第12話 アウトドアな彼女と夏の記憶

「─コイツって、ここで生まれた動物ってことだよね?」

今その一瞬だけ、セミの声も消え失せ…風に吹かれた木々の葉のぶつかり合う音だけが煩く響いた─



アキヨシはリュックに回収したマイクやワイヤーやペンチなど、細々とした道具類をまとめていった。

「皆さん、お手伝いありがとうございました。折角ですし、休憩を兼ねて、この辺りで少し自然を満喫してから、戻りませんか?」

私達は、近くの木陰の下の比較的平らになっている場所にレジャーシートを敷いた。


アキヨシはミネラルウォーターの入ったペットボトルに緑色の粉をサラサラと入れ、振り混ぜる。それを私に渡した。

「それって、いつもお昼休み飲んでるお茶じゃん。」

「アキヨシ特製。」

「僕がフリーズドライしたミドリムシだよ。自室のラボで培養してるやつだけど、君たちも飲んでみるかい?まあ、お腹の具合の保証は出来ないかもしれないどねー。」

「げ、そんなもの勧めるなよな!」

「小池さんがいつも飲んでるやつなら…」

「私、飲んでみたいです!!」

ははは、冗談だよ。とアキヨシは緑色の粉が入ったチャック付きの袋をリュックの中に閉まった。それを見て、林さんは残念そうにして、ミミズクくんはホッとした。ミトさんは、(何処から冗談かわかんねー。)っと目を細めた。


「小池さんって、いつも館長さんの仕事手伝ってるの?」

「うん、たまにね。夜、テントで寝たりもしたし…その時にね、見え無かったけど、フクロウの声聞いたことあるよ。ミミズクくん思い出す…。」

「小池さん…」と、ミミズクくんに両手を握られた。ミトさんが「いい雰囲気出してんじゃねーよ。」と体当たりで邪魔に入ると、また2人はバチバチし始めたのだった。

(うう、悔しい…長年の隠密活動が仇となって妖精さんに積極的に近付けない…これでは2人に遅れをとってしまう!!)

ストーキングが染み付いた林さんは、妖精さんとの直接的なコミュニケーションに慣れていないという弱点を持っていた。


「ねぇ、それはそーとさぁ…」とミトさんが話を切り出した。

「ここ小池の実家なんだったら、コイツって、ここで生まれた動物ってことだよね?」

いきなりの突っ込んだ発言に、その場の空気がピリついた。

(ネコの奴って本当に愚直にものを言うんだから!だけど、館長はどう答えるのかしら…)

(知りたいけど…俺は別に期待してる動物じゃなくたって…)

(私が人間になった場所…)

と、全員の視線がアキヨシへと行く。


ふぅ、とアキヨシは息を吐きつつ答える。

「そうだね。僕がこの子を発見したから、保護者になってる訳だしね。いつもの様にフィールドワークでこの辺りに来た時に、こんな辺鄙な場所に1人居る女の子を見つけてね。何かの事件かと思ってビックリしたよ─。」


そして、アキヨシは目の前の窪地を見つめながら続けた。

「君たち…この辺りにはどれくらいの生き物が居ると思う─?」


雨季になると、こういった窪地には、水が貯まり池が出来る。その池の中に、足の膝まで浸かったまま全身ずぶ濡れになって佇んでいた裸の少女─。アキヨシは、脳裏に映った光景を思い出す。


「ここには、野鳥に猪や熊、蛙に蜥蜴に蛇やカブトムシ…とても沢山動物が居ます。だから博物館の特集のバリエーションも多く出来て面白いんだけどね…。」

「それは、途方も無い数ですね…」林さんは、悩ましげに言った。


「だけど、その中からあんたは何の動物か知ってる筈だ。擬人化の奴は速やかに検査と報告が求められるんだから!」

まあまあ。と、いった感じでなだめつつ、アキヨシはミトさんとミミズクくんに問いかける。

「君たちは、自分が人間になる前の動物だった時の記憶はあるかい?」

"ある"それが2人の答えだった。


「私は…ぼんやり…。」

「記憶があるのが、普通なのですか?」林さんは驚いていた。

「大抵はあるみたいだね…この子の記憶が無いのに、"貴方は元々この動物"だと言われたら…どうだい?」

「…本当かどうかも分かりませんし…悩みの種になるかもしれませんね…」

「結局はそういうことだよね。だから僕は意図して本人にも秘密にしてるってこと。」

「それに!…他人の秘密を知る為には、自分の秘密まで暴露しなゃいけなくなるかもよ?」と、アキヨシの目線の先に居たミトさんは、息を飲んだ。

(コイツ、私が自分自身の秘密があるせいで、中々他人に踏み込めないこと分かってやがるのか!?やっぱり、コイツ侮れ無い…)


そしてアキヨシは神妙な顔で続ける。「個人情報だからね、僕の口からは言えないんだけど。…そうだなぁ、自力でこの子の秘密に近付く方法もあるよ…」皆、固唾を飲んだ。


「……またこの子の生まれたこの場所に、僕の仕事を手伝いにおいでよ。今日は凄く助かったからさ!」アキヨシは、満足げに言った。


「何だよー、それ。また仕事手伝って欲しいってだけじゃんかー。」

「今年の大学受験で忙しくさえなければ…俺だって通うのに!」

えっ!?と、私と林さんはミミズクくんを見る。

「あー、やっぱりこの2人気づいてなかったかー。」とミトさん。

「もしかして…一つ先輩だったのですか!?今からでも、敬語にしましょうか?」

「ミミズク…先輩くん?」

「俺…そんなに先輩感ないかなー。」とミミズクくんが遠い目をした。


そんな穏やかな雰囲気が漂ったところでアキヨシは、そろそろ館内に戻りましょう。と、切り出した─。

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