恋愛相談に乗ってあげている幼馴染のことを実は好きな私が、彼女を落とすまで
神薙 羅滅
第1話 始まる前から終わった恋
<side 楓>
「雪代先輩ってカッコいいと思わない?!」
「あんたね……それ、今月だけでも百万回くらい言ってるよ」
放課後の教室へ差し込む夕日で、赤く照らされた教室の中、相変わらずな蕾を、いつもの感じで対応する。
蕾と私は幼稚園の年長組からずっと一緒。小学校でも、中学校でも、今通っている高校でも。
その間に、違うクラスになったのは、一昨年の一年間だけ。
私と蕾は何でも理解し合える親友。そう二人で思い合っていたのに、今はそうじゃない。
蕾の友達が、私達の仲は良すぎて、二人で話している時は、近寄りがたいと話しているのを聞いたことがある。
今にして思えば、親友を超えている関係だと見なされていたんだと思う。
その時に私が自分の心に気がついてたら、どうにかなったかもしれないのに。
「それより、話しかける、話しかけるって言って、いつ実行するわけ? 先週かなり背中押したと思うんだけど」
「ふっふっふっ……私を見くびらないで貰おうか。じゃーん!」
蕾は大仰な言い回しで、スマホに保存された写真をドヤ顔で見せつけてくる。
そこに写っていたのは、蕾と雪代先輩のツーショット写真。それは私にとって、気分のいいものではなかった。
「あんたいつの間に、ここまで雪代先輩と仲良くなったわけ?」
「楓がアドバイスをくれた次の日から、目立たないように、こっそり話しかけ続けて、今朝撮らせて貰ったの!」
ニコニコしながら、事の顛末を語る蕾。
その姿を見て、もう何度目かわからない、蕾を雪代先輩に取られてしまうことへの恐怖が湧いてくる。
「ふーん。よかったじゃん」
胸を押し潰すほどの痛みに耐えながら、当たり障りのない言葉を紡ぐ。
「ここまできて、冷たくしないでよ!」
「ここまでこれたんだから、そろそろ冷たくしてもいいでしょ」
この話題からそらさないと、心が張り裂けてしまいそうだった。。
でも蕾がこの話から、逃れてはくれることはなかった。
「楓が背中押してくれないと、私はなにも始められないんだから。というわけで、このあとどうすればいいのか、アドバイス頂戴?」
昔から蕾は、私にお願いをする時、急にしおらしくなる。
私に抱きついてきて、少し上目遣いになるように、瞳を見つめてくる。
私があざとい、という概念を知る前に、蕾はこの有効的すぎる頼み方を習得してしまった。
今なら、あざといと容易く一刀両断出来たのに、過去の積み重ねがそうすることを許さなかった。
「……わかったけど、今度何かお礼してよ……」
「もちろんだよー」
こうして私はまた、自傷めいた決断をしてしまうのだった。
最初は親友の恋の悩みを聞いてあげているだけだった。
それがだんだんと、蕾にアドバイスをして、背中を押してあげるようになった。
必要以上に真面目な私は、より適切な助言をするために、全く興味のなかった、雪代先輩のことを調べ始めた。
そして蕾が雪代先輩と上手くいくように、計画を二人で練ったりした。
必然、蕾と過ごす時間が増えた。ずっと一緒にいたのに、知らない一面に触れるようになった。
どんな風に悩んで、どんな風に人を好きになるか。
最初の違和感は、蕾の口から出てくる言葉から、私の名前が減った時だった。
蕾が楓と呼ぶ代わりに、雪代先輩と呼ぶ度に胸がちくりと痛んだ。
その違和感の正体を知ったのは、蕾が休日に私ではなく、雪代先輩と遊びに行くのを優先した時。
何気なく蕾を遊びに誘うと、その日は雪代先輩と約束があると断られた。
本当に何でもないことだった。でもそれが、私と蕾の当たり前が、当たり前じゃなくなり初めていることを、イヤでも自覚させた。
そのことに気付いたと同時に、蕾への想いにも気付いてしまった。
私は蕾のことが好きだったんだと。
ずっと一緒にいるのが当たり前だと思ってた。もう二人は特別だから、これ以上何もしなくても、ずっと特別で、蕾の一番でいられると。
