靴箱の手紙

月之影心

靴箱の手紙

「こっ、これは……。」


「もっ、もしや!?」


「恋文では?」


「武士かよ。」


 時は戦国……ではなく放課後。

 共働きの両親が安心して帰宅出来るように早急に自宅へ帰り、その自宅を警護する大切な任務を背負った、栄えある帰宅部代表の俺真田元治さなだげんじは、靴箱に入れたスニーカーの上に置かれた一通の可愛らしい封筒に、帰宅する時間を留め置かれた。


 因みに、俺はイケメンでも無ければ頭脳明晰というわけでもない、背が高いわけでも低いわけでもなく、大勢の中に居れば殆ど目立たない、どこにでも居るごく普通の高校生だ。

 恋文を送られる謂れは無いので悪戯の可能性もあるな。


「説明がクドいと読んでくれなくなるよ?」


 メタい発言をするのは大矢吉乃おおやよしの

 生まれた時から知っている俺の隣の家に住む幼馴染だ。

 子供の頃から知っているという幼馴染バイアスを除外しても、吉乃は相当可愛い。

 身長は160cm(本人談)、体重及びスリーサイズは知っているが軍機により非公開だ。

 ただ、かなりのナァイスバディだとだけ言っておこう。

 髪はサラサラ黒髪のショートボブ。

 パッチリとした目と長い睫毛、それ程高くは無いが真っ直ぐ通った鼻筋、薄くも無く厚くも無い唇に、ニコっとすると綺麗な歯並びが見える。

 俺の中では完璧なこの幼馴染、このポテンシャルでモテない筈が無い。

 中学生の頃から、先輩後輩同級生問わず何度も告白され、その全てを断っている事も知っている。


「だから説明が長いよ。」


「あぁごめん。つい語りたくなってしまって。」


「どこの軍か知らないけど極秘情報を漏らさない辺りはさすがだね。」


「そりゃあ俺だけが知り得る情報だかr「どこで知ったのよ?」


「………。」


「まぁいいわ。で、それは恋文かな?」


「薄いピンク色の封筒、封はハート型のシール……誰かの悪戯で無ければ恐らく。」


「悪戯を疑う辺りが何とも……。」


「やかましい。人は過去の失敗から学び、対処法を身に付ける。これが歴史を学ぶ真の理由だよ。」


「げんちゃん、歴史は強いもんね。」


 は余計だけど反論出来ないので素直に認める。

 吉乃に勝てる教科など歴史くらいなものだ。


 吉乃との他愛のない会話は置いておくとして、さてこの恋文らしき封筒はどうしたものか。

 吉乃が隣に居る状態で読むのは、これを書いてくれた誰かさんに悪いし、何より吉乃に気のある俺としてはこの場で読むなんて有り得ない。

 かと言って読まずにこのまま帰宅し、家で読んで「放課後体育館裏で待ってます」なんて書いてあっても返事(オコトワリ)が出来ずに放置となってしまい、その誰かさんに申し訳無い。

 今読むべきか、帰って読むべきか、実に悩ましいところである。


「私は気にせず読んだら?」


「だから人の心を読むんじゃない。と言うか吉乃は気にならないのか?」


「何が?」


「あ……いや、何でもない。」


「あぁ、いくら幼馴染宛に届いた手紙とは言え、さすがに覗き見なんかしないよ。」


 にこっと笑いながら吉乃は背を向ける。


 そうじゃない。

 俺に誰だか分からない奴から恋文が届いたんだぞ。

 何て言うか、モヤモヤするとか、腹が立つとか、それこそストレートに嫉妬するとか、そういう意味で気にならないのかって事なんだが、吉乃は俺の事を、幼い頃からずっと一緒に居て、兄弟や家族のようにしか思っていないのだろうか。

 それはそれでどうしたものか……と言う感じだが、取り敢えず今は吉乃が背中を向けている間にさっさと手紙の中身を確認しよう。

 ハート型のシールを剥がし、中から綺麗に折り畳まれた便箋を取り出して広げる。

 決して綺麗とは言えないが、読みやすく整った文字が並んでいる。


『真田元治様 一度お話したいと思い、突然で申し訳無いと思いつつお手紙を書かせて頂きました。今日の放課後、中庭でお待ちしています。 木下清香』


 名前は知っている。

 確か隣のクラスの子だ。

 だが何故?

