第10話 深淵を覗くもの
「いやあ、良いな良いな。"青春"って感じでさ。」
「36歳独身には堪える?」
「眩しくて堪えるねえー。この歳で高校生の娘のシングルファザーとなると更に婚期が遠のいちゃうねえ。」
「それ、いつも言ってる。」
「しかし、初めての友だちとの寄り道じゃないか?楽しかったかい?」
私は学校から寄り道をした後、迎えに来ていたアキヨシの運転で帰宅している。
「最近誰かと居ることが多い。不思議な気分…。」
「何かあの眼鏡の子に、君の事についてちゃんとしてください。って渡されたんだけど…それなんだい?」
「多分、上の下着?」
私は紙袋から中身を取り出した。中に一緒にメモが入っていた。(制服の下に着て下さい。頭から被るだけです。林)
中には、細かいドット模様のカップ付きキャミソールというものが二枚入っていた。
「ああ、成る程ね。ごめんね。僕はそういうの全然気がつかなかったよ。」
「アキヨシはいつもヨレヨレのTシャツ一枚だもんね。」
「林さん、いつも気が利いてて優しい。これなら頭から被るだけで簡単。それにこの模様、好き。」
「………。その林さんって子は、君を何処まで知っているんだろうね…。」
「…?」
「君はまだ幻体が不安定だから、体型の変動が激しいだろ?その下着は、あまり体を固定するものではなさそうだし、君の好きな柄というのも…仲良くなって間もない割には、的確な物を選んでいる様に思うが─。」
アイツの養父のアキヨシという男が、実家に来るように誘ってきた。
あの男はアイツが何の擬人化なのか知っている筈だ。そして、アイツ自身にも周りの人間にもそれを秘密にしている。なのに何故だ─
今私は定期検診を受けている。動物だった時からの専属の獣医師が往診に来ている。
「人間的な箇所が多くなりましたから、そろそろ人専門の医師にも診て貰っても良いかもしれません。その際は紹介状をお書きします─」
「ミートちゃん!お疲れ様!」
コイツは私の養母のサツキだ。私が動物だったとき世話をしてくれてた奴。
「私の名前、ミトにしたんだろ?早く慣れろよ。」
「良いじゃない!ずっと私はミートちゃんって呼んでたのよ?」
と、世話をしていた癖なのか、私の背中をワシャワシャと撫でる。だけど、悪い気はしない。
「ミートちゃんと話せる様になって、私嬉しい。だけど、お世話しなくてよくなって、昔が懐かしく思うな…。」
そう言いながら、結んである私の髪をほどいていく。
「サツキは、朝早く起きるのに、この髪型するの大変だよね…」
「ミートちゃんの為だもの!それに、このおだんご猫耳みたいで可愛いでしょ?」
「可愛いかは、知らないけど…助かってる。語尾に"にゃ"ってつければいいっていうアドバイスも…」
「効果あって良かった!…人は意外と単純なのよ─」
「……ねぇ、そろそろさ。もっと深く付き合いたい奴が出来てさ…。その奴の家に呼ばれたんだけど行っても良い?自然体験みたいな事するんだって。」
「そうなの!?私、嬉しいー!少し前まで、縄張りだの、取り巻きだの、うぜー。だの言ってたじゃない!」
「それは、今でもあるけど…。だけど、何かそいつといるときだけは、不思議と自分が特別だと思わない気がする…。」
「そっか…。ミートちゃん、対等に付き合える子が見つかったのね。」
「まだ分かんないけどね!」と、そっぽを向く。
「いーよ!行っておいでよ。それに人間の高校生時代は短くて貴重なんだから!楽しんでおいで!」
サツキの方が楽しそうで、楽観的で…何だか私の不安は少し紛れた。
助手席から見る景色が変化してゆく。さっき居た所に比べると大分自然が多くなってきた。
ふと、林さんから借りて着ていた体操着のポケットに何か入っていると気づき取り出した。
「これ…林さんが前にくれたミドリムシ型のキーホルダー─」
その時、アキヨシが急ブレーキをかけた。その勢いでキーホルダーに付いていた紐を引っ張ってしまうと、ピリリリリというアラーム音が鳴り響いた。
「びっくりした、猪が飛び出してきた!」
「…アキヨシ、大丈夫?」
「ああ、ごめんよ。ところで、そのけたたましい音はなんだい!?」
「これ引っ張ったら鳴った。林さんが一年前くれたのと一緒のやつ…」と、通学用カバンに取り付けているものを見せる。
「それ防犯ブザーだったの?」
そして、暫くすると音が鳴り終わった。
「……林さんって子は、少々厄介かもしれないな。」
「林さんも…ミトさんも、私が何の擬人化なのか気になってる。」
「成る程ね…」
「アキヨシが皆をフィールドワークに誘ったのは意外だった。他の人に私のこと知られたくないと思ってた…。」
「元が何だったかとは教える気はないさ。君自信にもね。」
「…………それは、どうして?」
「前にも言った通り、君は擬人化した動物の中でも珍しい生き物なんだ。君の特性はとても珍しくてね、もう少し人間化してくれたら安心なんだけど…」
「まあ単純にね、君の初めての友だちなのだから、私もお義父さんらしくしないとって思ったのもあるのさ!」
そして何故か私は、腹部に鈍痛の様な違和感を感じたのだった─
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