でもそうじゃないと気付いた。一緒にいられたのは奇跡で、ふとしたことで、離れてしまうんだと。
でも、私が蕾への恋心を自覚したのは、蕾と雪代先輩をくっつける、キューピットの役目を安請け合いした後のことで。
自分の恋と、蕾の恋の板挟み……悩んだという言葉では言い表せないほど、苦悩した。
蕾の性格は、普段は快活なのに、何か決断するとなると、びっくりするほど臆病になる。
いま私が、蕾のサポートをやめてしまうと、彼女の恋路が閉ざされてしまうのは、明らかだった。
蕾の恋が成就することを、心から望めない私は、アドバイスするのをやめようかと思った。
大好きな蕾が、他の人に取られる手助けなんて、辛すぎたから。背中を押すのをやめたら、蕾の一番のままでい続けられるから。
でも結局私は、蕾の恋を支え続けている。
理由は単純。私は蕾と脈なしだから。蕾は私を恋愛対象として見てない。
蕾と雪代先輩との恋を止めることは出来るかもしれない。
でも、蕾がまた誰かに恋をして、その人から告白されたら、付き合い始めることになるだろう。
蕾は密かに人気があるから、永遠に私へ繋ぎ止めるのは無理だ。
蕾の一番の友達止まりの私では、ずっと一緒にいられるのは期限付き。
だから蕾を支えることにした。
ある日突然、私の知らないところで、蕾の一番を奪われるよりも、自分の手で奪わせる方が……楽だと思ったから。
楽な訳ないってわかりながら、毎日毎日傷付きながら、私は蕾が雪代先輩と付き合えるように、死力を尽くしている。
お昼の陽気な日差しに照らされて、心地のいい窓際にある自分の席から、グラウンドの隅にある体育倉庫を、ぼんやりと眺める。
その建物のそばで蕾が誰かと談笑している姿が見える。
話し相手の姿は、ここからでは建物の死角に隠れて、わからないが、当てるのは難しくない。雪代先輩だ。
雪代先輩と話をする蕾の表情は、とても楽しそう。それは私に見せたことがない表情……なんてことはなくて、緊張の色が残っている。
それでも、あそこまで打ち解けられたのは紛れも無い事実で、あの光景を見ているだけで、どうにかなってしまいそうだ。
親友の私が十年以上かけて築き上げた蕾との絆を、ほんの一月足らずで追い抜こうとしている、雪代先輩が恨めしくて仕方がなかった。
蕾とのハッピーエンドを迎えられないことは、知っている。でも、だとしても、それを現実に見せつけられるのは、辛いよ……
昼休みの終りを告げるチャイムが鳴ると同時に、蕾が体育倉庫から離れて、校舎へ戻って来る。
グラウンドから、二階の教室にいる私へ向かって蕾が、これ以上ない笑顔で、手を振っている。
きっと上手く話せたということを、私に伝えたくて仕方がなかったのだろう。
無理して笑顔を作って、手を振り返す。
蕾は私のことを、雪代先輩のことで、自分のことのように頑張って、手を尽くしてくれる、大親友だと思ってる。
だからその頑張りに応えようと、頑張ってる。そして上手くいけば、喜んでくれると、信じている。
だからあんなに綺麗な笑顔が、自然と溢れるのだろう。
素直に喜べたらよかったのに。友達の恋路を素直に応援出来たらなんて、当たり前が私には遠くて。
蕾が私の頑張りに報いようとしてくれる仕草一つ一つが、私を苦しめる。
そのことで蕾を非難出来ないのはわかっている。
いつも隣にいる私が、こんな想いを隠しているなんて、思いもよらないだろうから。
早く自分の気持ちに、決着をつけないといけないのは理解している。
いっそ蕾に告白しようと何度も思った。
でもそれをして、本当に蕾と離れることになったら、壊れてしまうから。それも出来なくて。
思考は同じところを、永久機関のようにグルグルと回るだけ。
蕾の姿が校舎の陰に消えていく。一分と経たずに、この教室の戻ってくる。
その時に、いつも通りに振る舞える自信が持てない。
頬に涙が伝いそうになるのを必死に抑える。
これ以上、あの二人が仲良くなるのを目にするのは、きっと耐えられない。
いつもの曲がり角で、同じ制服を着た人を見送りながら、蕾を待つ。
