第2話

 つかれきった。


 身体がつかれたわけではない。こころが。しんどい。名前も記憶もないまま、ただ働き、ただ眠るだけの人生。


 これの、どこが。


 人間なのだろう。


 目の前の家。


 眠るために、入った。


 家族三人。父親と、母親と。あとは、年齢の分からないのがひとり。おそらく、二人の子供らしい。


 子供。右目がない。左手がない。足も、萎びていておそらく動かない。

 知能もないようで、さっきからしきりに右手を味噌汁に突っ込んで、かき混ぜている。


 父親と母親は、ほほえみながら。それを見ている。


「味噌汁かき混ぜるのが好きだねえ」


「お父さんの味噌汁もかき混ぜるかい?」


 父親が味噌汁を差し出す。子供は、それを見て。それもかき混ぜはじめる。見捨てられたほうの味噌汁は、母親が回収して飲みはじめた。


「おいしい?」


「おいしいわよ」


「よくできたね。愛してるぞ」


 子供。父親にもみくちゃにされて、嬉しそうに笑っている。


 母親の笑顔。父親の笑顔。子供の、笑顔。


 なぜだろう。愛してるという言葉が、心に、突き刺さった。


 ああいうふうに、なりたい。そう、思った。


 働けなくていい。右目も、左手も、足も。知能さえも、いらない。


 ただただ、愛されたい。この子供のように。


「愛されたい」


 言葉が、出てきた。はじめて、喋ったかもしれない。


 涙が、流れてきた。はじめての、なみだ。


「愛されたい」


 言葉にならない言葉は。誰にも聞こえず、消えた。




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