 全く目立たないイケメンでも無い特徴という特徴を一切持たない俺と何を話したいと言うのか。


「随分遅くなっちゃったからすぐ行ってあげたら?」


「だから人の心を……って手紙を読むんじゃない。」


「手紙は読んでないわよ。げんちゃんの心が読めただけ。」


「なんでだ。」


「ほら、待たせちゃ悪いでしょ。」


 さすがにここまで吉乃が俺に興味を持っていないと凹む。

 確かに俺から吉乃に向けて好意を振り撒きまくっているわけではないので、俺の好意は気付いていないと考えるのが普通だとは思うが、それにしてもである。


「ブツブツ言ってないでさっさと行く。行って話を聞いてあげる。Understand ?」


「分かったよ。」


「あ、そうだ。今晩カレーでいい?」


「カレー『が』いい。」


「おっ!女心分かってるねぇ。」


「寧ろ『吉乃の作ったカレー』がいい。」


「まっかせなさぁい!」


 そう言うと、吉乃はこちらに振り向きもせずさっさと家の方に向かって走って行ってしまった。


 我が両親は最初に言ったように毎晩帰りが遅く、また吉乃の両親も帰りが遅くなる事があり、そういった時は吉乃がうちに来て晩御飯を作ってくれる。

 はっきり言って吉乃の料理は美味い。

 この料理を毎日食えるようになりたいものだ。


 さて、吉乃のカレーが冷めてもいけないので、さっさと木下さんとやらの話を切り上げて帰るとしよう。




「来てくれてありがとうございます。」


 中庭に着くと、木下清香は中庭の左右に並べられたベンチに腰掛けていた。

 俺を見付けた木下は俺の元に駆け寄り、先ほどの挨拶をしてきた。


「で、話がしたいって何の話がしたいのかな?」


 同級生なのに敬語というのも違和感大ありだが、今まで話はおろか挨拶すらした記憶が無いのだから初対面みたいなものなので気にしないでおこう。

 木下は手を胸の前で祈るように組んだり、髪の毛を弄ったり、落ち着かない。

 落ち着くまで木下という女子を観察してみよう。


 名前は手紙にあった通り木下清香きのしたきよか

 黒髪の綺麗なロングヘアーはそのまま腰の辺りまで伸びている。

 身長は吉乃より少し低いくらいだろうか。

 体型は細め。

 ちゃんと飯食え。

 目はぱっちりしているのだろうけど、今はキョロキョロオドオドしていて何とも形容し難い。

 鼻筋は通っていて吉乃といい勝負が出来るだろうから自信を持つといい。

 唇は少し厚めで、直前にリップを塗ったのか艶々としていて妙に色気がある。


「えぇ?く、唇…色っぽいですか?」


「だから何故俺の心を読む。」


「ご、ごめんなさい…何となくそう思われたような気がして…。」


「まぁいいや。で、話って?」


 木下はぐっと俺の方に歩み寄って口を開いた。


「あのっ!私っ真田君の事好きです!お付き合いして下さいっ!」


「ごめんなさい!」


「はやっ!」


「返事は早い方がいいだろ?」


「もっと考えて下さいよ!」


「だって俺は君の事全然知らないし、好きとか嫌いとか判断出来無いし、当然付き合うなんて流れにはならない。なので答えは『ごめんなさい』しか無いだろ?」


「今はそうですけどお付き合いしてお互いをじっくり知っていくのもありじゃないですか!」


「残念ながら俺はじっくり知った上でどうするかを判断したい性格なのでね。」


「じゃ、じゃあお付き合いして欲しいって言うのは、一旦言わなかった事にしてお友達からであればいいと?」


「言ったじゃん。」


「言ってない事にして下さい。」


「まぁ友達になるのは全く構わないけど、じっくり知った上で付き合う事になるかどうかについての可能性は限りなくゼロだぞ。」


「何故ですか?まさか私以外に好きな人がいるんですか?」


「いつの間にか俺が君を好きなことになってる。」


「ノッて下さいよ。」


「とにかく、友達になるのは構わないけど付き合うのは諦めてくれ。おっそろそろ帰らないと。それじゃ。」


 背後で木下が何か言っているが、聞こえない振りをして再び靴箱の並ぶ玄関まで行き、今度こそスニーカーに履き替えようと靴箱の蓋を開けた。


『恋文リターンズ』


 俺にモテ期が来たのか?

