第10話 買い物

 左右のウインカーをレバーの上下で点滅させるカブ特有のスイッチに少し戸惑った小熊は、ハンドルグリップ横のスイッチボックスを目で見てスイッチを入れる。

 きっとこのわかりにくいスイッチも、慣れれば何も考えず操作できるんだろうと思いつつ、学校と日野春駅近くの自宅を結ぶ県道と交差する国道二十号線、通称甲州街道を東へと向かった。

 ウインカーがつけっぱなしだということに気付いて慌ててスイッチを戻す。

 

 平日午後の甲州街道は思ったより走りやすかった。

 通学で通る県道より舗装がよく、道幅も後ろから速い車が来た時に横に逃げる余裕がある。

 原付で走っていて怖い思いをさせられる、道が急に狭くなったり広くなったりする箇所が少なく、路上駐車も無い。

 この道を走ったのは初めてでは無い。カブを買った初日の夜にガソリンを入れに行ったことがある。

 その時は必要に迫られて走っただけで、こんな風に気の向くまま走るのは初めて。

 ついさっき信号待ちをしている時までは予定に無かった寄り道。小熊は自分がこんなことをするのが不思議だった。

 東京都下の小中学校に通っていた時も、山梨の高校に転校してからも、学校帰りにどこかで買い物をしたり、ただ目的もなくぶらぶらした記憶はあまり無い。

 スピードメーターの針はまだ目盛りの中間地点で、そこから先へと進む様子は無い。

 免許を取って間もない小熊には、まだスピードを出すことに恐怖感がある。顔を覆う透明なシールドの無いクラシックスタイルのヘルメット。速く走ると風が顔に当たって目が痛くなる。

 

 これでも自転車に乗っていた頃の全力疾走よりも速い。あの時は必死にペダルを漕いでいて、今は右手を捻るだけ。

 さっき曲がった交差点から甲州街道を一km少々走った小熊は、左手に大きな店を見つけた。

 ホームセンターとスーパーマーケット、そして広い駐車場が合わさった郊外型のショッピングセンター。

 小熊は今日寄り道した理由の一つが、切れかけた食材の買出しであったことを思い出し、左のウインカーを点滅させて店舗前の広大な駐車場に乗り入れた。

 駐車場内の通路をゆっくり走ってバイク駐輪場に向かう。トタン屋根の駐輪場には数台のバイクが停めてあった。

 スクータータイプの原付が一番多く、大きなスポーツタイプのバイクもある。カブも一台あったと思ったら、お爺さんがやってきて後ろに肥料の袋を乗せ、走り去った。

 小熊はバイクの社交場みたいな駐輪場に、まだ真新しいカブを並べた。キーを抜いてスタンドを掛け、ハンドルをロックさせる。

 ディバッグから手作りのヘルメットバッグを取り出し、外したヘルメットとグローブを突っ込む。もう何度か繰り返して慣れた作業だけど、自転車より手間がかかる。

 

 店舗は学校の体育館より広い店が二つ。スーパーマーケットとホームセンター。

 とりあえずホームセンターで買うような洗剤や生活器具は足りているので、左手のスーパーに向かう。

 今まで行ったことの無かった大型スーパーは、いつも小熊が食材やインスタント食品を買っている高校近くの小さなスーパーより、並んでいる物の値段が少し安かった。

 特売のレトルト食や切れかけていた調味料等をまとめて買った小熊はレジに向かう。

 これだけでも寄り道をした価値があった。原付を買ったのも損ではなかったかもしれない。小熊は並んでる客の居ないレジに向かった。

「袋はご利用なさいますか?」

 レジ袋は有料。買い物は教科書を入れて背負っているディバッグには入らない量。

 自転車で高校近くのスーパーに買い物に行った時はエコバッグを持っていって、買った物はカゴに放り込んでいたが、小熊のカブにはカゴも、礼子のバイクに付いていたようなプラスティックの荷物箱も無い。

 節約しなくてはいけない奨学金暮らしの身。ちょっとくやしいけど袋を買おうとした小熊は店員に答えた。

「袋はいりません」

 小熊はもうあまり残っていない財布の中身を支払い、買い物カゴを袋詰め台に持っていった。

 

 小熊はディバッグと一緒に背負っていたヘルメットバッグを下ろし、中身のヘルメットを被って革グローブをポケットに突っ込んだ。

 空になったヘルメットバッグに買った物を詰めた小熊は、ヘルメットを被ったまま店内を歩いてカゴを返却する。

 店の中でヘルメット姿というのはヘンな格好だが、小熊はイヤな気分では無かった。

 自分がバイクに乗っているということをちょっと自慢するような気持ち。

 乗ってるのはスーパーカブ。配達や農作業に使うただの原付でバイク乗りを気取るのがちょっと恥ずかしくなった小熊は、そそくさと駐輪場に戻る。

 スーパーの右手にある大きなホームセンターを見た小熊は、今日はとりあえずこれで終わり。明日にでもまた来た時に行こうと決めて、買い物の詰まったヘルメッドバッグを胸の前に下げ、カブで駐車場を出た。

 明日の放課後が、ちょっと楽しみになった。

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