懲りない人間達の争乱
子供な学者さんが言ってた『北の方の大国』というのは、かなり恐れられてるっていうのが子供な学者さんの話し方で分かった。魔法はもちろん使えないみたいだけど、戦争はかなり強いらしい。私が今いるこの国もいくつもの小さな国がまとまった大きな国だけど、その国と戦ったら勝てないだろうって言われてたらしかった。だから攻撃のための魔法が欲しかったみたい。
でも、なんだかんだでしばらくバランスを保ってたのが、私がここに居ることが向こうにバレて、それで攻め込んできそうな雰囲気になってるってことだった。
人間って本当に何考えてるんだろう。その北の方の大国から自分の国を守ろうとして私を探し出したことが、逆に攻め込ませるきっかけになるんだってどうして分からないんだろう。私には分からない。だから私のことなんて放っておいてくれたらよかったのに。
だけどそういうこととは関係なく、子供な学者さんは、私を外の様子が分かる部屋に移してくれた。
目の細かい柵を窓に付けて外からは見えにくいようにしてあるみたいだけど、私の方からは割と見える。そうやってぼうっと外を眺めてたら私は、何となく気が付いたことがあった。毎日、同じ時間に同じ人が、お城の庭園からこっちを見てた。間違いない。もう何十回ってそうだったから。
若い男の人だった。たぶんお城を守る兵士の人だと思う。兵士の人が同じところにいるのは普通だと思うけど、その人はいつも私のいる窓を見てた。その目に何となく見おぼえがある気がしたけど、思い出せなかった。
そんなある日、私の部屋に女の人がやってきた。この部屋を掃除するメイドさんが田舎に帰ることになって、代わりに来た新しいメイドさんってことだった。
「初めまして。ププリヌセアさん。リリーエと申します」
女の人はそう言って頭を下げた。その女の人を見た時にも、私、あれ?って思った。どっかで見た気がした。なのにやっぱり思い出せない。覚える気もないから当たり前かもしれないけどさ。
それにその女の人も、それ以上私に話しかけたりしなくて、ただ毎日、部屋を掃除しては帰っていくだけだった。私はこうして毎日を過ごしてただけだった。
なのに、それは突然だった。
いつもみたいに窓から外をぼんやり眺めてたら、街の方から煙が上がり始めた。しかもいくつもだった。さすがに私も、これはただの火事じゃないって思った。そしたらお城の中も騒がしくなった。兵士の人が何人もあっちに行ったりこっちに行ったりして慌ててる感じだった。
その時、ドアが開いて子供な学者さんが怖い顔をして飛び込んできた。
「来たわ! ついに攻めてきた!」
そう言われた時、すぐにはピンとこなかったけど、少しして、ああ、北の方の大国が攻めてきたんだなって気が付いた。
「ププリーヌ、こっちよ!」
子供な学者さんにマントを頭からかぶせられて手を引かれて部屋を出たら、今度はいつものメイドさんが私を呼んでた。
「リリーエ、アーストンは!?」
メイドさんのところに行って子供な学者さんがメイドさんにそう聞くと、
「大丈夫、準備はばっちりよ!」
ってメイドさんも答えた。そして私の手を掴んで、キッとした感じで目を見て言ってきた。
「ププリーヌ、お願い。これからは私の言うことを聞いて。今から走るけど、あなたがそういう急いだりするの好きじゃないのは分かってるけど、とにかく今からは走って。私、あなたを助けたいの」
助ける…? 私を…? 私は別にもうどこに行ったってどうなったって構わない。どうせすることも無いし、したいことも無い。北の方の大国が私を欲しいって言うんだったら差し出してもらってもいい。私にとってはどこでも同じだもの。
そう思ってた。思ってたのに、メイドさんに引っ張られて走り出したら、私も何故か同じように走ってた。兵士の人とかメイドの人とかが慌てたみたいに走り回ってる庭を駆け抜けて、城壁に作られた見張りの塔の下に来た。そこの扉を開けて中に入ると、そこには兵士の人が待ってた。
「よし、こっちの用意はできてる。すぐに出発するぞ!」
そう言った兵士の人は、最近ずっと私のいる窓を見てた人だった。この人も、どっかで見た気がした。やっぱり思い出せないけど。
「早く乗って、ここに隠れて!」
ってメイドさんに言われて乗せられたのは、また馬車だった。しかも荷台の箱の中に入るように言われて、私はその通りにした。
「狭いけどごめんね、しばらく我慢して」
子供な学者さんがそう言いながらふたを閉めた。まあ私は平気だけど、確かに狭かった。膝を抱えて頭も膝に付けないと蓋が締まらなかった。
蓋が締まると、その上にまた箱が置かれるみたいな気配がした。かなり重そうな箱だって感じた。そして馬車が動き出した。すごくスピードを出してるわけじゃないけど、それでもけっこう急いでる感じだと思った。
途中で止まると、
「どこへ行く!」
って声がした。そしたら子供な学者さんの声で、
「私だ、ナハーマフト=モールネマシュマウトだ。陛下の御命令で、重要な資料を運び出している。敵の手に渡るとこの国の存亡に係わるほどのものだ!」
と言いながら、私が入ってる箱の上に乗った箱の蓋を開ける気配がした。すると、
「失礼しました! 敵は南東から侵入してきています。今なら西の門から安全に出られます!」
って言われて、子供な学者さんが「ありがとう! 武運を祈る!」と答えながら馬車は動き出した。
街の中を走ってる感じがしたけど、そこもなんだかすごく騒がしかった。当然か。戦が始まったんだもんね。私には関係ないけど。
しばらく経ったら、馬車は石畳だったところから土の上を走ってる感じになってた。騒ぎも聞こえないし、街を出たんだって思った。それでも馬車は走り続けて、すごく静かな感じのところに来た気がした。山の中かもしれない。すると馬車は走るのを止めて、荷物が下ろされる気配がした。
「大丈夫? ププリーヌ」
私が入ってた箱の蓋が開けられて、子供な学者さんが聞いてきた。その後ろに、兵士の人とメイドの女の人が立って私を見てた。
「改めて久しぶり、ププリーヌ。13年ぶりくらいかな?」
メイドの女の人がそう言った。やっぱり前に会ったことがあるのかな? それでも私にはピンとこなかった。すると兵士の人が焦れたみたいに声を上げた。
「そんな回りくどい言い方でこいつに分かるかよ。俺だよ、海賊見習いのアーストンだよ!」
海賊見習い…? そう言われてようやく思い出した。そうだ、この兵士の人の目、海賊見習いの男の子の目だ。ということは…?
「私よ。レリエラ=モクレニアスよ。貴族の娘だけどメイドやってた」
やっぱり、あの泣き虫メイドの女の子。名前は忘れてたから言われても分からないけど、目は覚えてる。そうか。二人ともやっぱりもう大人になったんだ。私はそんなことを考えてたのだった。
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