荘園の狸5

 「道西様結局教えてくれなかったね…。」

 七重が寂しそうに呟く。それを賢寿丸はうなだれる思いで見つめる。

 二人は館への道を歩いていた。段々と帰る先である館が大きく見えてくる。


 「結局…道西様って狸だったのかな?」

 七重が呟くが賢寿丸は答えられなかった。


 「本当に不思議な人だよね。こっちがどんなに尋ねても、あの話し方で思わず誤魔化されちゃう。まるで化かされているみたいな…。」

 「ああ…」


 思い切って道西に狸なのか?と尋ねた時。

 道西ははっきりとした返答をしなかった。正体見破られても誤魔化しているようにも見え、変わった質問を聞いて聞いて面白おかしく楽しんでいるだけのようにも見えた。

 

 「のんきに見えて鋭い事を言うよな…。よく相手を見ている。」


 賢寿丸は道西と出会った時の事を思い返した。

 賢寿丸の濡れた裾から荘園までどうやって来たのかを当てられた。着物の濡れと草鞋の汚れなど普段から気にすることなどなかった。


 玄太郎が毒を飲んだ時。各々の行動をしっかりと見て覚えていた事に驚かされた。

 深雪狐の一件。女たちの服装と連れの様子から深雪狐がもっと前から化ける女を見張っていた事を言い当てた。そして話の内容から誰が深雪狐なのか目星をつけていた。

 駒十郎の一件。駒十郎の着物と清丸の話から久作殺しの証の隠し場所を言い当てた。


 「言われたら、ああ確かにってなるけど。あまり気にしない事だから気づけないよね。」

 「本当だよな…」

 七重とそう話していたら、気づけば館に辿り着いていた。


 「助けられる事もあったな。大庭様を追い返す時とか。」

 大庭が二度と桑次郎に近づかないようにするために道西は福丸を使って芝居を打った。福丸は桑次郎が発見し捕まえたという平家の落人に化けた。それを見た大庭は「あの時の平家…」と疑うことなく震えあがり、翌日には荘園を去ってしまった。

 

 賢寿丸が館の門をくぐりぬけようとした時だった。

 「あれ…」

 足をその場で止めてしまった。

 「どうしたの?」

 七重が不思議そうにする。

 「賢寿丸様。もしかして何か気づいたの?」

 「いや…ちょっと…」

 何かが引っかかった。


 道西は今まで相手の着物だ仕草だと細かい物を見て言い当てていた。

 賢寿丸は同じように考えてみた…。


 「やっぱりおかしい…。道西様の所へ行こう…。」

 賢寿丸は道西のお堂のある方向を見つめる。


 「道西様の所…。私も行く。」

 七重は一瞬思いつめたように見えたが、すぐさま意思を伝えた。

 二人が駆け出そうとした時、後ろから声がした。

 

 「道西様とな…。」

 二人はすぐに振り返った。

 桑次郎が真剣な顔で立っている。

 「賢寿丸よ。道西様がどうかしたというのか?」

 「いえ…ちょっと気になる事がありまして。本人に聞きに行こうと…」

 桑次郎が賢寿丸をまじまじと見つめる。


 「儂もついて行っていいか?」

 賢寿丸は目を見開いた。

 「儂も道西様の話を聞きたくての。よいか?」

 「はい…」

 桑次郎の事情は分からぬが賢寿丸は思わず頷いてしまった。

 桑次郎は無言のまま門を出た。


 その時ちょうど六郎が館へ帰ってきたようだった。六郎は主人を含む三人を見る。

 「おや岩辺様どこかお出かけで?」

 「ちょっとな…道西様のお堂まで行ってくる。」

 「共の者をつけましょうか?」

 六郎が尋ねると桑次郎は首を振る。


 「いや…よい…。儂が賢寿丸の共として行くのだからな。」

 「承知しました。私はこれより館で一仕事がありますので。お帰りをお待ちしています。」

 桑次郎はそれだけを六郎に言い残した。

 賢寿丸たちは六郎に見送られ道西のお堂を目指した。

 

 

 



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