誰が為の舞台

藤咲 沙久

act.1 プロローグとして読むラストシーン


舞台『ため』 台本



2幕 6場

花に囲まれた池のほとり



かつての恋人が死を選ぶきっかけとなったウィリアムを、本心ではずっと憎んでいたとヘレナは告げる。好意を寄せてくるウィリアムへの復讐が目的だったと明かし、懐からナイフを取り出した。



ナイフをウィリアムに向けるヘレナ。


ヘレナ  「来ないで!」


ウィリアム「ヘレナ、君は……僕を殺すというのか」


ヘレナ  「いいえ、このナイフはあなたを

      殺すためのものではないわ。

      あなたに、私と同じ苦しみを……

      愛する人を奪われる苦しみを

      与えるために在るの」


刃先をウィリアムから自分へと向け直すヘレナ。

絶望に暮れていたウィリアムは、一瞬意味がわからない。


ウィリアム「何を言っているんだヘレナ、

      君の復讐は叶った!

      友人を追い詰めたとがを背負い、

      君からの愛を失い、

      僕にこれ以上の絶望などない!」


ヘレナ  「ウィリアム。私は彼を愛していた。

      愛していたのよ……。

      そんな彼を奪われた私と同じように、

      私はあなたから、愛する私を奪って

      みせるの」


ヘレナ、ナイフを大きく掲げる。


ウィリアム「ヘレナ!!」


ヘレナ、ナイフを自身へと突き立てる。



《SE》ガラスの割れる音

スポットライト:ヘレナ



崩れ落ちるヘレナのもとへ駆け寄るウィリアム。



ウィリアム「ああ、ヘレナ! ヘレナ!

      僕を許さなくていい、愛さなくていい、

      だからどうか!」


ヘレナ  「(息も絶え絶えに)あなたは生きて、

      ウィリアム……それが復讐なの……。

      私は彼を愛していた……あなたに、

      復讐を……それだけのために……

      生きて、いたのに……」


ヘレナ、唇から血を一筋流す。

右手でウィリアムの頬に触れる。

その行為が憎しみからなのか、慈しみからなのか、ウィリアムにはわからない。

自分の手を重ねるウィリアム。



ヘレナ  「愛しい人と生きられないのは……

      これで、二度目ね……」



ヘレナ、事切れる。

ウィリアムはヘレナを強く抱き締めると、花の上に横たえてやる。彼女に向けて祈り、立ち上がる。



ウィリアム「この生涯、すべては誰かの為にあれと

      志していた。だがそれは正しかった

      のだろうか?

      友の為にと為したことは、

      友を追い詰めた。

      恋人の為にと為したことは、

      恋人を苦しめた。

      本当の意味で相手を思いやるとは、

      誰かの為になることとは、

      いったい何だったのか。

      僕にはわからない。

      ただ、ひとつだけ知った。

      誰かの為にあれと願った僕の生き方は、

      僕が満足する為でしか、なかったのだ。

      その擬態こそが僕の罪だ」




ウィリアム「友と恋人のもとへ逝こう。

      これは誰の為でもない。

      こうしないと、僕はもう……

      どう生きていいのか、わからない」


       

暗転


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