手作り弁当は地雷の味

もちもちの木

手作り弁当は地雷の味

「やったー!!罰ゲームはやくもんな」

とあるカラオケボックスの一室で数名の男子高校生がはしゃいでいた。


「まじかーー、俺けっこう自信あったんだけどなー」


茶髪のロンゲを無造作にハーフアップにした、見るからにチャラい雰囲気の男子高校生が悔しそうにボヤく。

テレビモニターの画面には78点の数字が点滅していた。


「カラオケの採点基準は普通に上手いだけじゃあ駄目なんだぜ!やくもんアレンジしすぎ」

知った風な口調で短めの金髪にお洒落眼鏡の少年がにやりと笑む。


「くっ・・・負けたからには仕方ない。罰ゲームでも何でも受けて立とうじゃねぇか!」

がっくりと肩を落とし、自棄気味に『やくもん』と呼ばれた少年が応える。


「1位の大ちゃん敗者に引導をよろしくぅ」

お洒落眼鏡くんが、黒髪ツーブロックの少しばかり厳つく見える少年に向かってマイクを差し出す。




「え~、では、明日から1週間やくもんは愛情こもった手作り弁当を当校副生徒会長殿に差し入れすることを命ずる!」

「ぎゃーー!!それムリゲーすぎないかっ」

「やくもん料理できるん?」


みな口々に勝手なことを言いながらギャハハと大笑いする。




「虫けらを見るような目で突っ返される未来しか見えネェ・・・しかも1週間」

だたでさえ無表情で有名な生徒会副会長の氷のような眼差しを想像してげんなりする。




「安心しろ突っ返されたかわいそうな弁当は後ほどスタッフ全員おれたち食ってやるよ。」

「わー、やくもんの弁当楽しみー」

こうして男子高校生の悪ノリ罰ゲームの幕は切って下ろされた。



しかし、この罰ゲームが意外な方向に展開してしまうことをこの時誰も想定していなかった。






私立一心いっしん学園は仏教系の自由な校風で有名な高校だ。

特徴としては頭髪服装の規定は限りなく緩い。


周囲に迷惑を掛けない範囲なら染めようが剃ろうが伸ばそうが教師から注意されることはない。


制服も形だけ指定はあるが、私服も認められている。毎日コーディネート考えるのが面倒臭いという一部の生徒が制服を着ているくらいだ。


授業も他の生徒の妨害をしないなら、寝ていていようが別の事をしていようが自由だった。


校則は個人の自由を認めるが、他人の自由も尊重しなさいという、今どきの日本で珍しいくらい自由を全面に推したものだった。


和風建築の講堂に立派な釈迦如来像があり、月に1度の全校集会で校歌代わりに般若心経を唱えるというところは、仏教系の高校らしくもあった。


そんな緩い校風でも、ある一定の成績を維持できないと進級できないという、自由に溺れて自己管理できない生徒には厳しい約束事もあった。


年に何名かは落ちこぼれる生徒が出るが、そういう生徒は大量の課題提出と補講で何とか救い上げられ、自由にはそれ相応の責任が必要だということを噛み締めることになる。


そのせいか高校の偏差値は高めで、超進学校ほどではないがそこそこレベルの高いランクにあった。


学園長はいつも柔和な笑みを浮かべている坊主頭のおじいちゃんで、通常はジャージにどこで買ってるのかわからない謎の柄のTシャツ姿で校庭を清掃したりしている。


『じいちゃん先生』と呼ばれ生徒達に好かれてる学園長だが、そんな気さくでのんびりした姿に新入生は用務員さんだと1度は誤解するのが恒例となっていた。




「じーちゃん先生おはよー」

早朝6時、朝練がある運動部の生徒しか登校していない時間帯に、昨日罰ゲームを食らった『やくもん』こと山本八雲やまもとやくもは校庭の花壇で水撒きをしていた学園長に声をかけた。


ジャージ姿の標準装備に麦わら帽子、手ぬぐいを首に巻いた小柄な老人は、八雲に向かって快活にかっと笑みを浮かべた。




「おう、八雲か。おはようさん!今日も良い日和やね。何ね、珍しく大層な荷物持って」

生まれは九州のじいちゃん先生は独特な方言を使う。標準語を使われるよりは堅苦しくなくて八雲はその口調が好きだった。


「力作の重箱弁当だよ。今度じーちゃん先生にも作ってきてやるよ。胃薬用意して待っときな」

「ほうか、ほうか、そりゃ楽しみにとかないかんばい」

カカと歯を剥いて笑う。じいちゃん先生の歯は今でも現役だ。アゴが疲れそうな硬い煎餅でも平気でバリバリ食ってるのを見たことがある。




「じーちゃん先生、何か手伝うことある?」

浅黄色の風呂敷に包んだ重箱を抱えなおし、あくびをしながら八雲は尋ねた。




「そうやねー、せっかくやけん、大善だいぜんたちの散歩を頼むわ」

大善は学園で飼っている老犬の名前で、他にも捨てられた犬を数頭、保護と云う形で世話をしている。


一部の生徒達の有志で子犬や若い犬は飼い主を探し譲渡しているが、大型の老犬はなかなか譲渡先が見つからず、学園長が「これも縁やけん」と老犬に大善と名付け面倒を見ている。




