深雪狐2

 桑次郎と六郎の命により深雪狐を捕えようとする隊が組まれた。

 館へ寄せられる深雪狐からの被害の訴え。それに加えて七重の妻と春の前が桑次郎、六郎に詰め寄ったからだ。

 隊に加わる者と見送る者は館の門の前に集まった。


 すまし顔の中年の婦人-春の前が桑次郎に歩み寄った。桑次郎は顔をドキっとさせた。

 「桑次郎殿。頼みましたよ。」

 「ええ義姉上様…。」

 桑次郎の頭が大きく垂れさがる。


 隣では七重の母が六郎に詰め寄っていた。

 「あなた。尾花を探してきてちょうだい。」

 「ああ分かっている…。」

 六郎は妻に嘆願に頷くと一行に加わった。


 「それでは、これより深雪狐捕獲に向かう。」

 「おお」

 桑次郎の声掛けに一同は威勢を示した。各々に弓と刀を携えて森へと歩みを進めた。



 「化け狐って弓で捕まえられるか?」

 「さあ。あれだけ大勢の人間を一度に化かすの大変でしょ。」

 「そもそも本当に深雪って狐の仕業なのか?」

 「さあ…?どっちにしろ母上と春の前様は誰にも止められないでしょ。」

 人々に混じり、賢寿丸と七重は並んで父親たちを見送った。


 「狐狩りに随分と集まったものだ。」

 二人が振り向くと道西が立っていた。手には風呂敷包みを下げている。

 「道西様‼」

 七重が嬉しそうに駆け寄る。

 「道西様も狐の相談を持ち掛けられたのですか?」

 「ああ。狐には狸和尚。」

 相変わらずの飄々とした笑顔だ。


 「あの…道西様は今回の件はどう思いますか?」

 賢寿丸が尋ねる。

 「話を聞いただけじゃから…どうとも言えぬ。じゃから…」

 道西が言いかけた時。後ろから若い女の声がした。


 「もし。岩辺様と坂井様はどこかへお出かけなのですか?」

 瓜実顔に艶のある黒髪を垂れ流したきらびやかな女人だ。

 道西はびっくりした顔をして、しばらくしてから返答した。

 「ええ…今からお二人は狐狩りに…。」

 「狐狩り?」

 女は不思議そうな顔をする。


 賢寿丸は耳打ちするように七重に尋ねた。

 「知っている人か?」

 「白拍子の梅ヶ枝うめがえさん。最近この辺りを旅しながら廻っているの。もう一人、八十菊やそぎくさんがたはずなんだけど…。」

 見たところ梅が枝一人だけで八十菊は見当たらなかった。七重は八十菊を探そうと見渡している。


 梅ヶ枝は困り顔で口を開いた。

 「実は一緒に旅をしている八十菊が…もう二日ほど前にはぐれて未だに見つからないんです。」

 「はぐれて…」

 賢寿丸はまさかと思った。七重と道西も同じ事を思ったのか、「んっ」とした顔をする。


 道西が梅ヶ枝に尋ねた。

 「もしやと思いますが八十菊さんがいなくなったという森はあちらではないでしょうか?」

 そう言って桑次郎たち一行が向かった先の森を指さした。


 「いえ道中で別れました。」

 梅ヶ枝が答える。

 「私は疲れを感じて八十菊に『先に行ってくれ』と言い別れました。ところが待ち合わせの場所に行っても八十菊の姿は見当たらず、近くに住む人に尋ねても八十菊らしき女は見ていないと言うのです。」

 「そうでしたか…」


 「そのうち二日ほど経ってしまい、いっそのこと地頭の岩辺様にお願いしてみようと思いました。」

 梅ヶ枝の話を聞いた七重が呟く。

 「森に入っていないなら深雪狐のせいじゃないってことかな?」

 「でも、梅ヶ枝さんと別れたあとで、八十菊さんが森へ迷い込んだ可能性もあるだろ。」

 賢寿丸が言った。

 「確かにね…」

 七重は納得すると梅ヶ枝に話しかけた。


 「梅ヶ枝さん。岩辺様と父上が戻られたら伝えますので、その間まで館でお待ちください。母上にも伝えますので。」

 「お願いします。」

 梅ヶ枝は深々とお辞儀をすると館の中へ入って行った。途中、七重の母と春の前を見つけたのか二人に挨拶をしに駆け出していった。


 賢寿丸は道西へ向けた。

 「道西様。父上が戻ってくるまでの間どうします?」

 「そうじゃの。こいつに狐の話でも聞いてみようかの。」

 道西は手に持っていた風呂敷包みを前に出した。


 包みの結び目からふわふわとした毛が見え始めた。すると毛の正体が顔を覗かせた。

 「ぷはっ。」

 「福丸‼」

 賢寿丸と七重は同時に叫んだ。

 

 


 

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