3話 器工売り

器工売り


 え、何? 機工の車内販売? そんなの聞いた事無いけど。重い瞼をやっとの思いで上げて、向かいに座っている、皐月を見る。やっぱり寝ているわね。外傷は無さそうだし、ここまで来ていないみたいね。耳を澄ますと、


「……器工、器工はいりませんか~?」


やっぱり聞こえてくるわ。廊下の方ね。なら、皐月を起こして、


「ねえ、皐月、起きて」


と立ち上がり、肩を揺らしてみる。


「うん、大丈夫、起きたよ。確かにおかしいね、機工の車内販売は」


「意識もしっかりしてそうね。なら迎撃準備だけして、奥の方に座りましょ」


「うん、解ったよ。それにしても、次が僕たちの部屋っぽいね。声が近いよ」


「……ありがとうございました~」


好調に売れているようだ。そしてついに、私たちの部屋の前まで、声の主が来た。コンコン、とドアを叩かれ、


「……器工はいかがですか~」


「どうぞ、入って下さい」


さて鬼が出るか蛇が出るか。けどここじゃあ、戦車は出庫出来ないわね。


「車内販売で、なんで、機工を売っているのかしら?」


「……おや、お客さん、器工をご存じで?」


「ええ、私たちは機工を持っているわ。だから、売っているというのに違和感を感じているの」


「……成程、では、ここで捕獲しましょう」


な、車内販売をしている女性の髪が意志を持っているかのように、此方に伸びてきた! なら、ここは苦無で斬りつけつつ、屋根に上がったほうが、場所は広いし、あの毛に絡まれることはなさそうね。そう考え、機工の機能で、皐月に念話を、


『上に上がるわよ』


と送りつけ、窓から列車の上に上がる。皐月も斧で応戦しながら、上がってきた。


「さぶ! まあ我慢するしかないけど!」


「そうだね、あと立ち辛いね。しょうがないけど!」


屋根が揺れる。めっちゃ揺れている! これ本当に、電車の振動かしら! 前を見ると、屋根が突き破られ、さっきの販売員が追って来た。


「皐月、機工は出せる? 私の戦車じゃこの電車が潰れるわね」


「僕も無理だよ。機銃の一つや二つなら出せるかも。だけど、これだけいると、ね」


確かに、周りを見渡すと、確かに武器を持った乗員たちが、どんどん上がってきているわね。


「確かに、この数は無理ね」


「……へえ、じゃあ、君たちは、紀光たちの作った、あの機工を持っているんだ。なら確実に捕縛しないとね!」


「「まる聞こえ!?」」


なんで小声で話しているのに、あの距離のあいつに聞こえているのよ! っと、かぶっていた帽子を持ち上げたわね。あの顔は!


「希和? いや、それにしては、体が大きいね」


「え、睦? でも、睦が成長したらあれぐらいかな?」


「……成程、紀光保護所にいた子達ってことだ。けど残念。私は君たちの知り合いでもなければ、味方でもない。まあ、君たちが紀光たちの味方ならという話だけど」


「紀光たちって何? あなたの名前は!」


「……私はゴト・ロードライト。紀光たちっていうのは、紀光神奈とそのコピーたちの事」


皐月を捕まえていた、女性が言っていた名前だ。そして、睦が、コピーって、どういう、


「……まあどうでもいいでしょ。これからあなたたちは記憶を消されて、忠実な部下になるのだから」


ここを抜け出さないと! けど、どうすれば、


「式、ここは、君の機工を使うところかもしれない。出来るかい?」


「だからそれをすると、電車が!」


「それを気にせずできるかい?」


確かに離脱するにはそれが良いかも。


「ええ、解った。出来るわよ」


「じゃあ、この車両の隣に3秒後、出庫でいいかい?」


「ええ!」


「3」


紀光起動、


「2」


すべての部品の点検を走らせる。問題はない。


「1」


「……させないわよ。皆。周りを囲んで!」


上ってきていた、機工を持った人たちは、あり得ないほど俊足で、私たちを囲む。これ、人間の速さじゃない!


「ごめん、式。此方の極力小さい声で話していたのも、聞こえていたみたいだ。どんだけ地獄耳なんだよ! でも、この際、周りを巻き込んでもやるしかなさそうだ」


「え、ええ分かっているわよ」


戦車出庫。私たちを中に入れて、戦車が出来上がる。周りにいた人たちは吹き飛ばされ、車両は重さによって潰される。


「逃げるんだよ!」


「ええ!」


線路を逆走して、森の中に逃げ込んだ。

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