朝陽の前に連れ出して

春嵐

01

 夜の街。


 彼女と歩く、最後の夜。


「こうやって歩くのも、もう、最後だね?」


 彼女の笑顔。


 寂しそうな、切なそうな、雰囲気。


 街のネオン。いつも通り、やさしく揺れる。彼女の低いヒール。いつも通りの、歩く音。


 電話。


 親友から。


『おうおう。連絡がねえぞ。俺の結婚式には来るんじゃなかったのか?』


「行くよ。行く行く。お見合い写真しか見たことない相手と、どんなばかづらして結婚するのか見物だ」


『そう言うなよ。俺だって結婚はしぬほどしたくねえんだ。仕方ねえんだよ。支持固めと基盤強化さ』


 親友の、結婚と。


 好きな女性の、結婚。


 どちらに行くべきだろうか。


「まあ、わかったよ。明日な。また連絡する」


『どうした。おまえ。つらそうだぞ?』


「おまえもな」


 電話を切った。親友。なぜ声が不安そうだったのだろうか。自分の気持ちが、移ったのかもしれない。


「結婚?」


「ああ。親友がな。明日結婚するんだ」


「あら。わたしと同じ」


 自分の隣にいる、自分が好きな、女性も。明日、結婚する。自分の知らない、誰かと。


「どっちの結婚式に行こうかって話さ。親友か、あなたか」


「わたしのほうはいいよ。いても、たいして、おもしろいものじゃないから」


 彼女も。何か大きな枠組みのなかで、動いている。親友と同じ。結婚は、避けられないものだった。そしてそれを知っているから、彼女に告白することはなく、付き合うこともなかった。


 好きだったのに。


 一度も、ふれあうことのないまま。


 夜の街を、ただ、歩く。


 こうやってふたりで歩くのが、好きだった。夜の街が。ネオンが。ときどき走り去る車が。ふたりを包む。


「結婚相手について。訊いても、いいかな」


「うん」


 なるべく彼女を忘れようとして。


「いい人なの。顔は写真でしか見たことないけど。経歴も、問題なし」


「そっか。いい人なら」


 結婚の話題を、わざと出す。


「問題があるといえば、そうね。相手が女性ってことかしら」


「そっか」


「驚かないのね?」


「そういうものだろ。強制的に結婚させられるなんてさ」


「あのね」


 彼女。


 立ち止まる。


 つらそうな、表情。


「二年ぐらいで、離婚、するから。そういう取り決めなの。必要なのはお互いの支持基盤だけで。結婚は、そのための契約でしかないの。だから」


「だから?」


 にこっと笑って、彼女を見つめた。


 彼女の幸せのためには。


 自分は、いらない。


 それがいちばん、自分自身、分かっている。彼女は結婚して幸せな人生を送り、自分は街を出ていく。それだけのことだ。


「あなたは結婚を拒まず、受け入れた。それ以上でもそれ以下でもないよ。俺のことは、気にしなくていい」


 彼女。無言。


 彼女も分かっている。顔しか見たことがなくても。結婚相手は良い人間で。そのまま結婚して幸せな日々を送れる、ということを。


 打算や計算ではない。単純に、彼女の人生として。最善の選択をしているだけ。自分のことなど忘れて、女二人、幸せな人生を送ればいい。


 夜の街。


 ゆっくりと歩く。


 ふたり。


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