第65話 ピクトリアン王国からの書類の説明

「そうねぇ。わたくしも聞きたいわ」

 エイヴリル様は私の手をそっと握ってくれる。

「それと、フレデリックはそんな怖い顔をしないのよ」

 にこやかにフレデリックを叱ってくれた。


「今回のクリストフ・ピクトリアンの件は、ソーマ・ピクトリアン国王の依頼でした。わたくしは国外で生まれたハーフとはいえピクトリアンの血を引いております。してはいけない事と、わかってはおりましたが、あちらの国王陛下に跪いて礼を尽くしてしまいました」

「それで、依頼達成の報酬なんだな、これは」

「そうだと思います」

 『ピクトリアン王国から嫁に出したことにする』ということしか、聞いてないけど……。


 フレデリックは、微妙な顔をしながら調査書類を見ていた。


 やっぱりまずかったかしら。

 あの時の私の立場は、アルンティル王国の外交官。

 それなのにあの時の私は、自分の立場をきれいに忘れ、ソーマ・ピクトリアン国王の命令を臣下として受けてしまった。

 その事に対する報酬。……やっぱり、まずいなんてものじゃない気がする。


「セシリア」

「はい」

「この調査書は、そなたがピクトリアン国王に依頼したものか? 俺も、オービニエの部分に関しては同じことを調べてくれと、そなたから頼まれて調査中なのだが」

 なんだか、フレデリックから怖い顔で見られている。

「とんでもないです。依頼なんて出来るはずがないですわ。相手はピクトリアンの国王陛下なのですよ」

 そんなの恐れ多すぎる。


「ふ~ん? それじゃ俺は何なのだろうな」

 確か俺も国王だったような気がするが……と、またブツブツ言い始めた。


 ブ~ッ、とエイヴリル様はふきだして笑ってしまっている。

「ごめんなさい。はしたないわ。わたくしったら」

 そう言いながらもまだ笑っていた。

 ひとしきり笑った後、エイヴリル様は席を立った。

 

「そろそろお暇しますわ。セシリア様、わたくし、また遊びに来てもよろしいかしら?」

「もちろんですわ。今度はきちんとおもてなしさせて頂きます」

 私がそう言うと、エイヴリル様はにっこり笑顔を返してくれた。

 そうしてこの部屋へ来た時の様に侍女をともなって優雅に退出していった。

 さりげなく人払いまで、してくれている。

 本当に、どうやったらあんな風に流れるような所作が身に付くのだろう。


「素敵ですねぇ。エイヴリル様」

 私は感嘆のため息を吐きながら独り言のように言ってしまった。

「影響を受けるのは、所作だけにしてくれよ」

 フレデリックは、少しうんざりするように言っていた。


「それで?」

「考える事は同じだったという事でしょう?」

 フレデリックの問いかけに私は簡単に答える。だって、そうとしか言いようがない。

 これを機に、一気に不安材料を片付けろと言っているのだと思う。

「わたくしが仮にソーマ・ピクトリアン国王にお願いしたとしても、こんな短期間に詳しい書類が出来上がって来るはずもございません。それに、最後の書類はわたくしたちの制度改革の為に調べて下さったのだと思いますわ」


「そなた、まさか言ったのか?」

「そんなはず、ございませんでしょう? 心を探られた時に、一緒に見られてしまったのだと思いますわ」

 私は、ジト目でフレデリックを見てしまった。だって、それを容認したのは貴方でしょう? って……。

「それは……そうだな」

 咳ばらいをしながら言っているけど。

「それでは、こちらは有難く活用させてもらおう。そして、こちらの証書は反対派の貴族たちを抑えるのに使えるな」

 反対派……エイヴリル様も言っていたわね。

「まさか、あいつらもピクトリアン王国を敵に回してまで、どうこうしようとは言ってこないだろうからな」

 フレデリックは、そう言って書類を封筒にしまっていた。

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