第60話 死にかけたセシリアとフレデリック

 長い間夢を見ていたような気がする。

 目が覚めた時、一瞬わたしはどこにいるのか分からなかった。

 ベッドの上なのは分かるけど、身体が重くて動けない。


 私が起きたのに気付いたのか、侍女が声を掛けてきた。

「セシリア様。ようやくお目覚めになられたのですね。よろしゅうございました。こちらの薬湯をお飲みくださいませ」

 上半身を少し起こされ、苦い薬湯を飲まされる。

 まだ口に力が入らず、結構な量こぼしてしまった。

 掛布から寝間着から汚してしまったので、数人がかりで新しいものと交換してくれている。


 その中に、他の侍女たちに指示を出しながら作業をしているマリアが見えた。

 マリアがいるという事は、ここはフレデリックのお部屋なのね。


「もう三日もお目覚めにならなかったのですよ。本当にようございました」

 三日……。三日も眠ってたんだ。

 まだ体が辛くて、寝ているしかないけど。

「もうすぐフレデリック様もおいでになると思いますよ」

 マリアがそう言ったはしから、廊下がバタバタと騒がしくなる。

 バタンと扉が開く。何だか、西の建物でも同じことがあったような。


 ベッドに寝たまま扉の方を見たら、フレデリックの慌てたような情けない顔が見えた。

 大股でベッドの傍にやって来ると、私を乱暴に抱きよせる。体が痛い。

「セシリア! 死んでしまうかと思った」

「フレデリック様。セシリア様は、まだ目覚めたばかりで……」

 マリアの制止も聞かず、フレデリックは私をギュッと抱きしめて離さないでいた。

 私は重い腕を何とか持ち上げ、フレデリックの背中にまわした。

 腕が痺れていて、感覚がまだつかめないわ。


「わたくしは……大丈夫です」

 私はやっとそれだけ言った。口もまだまともに動かない。

 だけど、大丈夫なはずだ。純血種のクリストフと違って私には半分普通の人間の血が入っている。その分は、毒の効果が半減されているはずだから。

「大丈夫なはずないだろう。あれは、ピクトリアンの人間を殺してしまう程の猛毒。なんでそんな毒をセシリアが持っていたんだ」

 なんで、フレデリックが知っているのだろう。解毒の薬湯だって……なんで?


 あれはソーマ・ピクトリアンが、他の人間には気付かれないような細工をして私に持たせたもの。あちらでの会談で、意識が途切れる前に耳元で言われた言葉。


『クリストフの居場所はこの世のどこにもない。せめて、ピクトリアンの血を引くそなたの手で……』


 それが事実上、ソーマ・ピクトリアン国王が私の後ろ盾になってくれる条件だった。

 もしかしたら、心を探った時に私の願望に気付いたのかもしれない。私が欲しくてたまらない純粋な永遠の愛を貰ったリオンヌのことを羨ましと思っていた事に……。


「戻った時の記憶がないので……」

 私はウソを言った。いえ、記憶が無いのは本当のことなのだけど、毒の事は持たされたのを覚えている。

「何にしろ、解毒の薬を持っていて良かった」

 フレデリックは動揺しているのか、それ以上突っ込んでこなかった。


「ずっと、フレデリック様が薬湯を飲ませて下さっていたのですよ」

「まぁ、それは……ご迷惑を……」

 …………って、どうやって?

「迷惑など……」

 さらにギュッと抱きしめられた。そろそろ、苦しいけど。

 微かに震えながら抱きしめてくれるフレデリックの様子を知っても、やっぱり私はリオンヌが羨ましいと思う。だって、フレデリックは私の為に立場を捨てたりは、しないだろうから。

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