心の臨界点を感じてから、二週間が経った。
その間に、私の事態は何一つ好転していないのに、蕾と雪代先輩との仲は、日に日に深まっていった。
蕾が私からだんだん離れていって、雪代先輩と過ごす時間が次第に増えていくのを、遠くから眺める事しか出来なかった。
こうして二人の通学路が交わる場所で、蕾を待ったり、待ってくれていたりして、二人で登校するだけで楽しかったのに。
二人でいる時間を少しでも増やそうと、通学路が交わる高校をわざわざ二人で探して選んだのに。
なのに今は、蕾に会いたくないと思ってしまう。
会っても、蕾の最愛が別の人のものだと見せつけられるだけだから。
会わないために学校を休んでしまおうか。蕾が雪代先輩と付き合い始めるまで。
そうなってからだったら、自分の気持ちを諦められる気がするから。
「おっはよー!」
昔と変わらない笑顔で、蕾が待ち合わせ場所に笑顔でやってきた。
いつもと変わらないその笑顔に、胸を締め付けられる。
ふとした仕草の一つ一つが、すでに手に入らなくなりつつあると、知っているから。
雪代先輩に、放課後が奪われて、休日が奪われて。
今はこうして二人でいられる時間が、朝の時間しかなくなっている。
こうして二人で登校する当たり前が、いつまで続くかわからない。
明日にでも、雪代先輩を交えた三人で登校するようになって、二人の世界を見せつけられるようになるかもしれない。
「おはよう。あんたは朝から元気だけど、いいことでもあった?」
十数年変わらなかった、当たり前の残滓を噛みしめるように、蕾と挨拶を交わす。
「昨日の夜、ちょっと雪代先輩と電話で話したの」
嬉しそうに話す蕾。それだけなら、素直に可愛いと思えたのに。
二人でする日常会話の中にさえも、雪代先輩が侵食してくる。それが辛かった。
「楓……元気ないけど、何かあった?」
相当ひどい顔をしていたのだろう。蕾が心配そうに、見つめてくる。
それが寂しかった。
何かあったかと聞かれて、素直に答えられない、想いを抱えていることが。
でももし、答えの見えたこの恋心を、伝えたらどうなるだろう。
きっと蕾は困るだろう。万に一つくらいは、哀れんで私と付き合ってくれるかもしれない。
それでもいいかと何度も思った。蕾の優しさに漬け込んでも許されるんじゃないか、と。
「ちょっと怖い映画見ちゃって。それで、ちょっと寝不足」
「そうなんだ! 授業中に寝ちゃわないように、見張っててあげるね」
この笑顔は、私が嘘をついてるとわかってる時だ。
私はズルイから、私の嘘の裏側まで見抜いてくれることを望んでしまう。
私のこと好きなの? そう蕾が聞いてくれたのなら、本当のことを言える気がするから。
優しさに付け込む免罪符が欲しかった。
「楓……私さ……今日の放課後、雪代先輩に告白しようと思うんだけど、どうかな……」
それは二人揃って歩き出そうとした矢先のことだった。
心臓が止まった。そして破裂しそうなくらい、鼓動が激しくなる。
決して長くはない。だけど私の急所を的確に抉る、絶望に突き落とすには十分な言葉だった。
私の悩みが、蕾と雪代先輩との関係だと考えたからだろうか。
人が苦しんでいる時に、恋の話をするほど、蕾は無神経じゃないのは知ってるからこそ、そう思う。
現に蕾の推測は当たっているから。
「かなり仲良くなったと思うんだけど……楓はどう思う?」
言葉に詰まる。蕾の問いに答えることは、とても簡単なことだ。
告白すれば、きっと付き合える。
断片的にしか知らない私でも、それは確信出来た。
それだけに、答えられない。
「……うっ……」
大丈夫だという言葉を紡ごうとすればするほど、体がそれを拒絶する。
「……ごめんっ」
限界だった。
自分で自分の恋にとどめを刺せなかった。
「楓! どうしたの!?」
蕾が呼ぶ声を振り切って、走る。
どこでもいいから、どこか遠くに行きたかった。
蕾と向き合わずに済む場所へ……
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