凝縮された時間

鯨飲

占い師

 「あぁ何もやることねぇなぁ。ずっーと遊んで暮らせるだけの金が欲しいなぁ。」

 

 声には出さないが、俺は心の中でこのフレーズ一日に何回も繰り返している。


 現在、平日の午後三時。やることがないなら、まず働けよ。それは分かっているのだが、どうも働く気にはならない。


 以前、勤めていた会社は、資金難のために倒産。なけなしの退職金も、もう使い果たしてしまった。すぐに実家に戻り、そこから現在まで、ずっと親の脛をかじっている。親にはよく、


「あんた、まだ若いんだから!新しい就職先、早く見つけてきなさい!」

 

 と言われるけれど、探す気にはなれない。何だか、ずっと無気力だ。


「あーあ、俺って運がないなぁ…」

 

 運といえば、どんな人間も人生における運の総量は決まってるっていう話があったな。振り分けられるタイミングと、その量が異なるっていう話らしいが、そんなことあり得ないだろ。


 持って生まれた運が人と違うんだよなぁ、俺は。


 というかその理論が成り立つなら、八十歳までずっと不幸で、八十越えてから超ラッキーな老人がいる可能性もあるじゃねぇか。


 八十越えてから、ラッキーでもしょうがねぇだろ。


 そんなことを考えながら俺は大通りを歩いていた。何故歩いているかと言うと、親から借りた自転車を盗まれ、盗難届を警察に出してきた帰りだからだ。


「絶対お母さんに怒られるよ。内緒にしとくか」そう思いながら歩いていると、

 

 カサッ

 

 靴に何か当たった音がした。下を見てみると、そこには一万円札が落ちていた。


「えっ、誰のやつだ?周りに鞄の中身をぶちまけてる奴は?いねぇな。今だったら誰も見てねぇだろ」

 

 俺は、心の中でそう思い、その一万円札を拾いグシャっとポケットに入れた。


「ラッキー、儲けた儲けた。これで少しは遊べるぜ」

 

 思わずスキップしそうな足を制して、平静を装い、俺は歩き出した。すると、


「おい、そこのネコババ小僧」

 

 しわがれた声がした。明らかに老人の声だ。路地裏の方から、その声は聞こえた。しかし、これに反応すると、この一万円を失うことになる。そこで俺は無視して、歩みを進めた。


「あーー!ネコババされる、わしの金が!そこの青い服を着た奴にネコババされる!」

 

 クソジジイが!そこまで騒がれたら、他の奴に気づかれるだろうが。ほら、道行く人が俺のこと見てる。あぁ、クソ!仕方ない。


「あぁ、あなたのだったんですね」

 

俺は白々しい演技をしながら、声のする路地裏へと入っていった。


 すると、そこに居たのは、声で予想した通りの老人だった。フードを被っており、顔はよく見えない。また近くには看板を掲げ、そこには「手相占い」と書かれていた。こいつ、占い師かよ。


「はい、お返しします」

 

 そう言い、俺は一万円札を返した。


「おぉ、きちんと返してくれるんだな。感心感心」


「まぁ、あそこまで騒がれてしまうと…」


「騒いだ甲斐があったというものよ。どうだい、一つ、占われてみないかい?」

 

 なんだこいつ。いきなり占いを勧めてきやがった。まぁ、占い師だから当然か。

 

「いや、興味ないんで」 

 

そう言い、俺は立ち去ろうとしたが


「ちょっと待ってくれ。金を返してくれたお礼、というとちょっと変だが、一回百円にまけておくからさ。どうだい?」

 

 百円?安すぎないか?まぁ、でもそれぐらいだったらいいか。どうせ暇だし。


「じゃあ、お願いします」


「おぉ!じゃあそこに座って座って」

 

 何だか、椅子と呼べるのかも分からない、どちらかというと、箱に近い物の上に俺は座った。


「じゃあ、さっそく見ていくよ。おぉ…これは…」

 

 そう言いながら、ジジイは俺の手を少し握る。なんだ?なんか見つかったか?あとそんなに触るな。


「君は生命線が非常に長いねぇ。素晴らしい」

 

 そんなことかよ、どうでもいいわ。何かめっちゃ金運あるとか、そんな感じのはねぇのか?


「はぁ、そうですか」


「他には…うーん、特にないねぇ」

 

 は?嘘でもいいから何か言えよ!