「りょー、荷物置いたら行ってくる」

学園長に背を向けると、八雲は足取り軽やかに昇降口へと向かって行った。






「スゲー、ちゃんとした弁当だ」

八雲の机の周りに集まった昨日のカラオケメンバーは、重箱弁当の一の重の蓋をあけて、感嘆の声をあげる。


「弁当作ってこいっていったのお前らだろ、いったい俺になにを期待してたんだ」

「やー、なんつーか、ほれ、暗黒物質ダークマター的なやつ?こんな普通に美味そうなものを作ってくるとは意外だった」

黒髪ツーブロックの少年、佐藤大悟さとうだいごは面白くないとでも云うかのように目を細め、むぅっと唸ると軽く口を尖らせた。


「まさか、かーちゃん作じゃないだろうな?」

「俺んとこの母親、看護婦でフルで働いてるから朝はそんな暇ねぇよ。うちは家事全般家族全員で当番制。手の込んだ料理は作らねぇけど、簡単なのなら多少は出来んだよ」


1の重には肉じゃが、出汁まきたまご(甘めの味付け)、ほうれん草の胡麻じゃこ和え、切干だいこんのサラダ、鶏のからあげが所狭しと詰められてる。


1人前には多い量だが突き返されること前提で、その後仲間内でつつくことを考えて重箱に詰めたのでやたら豪勢に見える。


「こっちの方はどうなってんの?」

おしゃれ眼鏡くんこと、加藤涼かとうりょうが1の重の避け、下の重を覗いた。と、同時に横を向いてぶはっと噴出した。


そこには一面の白飯の上に桜でんぶで巨大なハートが描かれていた。




「さ、桜でんぶでハート・・・こんなん漫画かアニメでしか見たこと無いわっ」

「愛情弁当っていえばコレだろ?罰ゲームとはいえ俺は全力を尽くす男だ」

「やくもんのチャラいくせに無駄に男気あるとこ大好きだぁ」

チャラそうな見た目はお互い様だろと思いつつ、手を広げ大笑いしながら抱きついてくる涼を片手で押しやる。


「で、いつ渡しにいくん?」

「四限終わってからでいいだろ。副会長は食堂組だし」

まだ大笑いしている涼をよそ目に、八雲はそそくさと重箱弁当を風呂敷に包んで仕舞い込んだ。


ー 弁当渡す相手が冗談通じなさそうな人物やつなんだよなあ。

それを思うと気が重くて仕方なかった。






罰ゲームのターゲットである生徒会副会長は同じ2学年の高遠軍司たかとうぐんじといった。

高遠は1組のSランクの大学進学を目指す特進クラス。


毎回赤点をギリギリ回避している八雲とは頭の出来が雲泥の差だ。八雲の勉学への情熱は高校受験のときがピークで、あとは緩やかに下降傾向だった。


しかも剣道部の次期主将で180は越えている高身長、全く表情が動くことがない事を除けばそこそこイケメンの部類に入る。


真面目が制服を着て歩いてるような男、高遠には一切浮いた噂はなかった。

少しは笑えばモテるのに勿体無いと思うのは八雲だけではないはずだ。


そんな浮いた噂がない真面目な男にチャラ男の代表みたいな八雲が弁当もっていったら面白いんじゃないか?という軽い悪ノリの罰ゲームなわけだが、巻き込まれた高遠にとっては良い迷惑でしかない。




