ちょっと過保護なメリーさん
鈴風飛鳥
私、メリーさん! 今、あなたの後ろにいるの!
「私、メリーさん! 今、あなたの後ろにいるの!」
部活を終えた後の帰り道、人気のない住宅街を歩いていた私は、後ろから声をかけられた。
振り返れば、街灯の下にポツンと寂しく外国製の女の子の人形が置かれている。
「はぁ……。また、」
呆れながら人形の元まで近づいて、両手で人形の脇を抱えてひょいと持ち上げた。
「私が帰るまで待ってられないの!? 誰かに見られたらどうすんのよ!?」
「大丈夫よ、周りに人がいないことは確認したわ。それより、
「うっ」
私は持っていた通学用のカバンに人形を突っ込む。中から「ちょっと! 扱いが雑じゃない!? 出しなさいよ!」と聞こえてきたけれど気にしない。もぞもぞと動くバッグを抱えながら急ぎ足で家に帰った。
―――――
都市伝説や怖い話でお馴染みのメリーさん。
引っ越しする女の子がメリーさんと名付けた人形をゴミ置き場に捨てて(置いて)いったところから物語は始まる。引っ越しした女の子のもとに夜、電話がかかってきて「私、メリーさん。今ゴミ置き場にいるの」と告げられる。その後、何度も電話がかかってきては、次第に女の子の家へと近づいてきて……、という定番の怖い話だ。
だけど、私についてくるメリーさんは違う。
きっかけは私が幼稚園生の頃。母の趣味でアンティークショップに来ていた私は、戸棚に置かれていた可愛らしい外国製のお人形にベタ惚れになってしまった。母に頼んでその人形を買ってもらったのだが、その直後、
「私、メリーさん! よろしくね、愛依ちゃん!」
メリーさんが話しかけてきた。
びっくりした私は、怖がって道端にポイ……はしなかった。
むしろ、
「わぁ! しゃべるお人形さんだぁ! よろしくね、メリーさん!」
しゃべる人形に目を輝かせてしまった。
何せ当時は幼稚園児。夢見る少女は話す人形を疑いもしなかった。
こうして私とメリーさんの奇妙な共同生活が始まった。
母にメリーさんのことは話したのだけれど、子どもの可愛い作り話だと思われただけだった。流石に小学校中学年辺りまでには、しゃべる人形の存在がおかしいことに気づいて話題にはしなくなったけど。気づいた後も、私はメリーさんを捨てることはせずに可愛がった。
メリーさんは私と二人きりの時だけ、話しかけてくる。一人っ子だった私にとって、メリーさんは最高の話し相手だった。
「私を買ってくれた人、皆優しい人だったわ。死ぬまで私を可愛がってくれたんだもの。だから私は人が好き」
メリーさんは自分が作られた時のことや、売られた後に出会った子どもたちとその家族、巡ってきた異国の情緒などいろんな話をしてくれた。私はそれが楽しみで、いつも一緒に遊んでいた。
けれど、それも小学生まで。
中学校に入ってからは部活動が始まった。家に帰る時間は遅くなり、メリーさんと話す時間も徐々に減っていった。
中学での部活帰りのある日、
「私、メリーさん! 今、あなたの後ろにいるの!」
振り向いくとそこにはメリーさんがいた。
「ちょぉおおお!? なんでいるのメリーさん!?」
私は別の意味でびっくりした。なんせ、今まで家で帰りを待っていたメリーさんが、突然道端にいたのだから。
「最近、愛依ちゃんの帰りが遅いから心配で来ちゃった!」
過保護なメリーさん。そこで初めて動けたことを知る。
私にとっては驚愕の事実で、でも都市伝説では移動していたもんなそうだよな……という謎の納得をしてしまった。
それからというもの、部活で帰りが遅くなると決まってメリーさんは迎えに来るようになった。
―――――
そんなこんなで、今では高校一年生。
地元の進学校に入学した私は、ソフトテニス部に入部した。
部活に勉強にで大忙しな日々だったけれど、夏の大会が終わった後、同じクラスの
杉野君は男子ソフトテニス部で、女子受けもよくてクラスの人気者だった。もちろんそんなの断る選択肢はない。OKの返事を出して私たちは付き合うことになり、その噂はクラス中に広まった。
舞い上がった私はメリーさんにもそのことを話した。
