空も飛べるはず

きんちゃん

第1話 会議

「……で、おっさんはこんなクソみたいな条件で仕事を引き受けて来たってわけか?」


 じとー、っとした眼で責めるように言い放ったのは、まだ十代とおぼしき少年だった。その目には自分より無能な年長者への軽蔑がありありと見て取れる。


「いやだがな……これ以上の手柄を立てれば、その成果に応じた特別ボーナスを出す、と国王直々のお言葉だぞ!それを目指して我々一同、力を合わせてだな……」


「それって毎回言われてるよね?実際には一回も出たことないけど」


 今度は別の少年だった。最初に口を開いた少年よりもさらに若く、幼さが残って見える少年だった。こちらの少年の瞳にはまるで邪気が無かった。それが相手にとって優しいことかどうかはまた別問題だが。


「……いや、それはそうだがな……」


 おっさん、と呼ばれていた男は反論の言葉を持たなかったようだ。大きな身体を必死に縮こまらせ、申し訳ない気持ちをアピールしようとしていた。

 少しの沈黙を破り、とりなしたのは少女だった。切れ長の眼と、背中まである長いまっすぐな髪が印象的な少女だった。


「まあまあ、二人とも!仕事があるだけでも嬉しいことじゃないの。みんなで頑張ろうよ!」


「でもな、ナシェーリ!……20万マナだぞ?俺たち4人で一週間はかかる仕事だと考えると……荷物運びの日雇いでもして働いた方が稼げるんじゃねえのか?」


 最初のジト眼の少年はおっさんへの追及を止めることはなかったが、ナシェーリと呼ばれた少女はそれでもおっさんをフォローしようと試みた。


「でも……おっさんだって、私たちのために一生懸命交渉してきてくれたんでしょ?……これ以上責めるのはおっさんに交渉能力が無いことを突きつけるだけで、可哀想だわ!」


「……うん、ナシェーリ。今の一言で余計傷付いたみたいだよ?」


 幼顔の少年が、おっさんの表情の変化を説明した。


「あ、そういうつもりじゃ全然なかったのよ!?……あははは」


 少女の乾いた笑い声が、狭い室内に響いた。 


「……ま、決まっちまったものは仕方ない。具体的な作戦を考えていくべきだろうな」


 少しの静寂の後、最初の意地の悪い顔をしていた少年が口を開いた。彼がどうやらこの4人の一座のリーダーらしい。


「そうだね、ディストール。僕もそう思うよ」


 幼顔の少年がそれに賛同した。彼の名はクラムートという。


「よし、おっさん。もう一回今回の依頼内容と状況を一から説明してくれ」


『おっさん』と呼ばれている彼の名はバリシナンテス。

 まだ30歳を少し過ぎたばかりの年齢だが、縦にも横にも大きな体躯。あごまで覆い尽くす黒々としたヒゲ。きつい天然パーマのかかったボサボサの髪……といった特徴は彼を年齢以上に見せていた。

 バリシナンテス、という立派な名前を仲間たちが呼ぶことはほぼ無い。おっさんが彼に対する仲間たちの愛情のこもった呼称なのだ。


「ああ。……依頼主は我らが領主であるベルカント家当主ポンテ様だ。これから話すことは一切他言無用だぞ。機密が保持できない、という評判が万が一立ってしまっては我々の存在そのもが危うくなる可能性もあるからな」


「分かってるよ、イチイチそんな大層に言わなくても……」


 つぶやくように言ったのは、幼顔の少年クラムートだった。

 リーダー格の少年ディストールも、少女ナシェーリも「あ~、はいはい分かってるよ」という表情はしていたのだが、それを口にしなかったのは二人がクラムートよりも幾分年上だったからかもしれない。

 バリシナンテスはそうした空気を察したのか、ごほん、と一つ咳払いをしてから話を続けた。


「……皆も知ってのとおり、ベルカント家はここ最近隣国のエゾナレスともめている。国境近い農村の年貢がエゾナレスに納められた、ということが原因だから問題はもっと大きくなるのではないか、と俺は睨んでいるわけだが……」


