第12話 おれは小者である

 夕食に招かれたのは、おれとユーリゲ、ボッグとリーザー女史。

 つまり全員だ。

 食事が始まる前に話となった。


うわさで聞いているとは思うが、融資の話がまとまった」


 やはり、その話か。

 期待を込めて、次の言葉を待った。


「お前たちがやっている牧場を、本格的に動かしてよいぞ」


 やった! と喜んだが、気になることもあった。


「爺さま、融資って、返せなければどうなるんですか?」

「担保として境界線の領地を入れておる」

「た、担保! では」

「うむ。返せなければ、この領地が少しちぢむだけだな」

「そんな!」


 おれがなんとなく始めたことが、おおごとになっている。


「貧しい領地は、誰のためにもならん。領民の豊かさが領主の豊かさになる」


 思えば、爺さまはさほど贅沢ぜいたくもせず、黙々と領主の仕事をしている。

 時々、領地の視察もかかさないようだし。いい領主なんだな。


「ただし、ひとつ条件がある」


 条件? なんだろう。


「ナガレよ、わしの息子となるか?」

「ええっ! おれ?」


 突然の申し出にとまどった。

 そんなつもりもなかった。

 じゃあ、ここが嫌いなのか? というわけでもない。

 っていうか、おれにつとまる?

 いやぁ、つとまらないわなぁ。


「ナガレよ、わしと飲んだ夜、覚えておるか?」

「ああ、城下町で、ですね」

「あの時、お前は薄めたワインに気づいて注意をしたな」


 ああ、あったなぁ、そんな事。


「怒るわけでもなく、騒ぐわけでもなかったな」

「ええ、まあ、大したことではないので」

「わしが聞いたら話をはぐらかした。あれは、あの席を壊さぬためであろう」


 ありゃ、ばれてた。


「領主というのは、まさにあれで良い」


 爺さまは、おれを見て微笑ほほえんだ。


しんを見るのが重要だが、ひとたび領主が口を開けば影響は大きい」


 なるほど。

 さすが爺さま、言葉が重い。


「それで、どうする?」


 ユーリゲ、ボッグ、リーザー女史も、おれを見ていた。

 もしも領主になれたら、そんな妄想はしたことがある。

 悪徳領主として年貢取りまくって、巨乳ハーレム作ってと妄想してたけど。


「……少し、外で考えてきてもいいですか?」


 爺さまはうなずいた。


 おれは館の玄関を出た。

 空は赤く焼けている。もうすぐ夜の闇がくるだろう。


 領主の息子か。


 この世界に転移したばかりなら、即答で受けた。

 だが、今だと重い。その重さがわかってしまった。


 領主の館の前庭を歩く。

 このまま逃げるか。

 おれの部屋にある荷物を取り出ていけば、気まずい気分を味わわずに済む。


 この前庭は、綺麗に整備されていた。

 レンガを積んで作ったプランターには、多くの種類の花があった。

 花卉かき栽培!

 この領地が貧乏なのは、穀物を育てる広大な平野がないからだ。

 だが、花なら?

 花屋はいつの時代でもある。

 向こうの世界で花農家の青年がいたな。

 リフォームの営業で会ったことがある。


「花卉栽培は大きくはもうからないが、こじんまりやるなら成功しやすいですよ」


 そんなことを言ってなかったか?

 いや、大きくやってもいい。

 この世界で温室を見たことはない。

 ビニールはないが、ガラスはある。

 昔の温室はガラス張りだ。できないことはないだろう。


 おれは頭を振った。

 今、ここを出ていく算段をしていたところだ。

 ついつい商売のことを考えてしまう。


 出ていくなら馬はいるか?

 ここは、へき地だ。馬なしでどこかの街まで行けるだろうか?

 いや、その前に、おれに馬があつかえるのか?


 おれは敷地のはずれにある馬房に入った。

 そして、思わず自分の皮肉さに笑えた。

 調教師が馬泥棒。

 最初に聞いたとおりだ。


 馬房には馬が三頭いた。

 そのうちの一頭が、じっとおれを見つめる。

 あれ? あいつって暴れた馬じゃね?


「モントーク!」


 右耳を引っぱった。


『なに見てんだよ』

『乗レ』

『はい?』

『散歩ガシタイ。乗レ』


 こいつ、すげえ賢えじゃん!


『おれ、馬に乗ったことないんだけど』

吾輩わがはいガ合ワセテヤロウ。乗レ』


 おいおい、吾輩つったぞ。

 この賢さなら、使えるかもしれない。

 おれは馬の背に乗せるくらを探した。


『要ラヌ。出セ』


 まじかよ!

 おれは柵を開け、馬を外に出した。

 一応、たてがみは掴んでおく。


 馬は外に出ると、器用に足を折りしゃがんだ。

 爺さま、どうやって仕込んだんだ?

 どう見ても普通の馬なのに。


『乗レ!』

『あ、はい。さーせん』


 生まれて初めて馬に怒られた。

 そして生まれて初めて馬にまたがる。


 おれが乗ると、これまた器用に立ち上がった。

 かっぽかっぽと歩き出す。


 庭を出て、道に入ると少し早足になった。

 これ、おれを気遣ってる?


『お前、何者?』

『馬ダ』


 うん。それは知ってるんだけど……

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