 いやいや、はっきり言って今日だけで2通とかおかしい。

 さっき木下に呼び出されて中庭に行って戻って来る間にまた入れられるとか、今度こそ悪戯の可能性が高い。


 何にしても内容を確認するべきなのだろうな。


『げんちゃんへ げんちゃんの家でカレー作って待ってます。 吉乃』


 何だこの中身ぺらっぺらの恋文、もといメモは。

 カレー作って家で待ってるって言ったの吉乃じゃないか。

 いや、吉乃の事だ。

 何か意味があるのかもしれない。

 とにかく早く帰って真意を確かめよう。




 帰宅するとキッチンから食欲をそそるカレーの匂いが漂う。

 キッチンに入ると、Tシャツとホットパンツに着替え、自前のエプロンをしている吉乃が手際よく料理の仕上げをしていた。

 可愛すぎるだろ。

 家に帰ったらこんな可愛い子が料理作って待っててくれるなんて、俺は前世でどんな徳を積んだのだろうか。


「げんちゃんおかえり。もう出来るからね。」


 吉乃が振り返って最高の笑顔を見せる。

 もう嫁にしたい。


「出来てるお皿運んでくれる?」


 言われた通り、完成した料理をお盆に載せ、キッチンテーブルの上に並べていく。

 吉乃はエプロンを外し、いつもの定位置に座った。


「じゃあ食べよっか。」


「その前に。」


「ん?」


 俺は靴箱に入れられていた吉乃からのメモをポケットから出して吉乃に見せた。


「これって何か意味あるの?」


 吉乃はいつもと少し違う笑顔を見せていた。


「先にご飯食べよ。ご飯食べたら言うから。」


 確かにカレーは熱い内に食べた方が美味い。

 俺は素直に「分かった」とだけ言って吉乃の作ってくれたカレーを味わった。




 十分吉乃のカレーを堪能し、食後のコーヒーを飲んでいた。

 食事が済んだらメモの意味を話してくれると吉乃は言っていた。

 しかし、いくら考えても書いてある以上の意味など思い付かない。


「難しく考えなくてもいいのに。」


「だから、何故俺の心を読むかな。」


「ふっふ~ん。」


 得意げな吉乃の顏だが、いつもと少し違う。

 少し目元がひきつっている気がする。


「なぁ吉乃。」


「なぁに?」


「あのメモの意味、そろそろ教えてくれないか?」


 吉乃は小さく息を吐き出し、ソファに腰を沈めている俺の正面に正座をした。


「え?どしたの?」


 吉乃は俺の目をじっと見て言った。

 相変わらず目が引きつってる気がする。

 緊張してるのか?


「学校の靴箱に入れた手紙と呼び出しと言えば?」


「木下の事?」


「あ~、あれ木下さんだったんだ。何だったの?」


 そうか、吉乃はあの恋文が木下からだとは知らなかったんだ。


「一応告白っぽい事はされた。」


「へ、へぇ~。で、返事した?」


「うん。」


「何て?」


「友達ならいいけど付き合う事は出来無い……って言った。」


「そっか……ふぅ……。」


 肩の力が抜けるように腕をだらんとさせた吉乃。

 目元の緊張が少し解けたようだ。

 小さく息を吐き出して続ける。


「で、木下さんは何か言ってた?」


「何か言ってたような気はするけど聞こえなかった。それで吉乃がカレー作って待ってるから早く帰んなきゃと思って靴箱の所まで戻って靴履き替えようとしたら、吉乃からのメモが入ってた。」


「うんうん。」


「で、そのメモが単に『早く帰って来い』ってだけならそこで終わるんだけど、長い付き合いのある吉乃の事だ。それだけの事でわざわざメモを靴箱に入れるとは思えなくて。」


「なかなかげんちゃんも鋭くなったね。」


 わざとらしく驚いたような顔をしつつ、吉乃は俺の目を再度見つめる。


「なぁ吉乃。」


「うん?」


「吉乃の事は大抵分かってるつもりだけど、今回のこのメモは妙に引っ掛かるんだ。」


「引っ掛かる?」


「まず第一に、今まで吉乃は俺の靴箱に手紙を入れるどころか、メモの一枚もくれた事は無い。なのに今回突然メモを残した。」


「言われてみればそうね。」


「第二に、帰ろうとして靴箱に来た時は木下からの恋文だけが入ってて、このメモは入っていなかった。つまり俺が木下に呼び出されて靴箱の所から居なくなった僅かな間に吉乃は戻ってきてメモを置いた。」