「年貢の納め先が間違ってました~、てへ!で済むわけないだろ!これはもう領土問題だぜ!」


 ディストールが吐き捨てるように言った。

 出鼻をくじかれたことで、バリシナンテスは話のリズムを崩したようだったが気を取り直して話を続けた。


「……ポンテ様はいよいよ軍を動かすことを決意されたわけだ。正当な領地をはっきりさせておくこと、エゾナレスに納められた年貢の返還を求めての示威行動だな」


「本当に戦争になる可能性は無いのかしら?」


 ナシェーリが切れ長の眼を伏せて不安そうな顔をした。


「……その可能性は低いだろう」


 そう返事をしたバリシナンテスはまたディストールに突っ込まれるのではないかと、彼の方をチラッと見たが、この点に関しては彼も異論ないようだった。


「ベルカント家ともう一つの隣国ガッサンディアは同盟関係にある。仮にガッサンディアも兵を動かす、ということになればベルカント・ガッサンディアの戦力はエゾナレスの二倍を軽く超えるわけだ。わずかな領土ために無謀な戦争を仕掛けるほど、エゾナレスも馬鹿ではないだろう」


 とバリシナンテスは分析した。まあこの辺りはある程度情勢を知っている人間ならば、ほとんどの人間が同様の見解を示しただろう。


「というわけで、いよいよ我々の出番だ。エゾナレスの城内に潜入し、情報を逐一送ってくるというのがポンテ様からの依頼だ。まあこれまでと同様の依頼だな」


 小国の乱立するこの地域では、ここ何年かで小競り合いのような小さな戦争が何度も行われていた。ベルカント家の当主ポンテ卿はなかなか野心的な人物らしく、その度に兵を動かしては小さいながらも成果を得ていた。

 ちなみに彼ら4人はベルカント家の領内に住んではいるものの、ベルカント家に仕える家臣ではない。彼らは『風使い』と呼ばれる異能力者であり、その能力を用い隠密のような仕事を主に行う一種の傭兵のような存在だった。

 彼らの村レンベークは伝統的に風使いの村であり、その能力を切り売りすることで、どの国の家臣になることもなく(一応は)独立を保ってきたのだった。

 レンベークの村が元々ベルカント領内に存在する関係上、長い間他の国からの依頼を受けてはいないが、その関係はあくまでも依頼者と受注者に過ぎない。


「逐一、っていうのが厄介なところだよな。……要はこの争いが終結するまでってことだろ?」


 ディストールがバリシナンテスに尋ねるような格好で言ったが、別に返答を求めていたわけではなかったらしく、そのまま言葉を続けた。


「ということは何日かかるか分からないし、ポンテ卿がどこまでの情報が欲しいのかはっきりしねえ。……ま、俺たち風使いに依頼する仕事が最低賃金ギリギリだっていうことからも分かる通り、さして期待はされてねえんだろうな」


 実際のところエゾナレスは隣国であり、今は対立関係にあるが、友好関係にあった時期の方が圧倒的に長いのだ。

 縁戚関係にある家は騎士・庶民を問わず多いし、対立関係が深まってきた今でも商人たちは行き来を続けている。

 さすがに緊張関係が高まってきたこの時期に、大っぴらにベルカントの人間が出入りすることは許されないだろうが、様々な形でエゾナレスの情報は入ってきている。彼ら風使いが改めて潜入しても得られる情報はそれほど多くないだろう。……というのが最低限のレベルの報酬額からも見て取れる。


 それでもポンテ卿が彼ら風使いを雇うのは、それなりに理由のあることのようだ。 

 一つは長年の付き合いがあるがゆえに、ベルカント家の情報を彼らがかなり知ってしまっているという点である。彼らが他家に雇われてしまえばベルカント家の様々な機密が漏れてしまう可能性があるのだ。

 もちろん、各地に点在している彼らのよう傭兵集団は、決して以前の雇い主の情報を教えない、ということを建前として存在が許されている。……だが実際のところは情報を簡単に売るような集団も多いという。そうした事態を防ぐための、基準のはっきりしない仕事と最低限の報酬だったのかもしれない。


 またもう一つの理由として考えられる点は彼ら自身というよりも、彼らの村レンベークの特殊性に因るところが大きい。レンベークは伝統的に風使いを輩出してきた村ではあるが、異能力者としてのその力は近年弱まってきている。

 むしろ岬に面したその地の利を生かして、交易商人として成功する者が出てきたのだ。彼ら商人をある程度軍事的に保護する代わりに、ベルカント国は多額の上納金を受け取る……という今までとは別の共存関係が成立しつつあるのだ。

