第20話〜瞳

森のど真ん中にいくつものクレーターで拓かれた土地。


その中心部には4つの人影があった。


フユゥ、オウル、オクタ、そして地面に転がるユウキである。


ちなみにチョコはオクタの糸で少し離れた位置に守られている。


「……脈拍、呼吸共に落ち着きました。外観の傷も致命傷はありません」


オクタはそう言いながら折れた手足を糸で固定していく。


その手付きは手馴れていて、腫れても無理に圧迫されないような配慮がなされている。


ユウキは土が抉れた野ざらしの地面に直接横になっているが、これはオウルとフユゥによってできたクレーターだけが原因ではない。


彼が限界を超えて暴れたことでこの周辺だけとくに酷く地面が荒れ果ててしまったのだ。


「はっはー、無事生き残ったねぇ。耐え切れずに死んじゃうかと思ってたけど」


「…………。」


「随分とこの子をかってるんだねぇ」


「…………。」


「ま、やっと見つけた待ち人の1人なんだから仕方がないか。それにしても思い切ったことをこのボクにお願いしたもんだねぇ。君がこれまで苦労して育て上げたその【瞳】を、片方とはいえこんな子供に移植させるなんて」


「…………。」


「おっと、珍しくだんまりだね。ま、ボクは面白ければなんだっていいんだけどさ」


「…………。」


オウルは屈み込み、自らの顔を覆う手とは別の手でユウキの顔を、両目を覆い隠す布を撫でた。


依然として隠された表情からは読み取れるものはない。


「オウル様、この様子では数日は目を覚まさないかと」


「…………。」


「はい、すでに連絡は届いているはずなので迎えは明後日には合流地点に到着します。意識のないこの子達を連れての移動なので、あまり時間に猶予はありません」


「…………。」


「はっはー。オクタちゃんは大変だねぇ」


「……元はと言えば、貴女が日時も場所も守らず訪れたのが原因でしょう。しかも問答無用に、事前準備も無しにオウル様の【瞳】をこの子に移植するなんて……」


フユゥはユウキに名乗った直後、止める間も無く彼の左目にその細くしなやかな指先を突き込み、眼球を抜き出したのだ。


そして絶叫するユウキを尻目に今度はオウルの眼球を抉り取って、それぞれの眼窩に交換してはめ込んだ。


一見すると荒々しいその行為もそれぞれの眼球を一切傷つけることなく行われた。


そしてはめ込まれた直後にはそれぞれの神経と眼球は完璧に繋げられ、一切の支障なく交換してみせたのだから確かに無駄はない。


数秒後に発狂したユウキが自らの体を壊す勢いで暴れ出したことと、安全のための措置を為されていなかったことで耐え切れずに死にかけたことを除けば問題は、ない。


「えー、いいじゃん。もともとそういう契約だったんだし。多少早かろうが問題ないってー」


「本来ならば三日後に!我々の拠点で!万全に対策を施してから!行う予定だったでしょう!一歩間違えればこの子はもとより、オウル様にも万が一があったかもしれないのですよ⁉︎」


ここまで激昂するオクタも珍しいが、ことを考えればさもありなん。


むしろフユゥに摑みかからないのが不思議なほどである。


もっともその場合、赤子の手をひねるどころか羽虫を払うかのように一蹴されるのはオクタであろうが。


「契約内容は【瞳】の移植なんだからいいじゃないかねぇ。仮にユウキ君が死んでもこっちに落ち度はないよ。ま、万が一なんてないだろうけど、オウル君が死にそうだったら助けてあげたから心配することないよ」


「そういう問題では……!」


「…………。」


「っ、で過ぎたことを申しました。お許し下さい」


オウルは自らの顔を覆っていた手でオクタを制した。


隠されたオウルの相貌が露わになる。


左目は佑樹から移植された黒に近い茶色の瞳。


そして右目はまるで中央だけぽっかりと存在しないような、まるで光を喰らっているかのような漆黒の瞳があった。


左の目元には流れた血涙の跡がある。


オウルは予備の目隠しを取り出し、再び視界を塞ぐ。


「さすがオウル君。完全に支配下に置いてるねぇ。それでも常に狂わんばかりの痛みがあるはずだけどねぇ」


「…………。」


「はっはー、そりゃ慣れるだろうけどねぇ。目隠しも本当なら必要なかったんじゃないかい?」


「…………。」


「どらいあい?はっはー、相変わらず君は面白いねぇ。……それじゃあそろそろボクはお暇しよう」


またね。


そう残して混沌は去って行った。

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