中国拳法が弱いなんて誰が言った?俺が本物の中国拳法を見せてあげますよ。異世界に渡った僕が剣も魔法もぶっ飛ばす。

荔枝

第1話 僕と馬老師

「時代に取り残された中国拳法など総合の前にはあまりにも無力…死ね!」

相手はそう言うと共に渾身の右フックを放ってきた。俺はベースの八極拳スタイルから詠春拳にスイッチ、大きく右手を左へ回しながら蛇のように相手の右フックを絡め取る!前に倒れそうな相手の足を払いテイクダウン。そのまま絡め取った右腕をパキッと折る。


「真の技術の前にはフィジカルなど無力。強くなって出直して来い。」

俺はそう言うと颯爽と去るのであった。





────────なんちゃって。空想だ。





僕は病院のベッドからゆっくりと身を起こす。


僕は、、、あまり言いたくなんだけど半身不随だ。小学生の頃通学中に車に轢かれ、下半身が全く動かなくなってしまった。両親は嘆き悲しみ、あらゆる治療法を探したけど良くなることは無かった。

あのまま死んで異世界にでも行けたらどんなに良かったかと思ったこともある。でも今の僕には趣味がある。そう、中国拳法だ。


大人になった僕を想像する。身体に痛みは無く、自由に動ける。

ただ戦うだけなんてつまらない。柔よく剛を制す、技術で圧倒する。口で言うのは簡単だけど実際には大きくて重い相手に殆どの技術は無意味になる。

世界一強い人類が居たとしても、3m超えのグリズリーには全く敵わない。それが現実。


でも動けない僕には時間がある。幸い事故の保証金や家族の保険でお金には余裕があるし、両親も僕がやりたいことは大体何でも応援してくれる。

上半身を何とか起こした僕はノートPCを立ち上げる。メールをチェックすると馬老師から1件届いていた。ちなみに中国拳法マニアである僕は中国の専門動画サイトであらゆる拳法動画をチェックし、翻訳サイトを駆使してコメントしまくっていたんだけどそれで何だか有名になってしまったみたいで、色々な人が連絡をくれたんだけど馬老師はその中で唯一の本物の拳法家だ。


メールには時候の挨拶と動画リンクが一つ。

いつもの動画サイトじゃなくて非公開サーバだって。わざわざ僕のIPだけ開けてくれたということで周りに見せられないやつみたい。老師は80歳くらいだと思うんだけどIT詳しいなおい・・。


ドキドキしながらリンクをクリックしてみた。

套路と呼ばれるいわゆる「型」だった。静と動、虚と実、それは、ただひたすらに美しく、中国拳法マニアと呼ばれる僕にもわからない動きがたくさんあった。

それは控えめに言って人間の動きを遥かに超越していた。


僕は自然に流れる涙をぬぐい、一生の宝物にしようとダウンロードさせてもらうことにした。


「謝謝」


その一言を返信し、PCを閉じた。

馬老師はそれから何度メールを送っても連絡が来ることは無くなった。




あれから数年の歳月が流れた。

僕は起きている時は空想の中で、寝ている間は夢の中で、24時間馬老師の動きを練習した。そして空想の中で馬老師を倒せるようになった頃、僕は16歳になっていた。



昼に両親が誕生日を祝いに来てくれた。ガリガリに痩せて目だけが大きく輝く僕に、両親は泣きながら笑ってくれた。



────────大丈夫。僕はもう誰よりも強いんだ。夢の中ならね。



でも実際は動けないことで他の病気になっていたみたいなんだ。その夜、夢の中で馬老師と戦い、100回目の勝利を収めた僕は、静かに笑いながら死んだ。

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