ラブレター

 私がここに来てから何日経ったのかな。あれ? 何年だっけ? まあいいや。私には関係ない…

 あれから私はずっと、あっちこっち体をいじられたり、本を読まされたり、呪符の添削させられたりっていうのを続けてた。どうやらこの人たちは、すっかり廃れてしまった魔法を何とか復活させようとしてるみたいだった。それも、攻撃系の魔法を主に。

 そうか。昔もそうだったけど、今も人間は争いのために魔法を使いたがるんだな。そう思ったらなんかどうでもよくなっちゃって、私は考えるのをやめた。

 人間が何を望んでたって私には関係ない。争って争って滅びるんならいっそそうしてくれた方がいい。そうしたらきっと静かになる。私もまた、土を被ってそこに草が生えて、何万年かかるか分からないけどきっといつかは朽ちてしまえる。それが私の望みだった。

 ただ残念なことに、人間たちの狙いはなかなか進まない感じだった。でも当然だよね。いくら呪文とか正しく書いたってそこに魔力を込められる人がいなくちゃただのお札だもん。魔力を磨く方法は、私も知らないし。

 だから学者の人たちは何とかその方法を見付けようとして次から次へと古い本を持ってきて私に読ませたりした、だけどそれらはほとんど昔に起こったことを記しただけのただの記録で、魔法について詳しく書かれたものは無かった。たまに魔法のことを書かれたものがあっても、失せ物探しとか占いとか、惚れ薬の作り方とかばっかりで、この人たちが捜してそうな内容のものは無かった。

 私は思った。もしかしたら昔の人も、危ない魔法のことはなるべく外に出さないようにしてたんじゃないかなって。それで危ない魔法のことを記録した本とかは残さなかったんじゃないかって。書いてたとしても、そんな簡単には見付からないようになってるのかもって。

 だよね。そういうのが戦ってる相手に使われたりしたら大変だもんね。そういう風に、危ないからなるべく秘密にしようとしてるうちにだんだんと廃れていっちゃったんじゃないかな。本当はその方が良かったんじゃないかな。危ない使い方されるくらいなら、無くなっちゃって良かったんじゃないかな。

 私はそう思うんだけど、この人たちはそうじゃないみたいだね。

 ただ、たくさん本を読んでるうちに、私には分かってきたことがあった。それは、私の名前のこと。ううん。違う。本当はそれ、名前じゃなかった。それは、ある王女様がある王子様に宛てて書いたラブレターだったんだ。


 ププリヌセア=メヒーネスト=アレコヌイスト=ホディ=アシャレナーハム=レホ=クーデルウス=メシュナアハ=トヒナ=ウル=レショネーソン。


『愛するあなたへ。このふみがあなたのもとに届くころには、私はもうこの世にいないでしょう。だけど私の想いは永遠となり、いつかあなたのお傍へまいります』


 それが分かって、私は思い出してしまった。私が何故作られたのか。この王女様のラブレターを届けるために、ううん、私自身がラブレターだったんだ。王女様の気持ちを届けるために王子様のところへ赴くのが、私の役目だったんだ。

 でも、それ以上のことは思い出せなかった。ラブレターを書いた王女様の顔も、それを届ける筈だった王子様の顔も、全然思い出せない。私が王子様のところに行けたのか、王女様の想いを届けられたのか、それも分からなかった。

 だけど、私がただの人形の形をしたラブレターだってことが分かって困ったのは、学者さんたちだった。私が、強い魔法を込められた戦いのための魔法人形じゃなかったことが分かって、戦いのために役に立ちそうな強い魔法を知らないってことが分かってしまって、なのに魔法を蘇らせる手掛かりは私しかないってことで、とにかくあらゆるところから昔の本とかを集めてきて私に読ませようとしたのだった。どこかに魔法のことが書かれてないかってことで。


 そんなある日、私のところに一人の若い学者さんが来た。ううん、若いどころか子供だよね。なのに、どこかで見たことある気がした。でもどこだったかは思い出せなかった。

「あなたがププリヌセアね? 初めまして。私はナハーマフト=モールネマシュマウト。歳は12歳よ」

 え…? 女の子…? すごく髪が短くて精悍な感じしたから男の子だと思ってたのに、声を聞いたら完全に女の子の声だった。

 初めましてっていうことはやっぱり初めてだったんだ。どこかで見たような気がしたのは気のせいってことかな。でもその子は言った。

「お父さんが言ってた通りだね。とても綺麗。でもすごく冷淡」

 お父さん…? お父さんって誰…? 

 私がそう思ってたらその学者さんが言った。

「お父さんとお母さんが出会う前だったから、もう14年くらい前になるのかな。あなた、お父さんが働いていた書庫にいたことがあるでしょう?」

 書庫…?

 そう言われた時、私の頭に蘇ってきたものがあった。ヒゲだらけのライオンみたいな顔をした王様の所にいた時、書庫の奥に私は置かれてた。そこに一緒にいた本ばっかり読んでた男の人。そうだ、この学者さん、あの男の人に似てる。

 だけど、14年くらい前…? ということは私があの本の虫の人のところにいた時からもうそんなに経ってたんだ。これには私も驚いた。そうか、ここは外が見えないから余計に分かりにくいんだ。お年寄りの学者さんたちに最近見ない人が何人もいるなとは思ってたけど、そういうことだったんだ。人間って、ホントにすぐにいなくなっちゃうもんね。

 だとしたら、あの海賊見習いの男の子も、泣き虫メイドの女の子も、もうすっかり大人になってるんだろうな。そんなことを思った。そんなことを思った自分にまた驚いた。私、あの二人のことをまだこんなにちゃんと覚えてたんだ。


 その日から、子供な学者さんが私の担当になったみたいだった。

 私は毎日毎日本ばかり読まされて、いつの間にかそれまで読めなかった文字まで読めるようになってた。分かる本をとにかく読んでたら何となく読める文字が増えてきて、そうなってた。私が読んであげることで昔のいろんなことが分かってきてみたいで、そういう形では私は役に立ってたみたい。子供な学者さんも、あの本の虫の人と同じで昔のことを調べてるって話だった。魔法のことは今でも調べてるらしいけど、何となく諦めてる感じなのかな。だから子供な学者さんが私の担当になったみたい。

 私にとってはどうでもいいけど、同じことを毎日繰り返してるだけでいいっていうのはまだ助かってる。本を読むのも別に嫌いじゃない。こういうのがずっと続くのなら、それはそれでいいかなって思うようになってた。

 なのに子供な学者さんは言った。

「最近、北の方の大国が勢力拡大を狙ってるらしくて、いろいろときな臭くなってるんだよね」

 人間っていつまで経っても同じ事を繰り返すんだねって私はまた思ったのだった。

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