捨て子

Lie街

捨て子

少年はこの世界から必要とされなくなった。

砂漠の中(ほんの10年前までは自然豊かな場所だった)で、ただひっそりと、ゴミとそこにある僅かな腐りかけの水と食料を少しづつ食べていた。

ある日からおかしな呻き声が聞こえるようになった。


「なんだよ!うるさいな!」


少年が近くを捜索するとそこにはAIロボがいた。肩には『M-779』と記載されている。

どうやら音声プログラムの大部分が壊れていて呻き声のような音しか出ないらしい。

さらに、この暑さの中放置されたことによりショートを起こす可能性があった。

少年は仕方なく機体を持ち上げおんぼろ布の屋根の下に潜り込んだ。

少年はいつの間にかAIロボに話しかけていた。

「なぁ、お前も捨てられたのか」

「…」

AIロボは少し頷く。しかしやはり言葉は話さない。

「そうか」

AIロボはギシギシと音をたてる。砂に文字を書いている。

「文字読めないんだ」

少年はばつが悪そうに言った。

AIロボは砂に書いた文字を手のひらで消すと次に絵を描いた。

「お前は、元々街の接客ロボだったのか。でも、新しい機種のロボの導入と、音声機能の破損によってここに捨てられたんだ」

少年はなかなかに察しが良かった。

「…。君に、名前はあるのかな?」

AIロボは首を横に振る。

「名前がないと不便だ。M-779。ナナクなんでどうかな?安直すぎるか」

AIロボの表情がにわかに明るくなる。まるで子犬のようだ。

「そう。気に入って貰えて嬉しいよ」

少年は気恥しそうである。

それからナナクと少年は一緒に暮らす(ゴミだめの中だが)ことになった。

ナナクは絵が上手かった。接客と看板、チラシ、メニューのレイアウトやイラストを担当していたらしい。

少年は1度描いたナナクの絵を消すのが心苦しくて描いた絵を残したまま、砂漠のあちこちに新しい絵を次々に描いた。

相変わらず、ギシギシとうるさかったがもう気にならなくなっていた。

ナナクはとてもユニークだった。人のような暖かさがあった。何故だかは分からない、でも街の人よりずっと人間らしかった。


ある日、ナナクの絵が数え切れなくなった頃くらいに、髭を生やした男が来た。

その男は髭の先を撫でながら言った。

「これは素晴らしい。これ、君たちが描いたのかい?」

少年はきょとんとした顔で頷いた。

「素晴らしい!ビューティフル!どうだろう、これを展示品にしないか?もちろん報酬は払う。君たちが求めるのはなんだい?」

少年はまず初めにナナクに尋ねた。しかし、ナナクは少年が何度尋ねても欲しいものはないと首を横に振るばかりだった。ナナクは砂に君の欲しいものをと少年に描いて伝えた。

「ありがとうナナク。えっと。今欲しいのは綺麗な水と安全な食料かな」

「おやすい御用、明日には手配しますよ」


次の日早速展示会が始まった。

髭の男は宣伝がうまいようで、初日は大繁盛。それからしばらくはひっそりとしていたゴミだめの周辺は大変賑わった。

髭の男は大きなテントも張ってくれたので、いつもよりかは幾分か楽だった。

一方、少年とナナクはもう絵さえも必要としなかった。互いに思いが通じあっていたのだ。

以心伝心、この言葉はまんま2人のことをさしていた。

しかし、いつも同じ展示品を見ていてもつまらないと客足が遠のき始めた。

髭の男はまた絵を描くよう2人に求めた。

仕方なく2人は絵を描き始めるが、前のように上手くいかない。制作スピードが遅いのだ。

やがて、客からブーイングを食らうようになった。

「おい!新しい作品があるって聞いたからきたけど、まるで同じじゃないか!金返せ!」

「これじゃ詐欺だ!」

「なんだ、この薄汚い少年とロボはこんなヤツらの作品に価値などないは!それ、これでも喰らえ」

通路から、砂に向かって石やゴミを投げられた。

ナナクと少年の会話の跡が次々に壊されていく。石で砕かれて、ゴミに埋もれて。少年やナナクの体にも強く当たる。

少年は強く叫んだ。ナナクと初めて会った日のように。


「なんだよ!うるさいな」


通路の人間たちはどよめいた。

「うるさいとはなんだ!」

「こっちは客だぞ!」

「こんなところ、こっちから願い下げだ。返金は要らん!ここは最悪だ、言いふらしてやる。」

「その必要も無いね!」

出口に向かって、人がぞろぞろと流れていく。

波が全てを呑み込んで奪い去るように、僕らの会話の軌跡は跡形も無くなっていた。

「君たちとのビジネスはこれっきりにさしてもらう!手切れ金だ」

水と食料が乱雑に砂の上にほうられた。

髭の男は憤慨して、足を大袈裟に振り上げながらその場をあとにした。

ナナクは落ち込んだように身をちぢめていた。

「ナナク、落ち込まないで。それに、僕たちにはもう絵なんて必要ないじゃないか。ナナク、君に心がある!僕達はそこでまた沢山それこそ絵を描くみたいに話せばそれでいいじゃない。でしょ?」

ナナクは動こうとしない。

「ナナク、悪いことばかりじゃないよ。この大きいテントだってもう僕達だけのものさ。髭の男は損をしたね。ほんとに大損!僕らが丸儲けさ」

少年はわかっていたのだ。ナナクからあの唸り声とうるさい動作音がしていないことには、とっくに気づいていたのだ。

「なんでだよ。…うるさいって言ったから?」

少年は泣いた。声を上げて泣いた。初めての友達を、それも親友以上の友達をたった今殺されたのである。

凹んだボディを、少年は何度も抱きしめた。何度もその体めがけて名前を叫んだ。ほとんど縋るようにして。

しかし、ナナクは動かなかった。じっとその身を砂の上に横たえていた。


何日経っただろうか。少年はナナクを抱えてテントを抜け出すことにした。

ナナクを持ち上げた時ナナクの体の横に、『ありがとう』という絵を見つけた。

少年は涙をこらえるように上を向くと、よしっと大声を上げた。なんとも勇ましい声だった。

少年はナナクを背にしょって砂漠を歩き出した。

どこまでも どこまでも。

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捨て子 Lie街 @keionrenmaro

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