 いや、でもこんなにも正直な占い師の方が信頼はできるか…まぁどの道、占い師であることには変わらないし、信憑性は低いけどな。


「ないんですか…そうですか…」

 

 百円だし、まあいっか。


「それじゃあ、そろそろ、帰りますね」

 

 立ち上がろうとしたその時


「待つんじゃ、人生を変えたくはないかね?」

 

 は?何言ってんだ、このジジイ?そう思う俺を尻目に、占い師は話を続けた。


「変われるぞ、少しのことでな」


「はぁ…」


 早く帰りたかった俺は、話だけ聞いて帰路につこうとしていた。


「一日、三リットル水を飲むんじゃ」

 

 それ、ただの健康法じゃねぇか。占い関係ないだろ。


「そうすることによって、お前の運命は輝くものとなる」


「…分かりました」

 

 それを聞き終えた瞬間、俺は立ち上がり、家路に帰った。


「何だったんだ、あのジジイ。万札返さずにそのままネコババしてればよかったわ。

 

 …あいつ、何て言ってたっけ?水を三リットル飲め?はぁ…何だよそれ。普段から二リットル位は飲んでるっつーの。


 どうせ暇だし、健康にはなるだろうから、一応やってみるか。一リットル増やすだけだしな」

 

 そして、翌日。俺はいつものように起床し、スマホで時間を確認した。


 すると、通知で「予定:チケット当選発表」と来ていた。そうだった、今日は好きなバンドのライブチケット当選の発表日だった。


 でもなぁ、ファンクラブにも入ってねぇし、倍率十一倍だぜ。当たってる訳ないよなぁ。そう思いながら、サイトで確認すると、なんと当選していた。



「おぉ、やった!ラッキー!」

 

 思わず声に出てしまった。すると、その声が大きかったようで、下からお母さんがやってきて、


「うるさい!何よいきなり大声出して。それより、あんたどこに自転車止めてるの、玄関の真ん前に停めるんじゃないわよ。いつもの場所に停めときなさいよ」

 

 は?自転車は盗まれたんだけど?そう思いながら、下に行き、外に出ると、そこには昨日盗まれた自転車があった。


「え…返ってきてる」

 

 まさか…あのジジイのおかげか…いやいやたまたまだろ。

 

 いや、でも気になるな。聞きに行ってみるか。俺は返ってきた自転車で昨日の占い師のもとへ向かった。 


「おや?君は昨日の?」

 

 占い師は昨日と同じ場所に居た。


「はい、そうです。昨日言われたことを実践したら、ラッキーなことが起きまして。まさか、占いに即効性があるとは…」


「おぉ、それはよかった」


「そこで、さらにラッキーになる方法はありませんか?」


「あるぞ。まぁ、まずは手相を見せてみなさい」

 

 何だか、昨日よりも声が若くなっている気がする。まぁいいか、体調だろう。


「あぁ、はい」

 

 そう言って、俺は手を差し出す。すると、占い師は、昨日よりも強く手を握りながら


「そうだなー、次は一日に水を四リットル飲みなさい」

 

 水の量を増やせばいいのか?


「しかし飲み過ぎは、禁物だ。水中毒になってしまうからな」

 

 医者みたいなことを言うなぁ…


「はい。分かりました」

 

 そうして、俺は家に帰り、水を言われた通りの量飲んだ。

 

 それを続けて一ヶ月経った。何だよ、何も起こらねぇじゃねぇか!健康法を試してるだけじゃん!

 

 イライラしていると、スマホが震えて一つの通知がきた。「予定:宝くじ当選発表日」と書いてあった。俺は即座にサイトにいき、自分の持っている券と番号を照らし合わせた。すると、


「当たってる…二等一千万円…!!」

 

 今度の喜びは、声にならなかった。今までに体験したことがないほどの喜びだったからだ。


 俺はその金で、夜の街にて遊び呆けた。キャバクラや高級クラブに通い、金を湯水のように使った。

 

 すると、二週間ほどでその金は使い切ってしまった。金がなくなってしまったので、また占い師のところに行こうとした。


 しかし、朝まで遊んでいたので、シャワーを浴びようと、近くのネットカフェに寄った。


 そこで、鏡を見ると、連日の夜遊びの影響か、やけに顔がやつれていた。

 

「あーあ、これは遊びすぎだな。こんな所に皺あったけ?」

 半笑いで俺はそう呟いた。

 

 その後、俺は占い師のもとへ向かった。占い師はいつもと同じ場所に居た。


「やぁ」

 

「あぁ、これは、いつかのお兄さん」 


「また占ってくれよ」

 

「分かったよ。じゃあ手を出して。」 


「あぁ、それともう、一気にアドバイスしてくれよ、どうすれば幸運になるのか。最大の幸運を手に入れたいんだ」


「そうか、それでは…」

 

 そう言いながら、占い師は俺に抱きついてきた。


「おい!何をするんだ…」

 

 最後の方は上手く声が出なかった。喉がしわがれていた。全身に皺が刻み込まれいく。そうして俺は一気に老いてしまった。


 前を見ると、占いの露店だけが残り、そこにはもう占い師はいなかった。



「続いてのコーナーでは、巷で話題の天才少年占い師が登場します!スタジオの中で一番運勢が良いのは一体誰なのでしょうか!?」

   

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凝縮された時間 鯨飲 @yukidaruma8

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