お姫様の恋 ~アルンティル王国の王妃になった姫君の物語~

松本 せりか

第1話 幼い姫の淡い初恋

「だからそくしつなんかもつおとこのひとはきらいなの」

 幼かった私は、自分が言っていることの意味も知らず、まるで絵本から出てきた王子様のような青年に言っていた。

「じゃぁ、姫だけしかお嫁さんにしないよ」

 その青年は優しくそう言って、私を抱き上げてくれた。

 

 夢かうつつかもわからない出来事、そんな思い出を大切な宝物のように、幼い姫君はそっと胸の中にしまっていた。





 なんだか廊下が騒がしい。

 バタバタと走ってくる音がする。

 せっかく侍女のコリンが入れてくれた紅茶を楽しみながら読書をしていたのに、台無しだわ。


 バタン。


 激しい音を立てて、私の部屋の扉が開く。

 そばに控えていたコリンが少し顔をしかめた。

「なんです。騒々しい、セシリア姫のお部屋なのですよ。エイダ」

 廊下を思いっきり走って来て乱暴に扉を開けたエイダに向かってコリンはたしなめた。

 いや、普通に不敬だわ。どこの世界に、自国の王女の部屋をこんなに乱暴に開ける侍女がいるのよ。……まぁ、ここにいるのだけれどね。


「た……大変です。セシリア姫に縁談が」

「私に? お姉さまじゃなくて?」

 私は驚いて、頓狂とんきょうな声を出してしまった。

「いいえ。ハッキリとセシリア姫だと聞いてまいりました。陛下からセシリア姫を呼んでくるようにと」




 我が国、グルダナ王国は小国で、和平を結んだ国に姫を他国へ嫁がせ、独立を保っている国だ。

 大国でなくとも多くの国にとって、取るに足りない国グルダナの姫たちは、側室ならまだいい方で、人質扱いされることも多い。

 小国に生まれた王女の運命は、あまり幸せなものとは言えなかった。


 私こと、セシリア・ピクトリアン・グルダナは父王の8番目の子どもで、1番上のお兄様と同じ王妃から生まれた。

 後の6人のお姉様たちとは、それぞれ母親が違う。

 それでも、姉たちとは仲が良かったので、姉が嫁ぐことが決まるたびにその行く末を思って涙を流したものだった。


 残っているのは、御年16歳になる姉と13歳になる私だけだった。

 だから次の縁談は当然。姉に来るものだと思っていたのだけど……。


 呆然としている私を、コリンとエイダが召し替えさせてくれる。

 こんな小国とはいえ、父王に会うにしても衣装のお召し替えが必要となってしまう。

 王族、貴族のしきたりは本当に面倒くさい。


 召し替えが済み、私は深呼吸をして父王が待つというサンルームへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る