落ちこぼれ19な僕と義妹
red-panda
第1話 空虚なリビング
我が家のリビングは今、硬い沈黙に包まれている。沈黙と言っても私の母とそれと同年代くらいの男は楽しげに話している。だがそれは、街中のBGMのように右から左へと無意味な音として頭上を流れていく。厚い空気の壁隔て、僕と女の子との間に別の空間がある。
我が家のリビングの大きなテーブルを囲んで4人座っている。僕の隣に母が座り、母の向かいには男が座り、僕の向には女の子が座っている。その子は歳は16だ。義務教育を終え、自分の人生を一歩歩き出す年齢だ。しかし、たいていの人は、周りに流されるまま思考を狭めて高校へといくのだ。だが、女の子は独立した強い芯のようなものがある気がする。その大人びた雰囲気にはどこか退屈が紛れ込んでいた。黒く長いストレートヘアーが俯いていることによって顔を隠す。だが、不定期に少しだけ顔を上げる時に一瞬だけ顔が見える。整った左右対象の顔。もちろんノーメイクでだ。するするとしたきめ細かく白い肌はテーブルを挟んでみたとして繊細だとわかる。そして、最も特徴的なのは、目だ。少し垂れ目で幼く見えるはずなのだが、黒目は深淵の闇のようにずぶずぶと引き込んでいく力がある、精神的大人の目だ。そのねばっこく必要以上にしつこい黒目を見てしまうと容易には視線を外すことができない。女の子が僕の視線を感じて目玉をゆっくりと緩慢なスピードでこちらに向ける。数秒目線を交差させた後、すぐに俯いてしまった。たぶん気味が悪いとでも取られたのだろう。僕のファーストインプレッションはかなり悪くなってしまった。
「シズル君はどうかな」
男が急に話しかけてきた。僕よりも少し座高が高いせいで上から目線になる。だが、物が押しの柔らかそうな顔つきをしているので嫌な感じは全くない。女の子と同様に黒い髪の毛で前髪は目元にかかるかかからないかくらいの長さだ。目も同じ垂れ目。だが、黒目は少し輝いていて、生き生きとした光を想像させるものだ。
話を聞いていなかったことを察した母は僕に話しかけてきた。
「智弘さんとゆいちゃんもこの家に住もうかって話をしていたの。それでこの家はシズルちゃんも住んでいるからちゃんと許可を取らないとね」
僕は見知らぬ名前を聞いて少し戸惑ったが冷静に考えると簡単なことだ。智弘さんは、僕の右斜め向かいに座っている人のことを指していて、女の子はゆいちゃんは僕の向かいに座っている人のことを指している。
智弘さんとは何回か会ったことがあるが、2、3言喋っただけだ。そのときのことはほとんど思い出せなかった。ゆいちゃんとは初対面だ。頭を下げるだけの挨拶しかしていないのでどんな声なのかすらもわからない。わからないことだらけだが母が決めたことに文句を言うつもりもないしいざとなった時の逃げ場所を持っているので適当に許可をした。
「ありがとう」
男はしっかりと頭を下げ、僕につむじを見せた。このことは非常に好感を持てた。年功序列の制度に引っ張られる公務員のように年齢が高いから偉いと勘違いしているような人ではないようだ。その後、また母との話に戻って行った。
緩慢と続く時間の中で僕はこのなんとも言えない肺に粘りつくような息苦しさの気を紛らわせるために、リビングを見渡した。いつもより置いてあるものが少なく、がらんとした印象をうける。本棚には漫画やゲーム、ファッション雑誌の代わりに村上春樹や東野圭吾の小説がずらりと並んでいる。青い背表紙の新潮文庫や黄色の講談文庫が鍵盤のようにきっちりと整列している。ソニーの55型テレビ。テレビ台の上段にはレコーダー。下段には意味のない空間が開いている。いつもならプレイステーション4が置かれているのだが、今は違和感のある空白があるだけ。今までにないリビングの代わり用に落ち着かない。僕のものや母のものが極力削ぎ落とされ、お互いの物の交わりがなくなり、共用の物だけが残った場所になる。いらないものは捨てられ、行くあてのない過去の生活の名残がこの部屋にとどまる。そんな部屋を集中しながらもどこかぼーっと見ていた。
すると、急に肩を軽く叩かれた。僕の意識がリビングの風景から戻されると、僕以外の人はみんな立っていた。
どうやら、お客人はおかえりのようだ。すぐさま立ち上がり、玄関まで見送りに行った。家の前に止めてある車に二人は乗り込んだ。黒くて大きい左ハンドルのSUV、フォルクスワーゲンのエンジンが掛かる。2lのTDLエンジンが軽快に一定のリズムを刻みながら音を立てる。智弘さんが手を振ってきたので、僕と母は手を振り返す。対して、助手席に乗っているゆいちゃんは窓の淵に肘をついたままこちらを見ようともせずに、後頭部だけをむけている。後髪が流れる水のように綺麗に垂れ落ちている。僕は手を振りながらも、その後頭部しか見えていなかった。車は走り出し、シートの影によって後頭部は見えなくなった。
「どうだった?」
母は心配そうな顔を向けてくる。どうだったと聞かれても、何も話していないしどんな人かもいまいちわからない。そう、わからないのだ。だけど、なんとも言えない息苦しさ以外は不快になる要素はなかった。この息苦しさは、会うたびに減少していくものだと思ったので、特に気にしてはいない。大きな否定もなければ肯定もない。なので、僕の返事は決まっていた。
「別に・・・」
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