案の定、人目に付かないところに呼び出して重箱弁当を差し出した八雲を高遠は言葉を発すること無く無表情に見下ろしている。


沈黙が重い。怒るなりバカにするなり何か反応してもらわないと、すごく居た堪れない。


「お前が作ったのか?」

ようやく発した言葉がそれだった。やはり表情は一切動かないが無駄に圧が凄い。


「お、おう。変なモンは入れてねぇし、フツーに食えると思うぞ」


ー さぁ、見ず知らずの野郎が作ったモンなんか要らないと言え!というか、俺がお前の立場なら絶対言う。かわいい女の子からなら貰うけどな。


弁当を差し出した状態でチラリと高遠の表情を伺い見ると、無表情を通り越して虚無っぽい目付きになっている。




ー やべ、これマジで嫌悪されるパターンかも。


罵倒される前に逃げよう。八雲は頭の中で行動コマンドを「撤退」に切り替えた。


「ハッ、ハハハ!やっぱ野郎が作った弁当なんか要らねぇよな!ゴメン!持って帰る!時間取らせて悪かったなっ」


と、重箱弁当を引っ込めようとした瞬間、腕を上からガッシリと押さえられる。あまりの素早さに八雲は小さく「ヒエッ」と怯えた声を漏らした。


そしてギリギリと万力のような握力で腕ごと高遠の方へ引き寄せられる。

近い、近い、顔がめっちゃ近いし、無表情怖い!


「有り難くいただこう」

地獄の底から発せられるような低い声に怖気づいて、気づけばそのまま重箱弁当を渡してしまっていた。




「弁当箱は放課後に返す」と言い残し重箱弁当を持って去っていく高遠のがっしりした背中を見送ると、八雲はその場に力なく座り込む。


ハーフアップに纏めた髪が乱れるのも構わずガシガシと掻き毟ると、はあぁと深いため息を零した。


「マジ、殺されるかと思った・・・腕痛てぇし」

剣道部次期主将の握力ぱねぇ、と呟きつつ八雲はまだじんじんと痺れている腕を擦った。








「何か知らんが、受けとってくれた」と冴えない表情で報告する八雲に悪友たちは驚愕の表情を浮かべた。


予定では「やっぱ突っ返されたわー」「だよなー」「俺でもそうするわー」の会話で、罰ゲーム終了となる筈だった。

予想外すぎて怖い。


鉄面皮の生徒会副会長の相手をして疲れたせいなのか、若干顔色が悪い八雲に「よくやった。お前は勇者だ」と労いの声をかけた。


「で、明日も渡すのか?」

「や~もう良いだろ・・・やくもんが可哀想になってきた」

涼の問いに大悟は、机に突っ伏して微動だにしない八雲の頭をよしよしと宥めるように撫でながら答えた。


そして無表情な彫像の様な生徒会副会長の姿を思い浮かべながら、頭が良いヤツの考えることは判らねぇなあとボヤいた。






宣言通り放課後になると、高遠は空になった重箱を持って八雲たちのクラスに現れた。


差し出された重箱を押戴くように受け取る八雲を、高遠は無言で見つめる。やはり無駄に圧が凄い。


重箱の軽さにあの量を全部食ったのか・・・と感心しつつ、何か言いたげな様子の高遠の言葉を待った。動かない表情の中、ぴくりと太い男らしい眉が動いたような気がした。


結局長い間を置いて発した言葉は「部活があるからこれで失礼する。また明日」という素っ気ないモノだった。


「お、おう。またな」反射的に答えながら、「また」なんてあるのか?と、首を傾げる。

優等生である高遠と底辺をふらふらしている八雲とでは同じ高校に通ってはいるが接点がない。


その時、カサリと重箱の中でモノが動く音がして中を確認してみると、綺麗に洗われた重箱の上段の中に几帳面の折りたたまれたルーズリーフが1枚入っていた。


そこには高遠の性格を思わせるような几帳面な綺麗な文字で弁当の感想と礼が書かれていた。

押し付けられた弁当に丁寧に感想付き礼状書くとか真面目だなぁと暢気に読み進めていた八雲の表情は次第に青ざめていった。




ー 突然、弁当を手渡しに来たことには驚いたが、クラスが違うため今まで接する事がなかった山本が自分を知っていてくれた事を嬉しく思う。


ー 恥ずかしながら今まで親密な交際の経験は皆無だが、勇気を出してくれた山本の気持ちは最大限尊重したいと思っている。


ー これから末永く良い関係が築けるように努力したい。




「え?ナニコレ?これって交際オッケーってこと?」


あの弁当は俺からの「好きだ」という告白に取られたってこと?

で、あの真面目な生徒会副会長が交際を受けた。


何であの高遠が俺に好意持っちゃってるんだ?!俺、男だぞ。同じ男相手に恋愛とかできねぇよ!

てか、あんな塩対応で恋人扱いなのか?何考えてるんだ、高遠!

八雲は心の中で絶叫した。




だが高遠は悪くない、彼は学友の告白に真摯に応えただけだ。

悪いのは、調子に乗って桜でんぶでハート型なんか描いた地雷弁当を作った自分自身。


訳がわからないまま、本日より高遠に『恋人認定』された八雲は苦悩したのだった。






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