 実効性の薄い彼ら風使いをこうして雇うのは、今後もレンベークの村とのそうした関係を保ちたいという意志の表れなのかもしれない。


「じゃあ……具体的にはどんな感じで仕事を進めていくのかな?」


 クラムートの口調はふわふわしていたが、話を本筋に引き戻すものだった。

 それに対しバリシナンテスが、やれやれ、という顔をした。


「……まあ実際のところ持って来る情報で、我々の報酬が変わることはないだろう。危険になることもあり得るからな、まずは我々の安全を第一に考えてやっていけば……」


「そんなこと言ってっから、おっさんはいつまで経ってもおっさんなんだよ!報酬がどうとか関係なく、俺らの存在意義を見せ付けるチャンスだろ?」


 ディストールのリーダーらしい言葉を聞き、クラムートもナシェーリも深く頷いた。

 一方のバリシナンテスはその様子を見て、若さというものに嫉妬せざるを得なかった。仕事、というものにこれだけ純粋な情熱を持っていられたのは……いつまでだろう?

 しかし、少年たちのそうした心意気に水を差そうというほど、彼も心まで老けているわけではなかった。


「……そうだな。よしディストール。方針を決めてくれ。」


 リーダー格の少年は既にある程度考えをまとめていたらしく、すぐに説明を始めた。


「おっさんはここに残ってくれ。何だかんだ言って、ポンテ卿と話をつけられるのはおっさんだけだ。俺たちガキじゃ相手にされねえ。エゾナレスの出方によっては軍の進め方も考えなくちゃならないからな……」


「おいおい!兵の動かし方にまで口を挟む権限は、俺らには無いぞ。下手したらこれもんだぞ!」


 バリシナンテスは手で自分の首を横に切る真似をして、下手をすれば命を問われる事態に成りかねない、ということをアピールした。


「大丈夫だよ。おっさんはこの中なら、断然長生きしたろ?これから生きていたって待ってるのは辛いことばっかりだぜ?」


「おいディストール、いい加減にしろよ!」


「そうよ。そんな当たり前のこと言って何になるって言うのよ」


 ナシェーリの天然の追撃におっさんは、答える言葉が出てこなかった。一瞬場の時が止まった。


「……悪い、おっさん。……まあ、あれだ。情報の持っていき方で、ポンテ卿がそう判断せざるを得ない状況に持っていく場合もあるかも……っていうくらいの話だよ」


「……功名心も良いけどな、無茶なことはするなよ?情報は何より正確さが命だぞ。」


「分かってるって」


 ディストールは最後の言葉を面倒くさそうに投げると、今度は少女に向き合った。


「ナシェーリは連絡役だ。エゾナレス城外に宿を取って、城内に潜入している俺とクラムからの連絡を受け取り、おっさんに手紙なり早馬なりで届けてくれ。おっさんにも分かりやすいように情報は整理して、子供にも分かるような文章にしてやってくれよな」


「……あ、そうね。ちょっと大変だけど頑張るわ!」


「おいコラ、いつまで人をバカにすれば気が済む……」


 バリシナンテスはさすがにうんざりした顔を見せたが、ディストールは無視して続けた。


「俺とクラムは実際にエゾナレス城内に潜入する役だ。エゾナレスが軍を動かしてくるようなことになれば別だが、そうでなければ潜入期間が何日になるかは分からない。俺たちがベルカントの人間だっていうことがバレれば、どんな目に遭うかは分からない……ってことは肝に銘じておけよ」


「はーい!」


 返事をしたクラムートの表情は今までで一番ウキウキと楽しそうだった。


「……ねえ、アンタたち二人だけで大丈夫?城門の開いている昼間だけでも私も協力しようか?」


 ナシェーリはディストールよりも一つ年上だ。彼にリーダーを任せてはいるが、弟を思う姉のような気分は抜けないのだろう。


「いや、この時勢だからな。城門のチェックもより厳しくなっているだろうし……女子は顔を覚えられる危険性が高い……美人は特にな」


「……バカ、誰が美人よ」


 顔を赤らめたナシェーリから顔を背け、また適当にいなしてやったぜ!という死んだ眼をした後、ディストールはバリシナンテスに向き直った。


「それより、おっさん。おっさんの方から……つまりポンテ卿からの伝令は素早く正確に頼むぜ。そこで俺たちがどうすべきかの判断を下さなくちゃならないし、場合によっては早々に引き揚げる、っていう事態も考えられるからな」


「ああ。その点に関しては任せろ。ポンテ卿も我々のことをかなり気を遣って下さっている。無茶な要求や酷な仕打ちはされんだろう」


「……そうだと良いがな」


 そこで言葉を切り、ディストールは一人一人と目を合わせて頷いた。


「じゃあ、それぞれよろしくな。クラム、俺たちもすぐに準備をして出発だ」


 


 

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