「うん。」


「第三に、メモの内容は俺が木下に呼び出されて行く前に話した晩飯の事で、改めて念押しするような内容でも無いのに敢えてメモに残していた。」


「そうね。」


 俺は状況を一通り言葉にすると大きく息を吐いた。


「何か意味があるんだろう?」


 吉乃も大きく息を吐いて俺をじっと見ながら話し始めた。


「あのね、げんちゃん。『靴箱に手紙』ってどういう意味か、私の靴箱に手紙が入ってたらいつも言ってるから分かるよね?」


 吉乃はもてるので、よく靴箱の中に手紙が入っている。

 その都度、吉乃は手紙で呼び出された事や告白された事を逐一報告してくる。

 勿論、手紙の中身や相手については、相手のプライバシーもあるだろうからと明かす事はしないが。

 そしてその告白の全てを断っているという事も教えてくれる。


「まぁ、こういう事なんだなぁ……くらいは。」


「あれを見た時、何だか凄く不安になったんだ。」


「不安?」


「そう。木下さんの手紙は、げんちゃんを呼び出す為。」


「そうだな。」


「そして呼び出してする事は『告白』だよ。」


「吉乃が貰う手紙と同じパターンだったな。」


 少しずつ吉乃の緊張が解れてきているようだ。

 いつもの口調になっているが、吉乃の目は心なしか少し潤んでいるようにも見えた。


「つまり、げんちゃんの靴箱に手紙が入ってたって事は、ついにげんちゃんに告白しようって子が現れたってことなんだよ。」


「実際そうだったけど断った。」


「うん。さっきげんちゃんがそう言った時、学校で感じた不安が一気に解けたの。」


 弱々しい笑顔、吉乃があまり見せた事のない笑顔で俺を見ている。


「だから何の不安なの?」


「げんちゃんは鋭いのか鈍いのかさっぱり分からないよ。」


「え?」


 呆れたような表情をする吉乃は、俺の手を握りつつ、一旦俺から目を逸らしてから再び鋭い眼光で俺を睨んで言った。


「げんちゃんが離れちゃうんじゃないかって思ったからに決まってるでしょ!」


「なぁんだそういうk…え?」


 ちょっと待て。

 俺が吉乃から離れるってどういう事?

 離れるって?

 俺は小さい頃からずっと吉乃に好意を持っていて、いつも一緒に居て、そりゃお互いに年頃の男女だし、吉乃の靴箱に手紙が入っていたらもやもやもしたし、吉乃がどこの誰か分からないやつの告白を断ったって聞いたら安心もし……てた……し……


 あんしん?


 そうか。

 吉乃が感じた不安や、その不安が解消されるというのはこういう事なのか。


「分かった?」


「だから俺の心を読むなと何度言えば…。」


「好きな人を不安にさせるのは良くないと思うの。」


「そりゃそうだ。」


「だから好きな人が不安になったら、出来るだけ早く安心させてあげたいと思うの。」


「いい心掛けだ。」


「だから……私を不安にさせないで……」


「おう。勿論、俺が吉乃を不安になるようなことは……ん?」


「私はげんちゃんが好き。ずっと一緒に居たい。離れるのなんて嫌だ。げんちゃんが誰かの恋人になるなんて考えたくない。私をずっとげんちゃんの傍に置いといて。私は……げんちゃんが……」


 俺をじっと見つめ、一生懸命気持ちを伝えようとしている吉乃の声が震え、涙声に変わっていった。

 吉乃の小さな肩が小刻みに震えている。


「俺は、ずっと前から吉乃が好きだ。だから安心して。」


 吉乃は頭を俺の胸に押し付け、そして背中に手を回して抱き付いてきた。

 俺も吉乃を抱き返し、頭を撫でていた。


「ところで……」


「なぁに?」


「あのメモって結局どういう意味なの?」


俺は吉乃のボディブローを鳩尾に喰らい、声も無くソファに倒れ込んだ。


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