「私ね、クラスで人気者の杉野君に告白されちゃったんだ!」
「愛依ちゃんもすっかりお年頃だものね。色恋の一つや二つ」
「メリーさん、どの目線でいってるの?」
「ん? もちろん、愛依ちゃんの保護者目線よ」
人形だから表情が変わらないし分かりにくいけど、うれしい時や楽しいことがあった時のメリーさんの声色は少し高くなる。今はウキウキしているような、そんな感じの話し方だ。お人形といっても女の子。恋の話は目がないらしい
「だけど、気を付けてね。恋にトラブルはつきものよ。特に、嫉妬ほどこわいものはないわ」
「分かってる、分かってる」
メリーさんが忠告してくれたけれど、浮かれ気分だった私の耳には話の内容が頭に入ってこなかった。
杉野君と付き合い始めて、私は部活の日以外でも帰るのが遅くなる日が多くなった。そして帰りが遅くなった日は、決まってメリーさんが迎えに来てくれた。
「メリーさん、迎えに来てくれるのは嬉しいんだけど正直怖いよ。あんな風に話しかけられたら」
彼女はいつも「私、メリーさん! 今、あなたの後ろにいるの!」と言って後ろから迎えに来る。私は慣れたけど、ホラー映画の主人公なら卒倒物のシチュエーションである。
「あら、日本でのメリーさんはそう言うらしいじゃない? 本で読んだわ」
「いや、それ怖い話のメリーさんだから。あなたは違うでしょ」
「うふふ。そうね」
彼女は楽しそうに笑った。
そして、杉野君と付き合うことになって一か月が経った頃。私の身の回りで少しずつ妙なことが起こり始めた。
最初はペンケースのシャーペンが一本、なくなっていたことに気づいた。その次は消しゴム。続いて教科書、ノート……。体操服までなくなった頃にようやく気がついた。
――いじめだ。
さらに陰口らしい陰口も、悪口らしい悪口も私の耳には入ってこない。皆、優しくしてくれるけど、それが上辺だけのものにしか見えなくなってきて、気づいた頃には人間不信になりかけていた。
私は心の拠り所であった、やっちゃんにも相談した。小学校の頃からの付き合いで同じ高校に通っているやっちゃんは、私の親友で唯一メリーさんがしゃべることを話した子だった。もちろん、信じてもらえなかったけど。
「やっちゃん~、私もうだめだぁ。もう誰を信じていいんだか……」
私は涙目になりながら、やっちゃんに縋りつく。
やっちゃんは苦笑しながら、取り乱す私をまぁまぁとなぐさめてくれた。
「確か、杉野君と付き合い始めてからだっけ?」
「……そぉ」
「心当たりはないの?」
「……ない。皆優しいし、なくなったものも貸してくれるし」
「本当の本当に心当たりはないのね?」
「そんなこと言わないでよぉ~。私は誰も疑いたくないよぉ……」
私はがっくりと項垂れた。どうしていいかわからない。
「メリーさんにも相談してみたけど、杉野君を好きな誰かのせいじゃないかって……」
「またメリーさんの話して……。お人形さんに愚痴を聞いてもらってストレス発散?」
「ちがうもん! メリーさんは話せるもん! 優しいし、ちょっと過保護が過ぎるけど、いつも相談にのってくれるもん!」
「わかったわかった、そんなにムキにならないで。ごめんてば」
そんなわたしを見かねて、やっちゃんは持っていたカバンから何かを取り出した。
「はい、これ」
やっちゃんの手には可愛いらしい女の子の人形。それを私に差し出してくる。
「えっ?」
「お守り。厄除けや魔除けの。これ持ち歩くといいよ」
「わぁ、ありがとやっちゃん!」
彼女の心遣いが身に染みる。
私はやっちゃんから人形を受け取って、それを自分のカバンに入れて家へ持ち帰った。
やっちゃんに相談した私は、いくらか心のモヤモヤがすっきりしていた。
解決はしていないけれど、話すだけでもいくらか違うものだ。
お風呂を終えて部屋に戻ると、なにやら部屋にいたメリーさんが、私がやっちゃんからもらった人形をじっと見つめていた。
「ねぇ、このお人形さんどうしたの?」
メリーさんが尋ねてくる。
「それ、やっちゃんがくれたの。お守りだって」
「ふぅーん……」
なんだろう、そんなに気になるのかな?さては、やきもちかな?
