなと思っているうちに、午前の授業が終わり昼休みが始まった。

 礼子がお弁当の入ったバッグを手に小熊の席にまっすぐ近づいてくる。

「じゃ、行こうか?」

 昨日と同じく強引に腕を引く礼子。小熊は慌てて自分の弁当とお茶の入った水筒を手についていった。

 カブと違って、こっちはまだ慣れない。

  

 駐輪場で、お互い自分のカブのシートに座りながらお弁当を食べた。

 礼子は郵政カブの上で、教室の狭苦しい椅子よりリラックスしたような感じ。

 小熊も傾けて停めたカブに跨ったが相変わらず安定しない。礼子を真似て横座りしてみた。こうすると案外座り心地がいい。  

 礼子は大きなコッペパンにソーセージや炒り卵が入った弁当を旺盛な食欲で食べながら、無糖の炭酸水を飲んでいる。

 小熊はいつも通りの白飯とレトルト。昨日の買い物でレトルト食をまとめて買い込んだので、今日はその中でも一番好きなカレー。

 ただし冷えてない奴に限る。今日は電子レンジの列に並んで温めなおせば良かった。

 礼子は相変わらず一方的に喋る。今日の話の内容は、間近に控えた夏休みに出かける予定だというツーリング計画について。

「必要なものはもう用意してるからね。それを積んだらすぐ出かけられるわ。こんな時はカブ買ってよかったなーって」

 郵政カブの後部ボックスを叩きながら話す礼子。礼子の郵政カブには、郵政業務で使われていたときのままの郵便小包用大型ボックスが装着されている。

 小熊のカブは、以前乗っていた自転車にさえついていたカゴも無く、昨日の買い物も毎日の通学でも、荷物は全部背負って走っている。


 それまで礼子の話に相槌を打つだけだった小熊は、手を伸ばして礼子のカブの後部に触れながら言った。

「これは便利そう」

 小熊の話を笑いながら聞いていた礼子は、首を傾げて何か考え事をしている。

「うーん、ちょっともったいないかもね」

 勿体ないとはどういうことだろう?カブに箱をつけると何か損をするのだろうか。意味をわかりかねた小熊は礼子に、目線で続きを促す。

「そういう箱つけてるとねー、バレちゃうのよ。おいおまえ昨日あの店に居たろ?ウチの車追い抜いたろ?ってね。カブのいいところの一つはは匿名性だと思うのよ。でも箱があると、あいつのカブだってバレちゃう」

 それもそうだと思った。小熊はカブの必要以上に目立たないところを気に入っていたが、箱をつければ他人からの注目という、小熊の苦手なものを呼び寄せてしまう。

 小熊は頭を抱えて考え込んだ。これからもカブで荷物を運ぶ時にはバッグに入れて背負うしか無いのか。

 礼子は混乱した様子の小熊を見て、言った。

「箱、欲しいの?」

 小熊は頷いた。礼子はポケットから携帯を取り出し「ちょっと待ってて」と言って駐輪場から離れる。校舎の影で何か話してた礼子は、短い通話の後で携帯を切って小熊のところに戻って来た。

「学校帰りにちょっと寄り道しよっか?たぶんいいことがあるから」

 小熊は礼子と、放課後のお出かけというものをすることになってしまった。 

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