最終話 決意である

 民家みんかが近づいたところで、馬はまた速度を落とした。

 これは、人が飛び出てくるのを懸念けねんした?

 こいつ、すげえ! 自動運転搭載だ!


「ああ、牛神様!」


 村人が軽くひざを折って挨拶あいさつした。

 それに手をげてこたえる。

 事あるごとに膝をつかなくていい、むしろやめてと言い続けていた。

 それが広まったのか、膝はつかれなくなったが、こうやって挨拶はされる。


「おお、牛神様!」


 中年の男が一度膝を折り、近づいてくる。


「どこ行きなさる?」

「ああ、ちょっと散歩をね。ははは」


 男は自分の家を指差した。


「ちょうど今から一杯やるとこで。いかかです?」


 男が指した家からは、夕餉ゆうげの煙があがっていた。

 それに牛舎がある。

 牛神牧場の一員だろう。


「晩酌ができるぐらい余裕ができたか、良かったなぁ」


 おれがそう言うと、男は突然、ぶわっと涙があふれた。


「へい。もう何から何まで牛神様のお陰です」


 うおぃ、よせよ。もらい泣きしそうになるわ。


「最近では、なにやら人生が楽しくなってきちまいました」

「ご主人、泣くなよ」

「へい」


 男は胸を叩いて涙をこらえた。

 うわっ、あかん!

 涙をこらえてプルプルしてるのって、そっちのほうがく!


「う、牛神様! て、てーへんだ! 皆の衆!」


 うおぃ! 呼ぶな!

 家々から村人が出てくるじゃねえか!

 おれは切り替えが早いほうじゃねえ。

 泣きだしたら長いんだ!


「牛神様が、涙を……」


 出てきたお母さん、赤子抱えたまま膝をついて祈りだしたじゃねえか。

 赤子が泣き出した。

 お母さんは、それをあやしながら自分の涙をぬぐう。


「セミールや。よく覚えておくんだよ。この方があなたの時代の領主様」


 赤子をおれに向けた。


「あなたを守り、そしてあなたが守らなければならぬお方よ」


 うおぃ! たたみかけんじゃねえ!

 涙止まらねえじゃねえか!

 もう、馬のまわりには村中の人がきちゃってるし。

 膝ついてるし、泣いてるし!


「ババさま」


 ババ様? 見れば幼子おさなごに手を引かれた老婆ろうばがいた。


「わたしの代わりに見ておくれ」


 おい、ババァ、どっかで聞いたようなセリフ言うんじゃねえ!


「はい、ババさま。白い服のうしがみさまが、茶色い馬にのって泣いておられます」

「おお……」


 ババァ、目をカッと見開いた。

 見えんのかよ!


「その馬、もしや……」


 ん? 馬がどうした?


「牛神様、明日は牧場に来られるんで?」


 最初の男が涙をぬぐいながら言った。

 ここ最近、牛乳の販売で牧場に顔を出せてない。

 っていうか、おれ、ここを出ようとしてたんだった!


「あー! クソッ!」


 おれは空に向かってさけんだ。


「へい。牛糞ぎゅうふんでしたら、裏手に……」


 そっちじゃねえよ!

 しかし、これ無理だ。

 ド田舎へ都落ちかもしれないけど、どうでもいいわ!


「はいっ、明日は牧場へ行きます!」


 村人がどっといた。

 その顔から笑顔がこぼれる。


「良イモノヲ見タ」


 なんだ? 誰か言った?


たみガ流ス涙、悲シミデハナク喜ビノ涙……」


 んん、馬しゃべった? いや、おれ今、スキル使ってないんですけど!


「封印サレシ我ガ姿、見セヨウゾ」


 馬が光りだした。

 またがった下からの強い光に目を開けていられない。


 しばらくすると光がおさまった。

 恐る恐る目を開けると、またがっていた馬体が白い。


「馬神様……」


 まわりの村人は膝をついていた。


「う、馬神様?」

「はい。この地に伝わる伝説です。どこかに白い馬がいて何百年も生きているとか」


 うお! おれじゃなくて馬のほうがモノホンだった!

 領主のジジイ、隠してやがったな!


「参ロウゾ」


 はい? 参ろうぞって言った?


 白馬が駆け出す。

 は、速い!

 たてがみをあわてて掴んだ。


 ばさっ。

 何かが下で開いた。

 うっ。嫌な予感がする。

 下を見たくない。


 下を見た。

 翼だ。


「シッカリトつかマレ」


 白馬の翼が羽ばたいた。

 おれは首にしがみつく。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 すっとんきょうな声をあげた。

 みるみる地面が遠のく。

 忘れてましたー!

 この世界、異世界でしたー!


「見ヨ、夕焼ケガキレイダ」

「見れるかボケェェェェェェェ!」


 マーニワ王国ジャージャー領。

 中央にそびえるは「魔の三座」

 その山のいただきに、おれの叫びがこだました。

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