メリーさんもやきもちを妬くことなんてあるのだろうか。
その夜、不安が多少ほぐれた私はぐっすり眠ることができた。
―――――
深夜。時計を見ると、針は二時を指している。日本でいう丑三つ時だ。
私はむくりと起き上がって、持ち主の様子を確認した。
ベッドの上でスヤスヤと眠っている。ここ最近、学校に行くのが怖いと言って夜遅くまで話し込むことが多かったけど、今日はその不安も少しは和らいだのか、安心しきっているようだ。朝まで起きることはないだろう。
持ち主を起こさないようそっと動いて、勉強机の上に置いてあるカバンに近づいた。中には教科書やノート、それにやっちゃんからもらったという人形さんがあった。
私はその人形を手に取ってまじまじと見た。どうやら手作りのようで、所々縫い目が粗いところがある。
「――――ほんと人間って厄介よねぇ」
眠っている持ち主を起こさないように一人呟く。
そのまま手にしていた人形に力を込めて、左右に引っ張った。びりびりと布が破ける音を立てながら、中から綿が出てくる。綿の中に混じって、普通の人形の中にはあるはずのないものが混じっていた。
私はそれを綿の中から拾い上げた。それは文字がいっぱい書かれた紙で、持っているだけで手のひらがチリチリしてくる。
私はその紙をゴミ箱の上でビリビリに破いて、読めないようにして捨てた。
人形の方は綿を詰め直して、近くにあった裁縫セットの針と糸で元に戻した。もともと不格好な人形だったし、気づかないでしょ。
「これでよし♪」
その後は持ち主のベッドに潜り込んで、一緒に眠りについた。眠りにつく直前、
「私が守ってあげるからね」
持ち主の顔をそっと撫でて、意識を手放した。
―――――
翌朝。私はいつも通りに学校へ行った。ちょっと不安だったけど、やっちゃんにもらった人形があるから大丈夫。
学校へ着いた私は友人たちに挨拶し、自分の席へと着いた。同時に、担任の先生が入ってきてホームルームを始める。
「えー、ホームルームに入る……と行きたいところだが、初めに連絡事項だ。昨夜、三組の八神の実家が出火してな。原因はわからんそうだ。ご家族は無事だったんだが、八神本人は少し火傷を負って入院することになった。命に別状はないとのことだが、皆も気を付けるように」
クラス中がざわつく。
「八神さんて確か実家がお寺じゃなかったっけ?」
「じゃあ祟りとかか何かの類かも」
「何それこわー」
私はクラス中のざわめき一つ一つに耳を澄ませた。動悸が止まらない。昨日、相談にのってもらったばかりなのに。
私は誰にも見えないように、机の下でもらった人形をぎゅっと握りしめた。――やっちゃん、大丈夫かな……。
そのまま授業になった時、私はペンケースの中のシャーペンがないことに気がついた。焦って隣の席の人に予備のシャーペンを借りたけど、その日一日は授業の内容が頭に入ってこなくて完全に上の空だった。
放課後も部活を休んで、重い足取りで家路を歩く。
すると、
「私、メリーさん! 今あなたの後ろにいるの!」
後ろから声をかけられる。振り返ると、メリーさんがいた。
「メリーさん? あれ、今日帰り遅くないよ?」
「やっちゃんの家が放火にあったって聞いて、心配で迎えに来ちゃった」
「メリーさん……」
私はメリーさんに近づいて、両手で脇を抱えてひょいと持ち上げた。胸の上でぎゅうっと抱きしめる。しばらく洗ってなかったせいか、少し焦げ臭いような……今度洗ってあげよう。
「……ありがとう、メリーさん」
メリーさんは優しいな。ちょっと過保護だけれども、大切な大切な私の友達。
抱きしめながら、私はメリーさんと家へと帰った。
「大丈夫、私が守ってあげるからね。死ぬまでずっとずぅっと、一緒よ」
メリーさんの服の中から、ちらりとシャーペンのペン先を覗かせる。だけど、私はその存在に気づくことはなかった。
ちょっと過保護なメリーさん 鈴風飛鳥 @Ask2456
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