第2話 晩餐に誘われる

 おれは言い返そうとしたが必要なかった。


「フーゴ! お主はむちを振りまわしていただけであろう!」


 主人に怒られて御者ぎょしゃの男は「ひっ」と首をすくめる。

 あぶねー! ぎぬを着せられるとこだった。

 中世の世界で人生がころがりだしたら、どこまで落ちるかわからんぞ。

 パン一個盗んで、奴隷船どれいせんまで落ちた映画なかったっけ?


貴殿きでんの名を聞いてよろしいかな?」


 おれは背筋を伸ばした。

 元の世界では営業マンだった。

 営業マンの鉄則、第一条。

 大物そうな人物に名前を聞かれたら、すぐに答える。


「ナ、ナガレです。アカボシナガレと言います」


 ふぅ。赤星流星。

 流星と書いてナガレと読む。

 この世界じゃ変な名前だろうな。


 この星が二つというスーパーキラキラネーム。

 名前を付けた親の顔が見たい、と言われても両親は存命しておりませぬ。


「ナガレ殿。珍しい名ですな。老体の命を救っていただき、まことに感謝いたしますぞ」

「いえいえいえいえ!」


 こんな丁寧ていねいに感謝されたことなどない。

 思わず首をぶんぶん振った。

 イザークと呼ばれた騎士が、馬の前に行きハミをゆるめる。


「たいしたものだ。遠くから見ていたが、かなり荒れ狂っていた。それをしずめるとは。名のある馬房ばぼうにおつかえと、お見受けしますが?」

「いえいえいえ!」


 もう一度、首をぶんぶん振った。


「えーと、たぶん、調教師? テイマー? というんですかね」


 おそらく自分は、そんな職業のはずだ。

 モンスターと話せる特殊スキルを持つ者は、自動的にそうなったはず。

 しかし、失敗だったかなぁ。

 ゲーム世界に転生するんなら、魔法使いとかにすれば良かった。

 調教師にしたのは、魔獣ケルベロスとかしたがえて魔王を気取るつもりだった。

 でもこうリアルだと、ケルベロスに会ったら殺されそう。

 ……っていうか、これ、ゲームなん?


「調教師とな」


 イザークがつぶやいて爺さまと目線を合わせた。

 ありゃ? なんかマズった?


「ナガレ殿、その職業ですと、あまり人前で言わぬほうが良いでしょう」


 じいさまの言葉に首をかしげた。意味わからん。


昨今さっこん、馬泥棒が横行しておりましてな。その中に動物を従わせる能力を持つ者がいると聞きます」


 うげ。それはヤバい。イザーク隊長の真剣な目が怖い。


「お、おれじゃないですよ。これでも調教師は始めたばかりで。動物と会話ができるってだけです」

「しかし、あの状況から、こうして従わせてるわけですから。かなりの能力……」


 隊長! 目線こわっ!


「従わせてませんって! たまたまです。牝馬めすうまの話したら、急に止まって」


 イザーク隊長がしゃがみこんで馬の腹を見た。笑いながら顔を上げる。


「これはこれは。たしかに少し、いきっております」

「ほう、思えばそんな時期かの」


 マジで? 馬をよく見ると、たしかに鼻息荒くて悶々もんもんしているようにも見える。


「なんとも巧妙なあつかい。ナガレ殿に我が隊の馬番を任せたいわ」

「イザーク殿、それでは戦馬になりませぬぞ」

「いや、あの、おれが興奮させたんじゃないですよ」


 二人が大笑いするので、おれもつられて笑った。


 このまま領地へ帰るのは危険だということで、変え馬を用意するらしい。

 ついでに御者もクビ。

 ぎわにおれをにらむので、言ってみたかったセリフを言ってやった。


「ざまぁ!」


 男は何も言い返せず、ほんと、ざまぁない。


 ヴァラルシュタイン伯は城下町に一泊するらしい。

 おれは夕食に誘われた。

 もちろん受ける。


 おれは、とりあえず自分の家にもどる。

 正確には「たぶん自分の家」だ。

 木で造られたボロ小屋のような家。

 気づいたら、ここだった。

 おれ以外はいないし、だれも帰ってこない。

 とりあえず、この世界のことが、何ひとつわからん。

 さっきの爺さまと仲良くなって、少しずつ聞きだしてみるか。

 でも、それも慎重しんちょうにしよう。 

 いきなり「私はだれ? ここはどこ?」と聞くのはまずい。


 夕方になり、教えてもらった飯屋に行く。

銀羊亭ぎんようてい」という飯屋めしや、いや飯屋じゃないな。料亭みたいな感じだ。

 大きな洋館の入口に受付があった。


「ヴァラルシュタイン、という人に呼ばれて来たのですが」


 おれの言葉に受付の女はジロリと服を上から下まで見た。

 おれの服はあさでできた安っぽい服装だ。

 目覚めたら着ていた服なのでしょうがない。


 受付の女は笑顔も見せず、おれを館内に通した。

 落ち着いた調度品がある個室に、爺さまはいた。

 四人がけテーブルの上には、焼いた肉や果物が並ぶ。


「ナガレ殿、どうぞ」


 爺さまの言葉に、おれは席についた。


「お飲み物は?」


 座ると給仕きゅうじが聞いてくる。

 爺さまはワインを飲んでいるようだ。それに合わせよう。


「ワインを」


 給仕は一礼して出ていく。

 しばらくしてワインが運ばれてきた。

 一口飲んで首をひねる。

 うすい! まあいいや。


今宵こよいは、ごゆるりと。おお、飲み明かす前に……」


 爺さまは小さな袋を出した。もしかして?

 受け取って中を見ると、銀貨が十枚。

 イエス! こうでなくちゃ!


 これで当分食うに困らないだろう。

 なんせ、おれの所持金は10Gだ。銅貨十枚。

 市場で野菜などの物価を見たが、1Gは百円と思ってよさそうだった。

 なので所持金千円だ。

 スタートが全財産千円って、このゲームひどくね?


 ワインがなくなったので、もう一度、給仕を呼んだ。


「さーせん! ワインを」


 給仕が同じように一礼する。そのうしろ姿に声をかけた。


「薄めないでね!」


 給仕はびくっ! と肩を動かしたが、振り返らず去っていった。

 昔、アルバイトで居酒屋にいたことがある。

 その時にケチな店長がやっていたのと同じだ。

 ケチな店長は飲み放題のワインに水を入れて増やしていた。

 バレるっつうの。

 でも、意外に生ビールと言いつつ発泡酒を出してもバレないのな。

 ビール会社は、業務用の発泡酒15リットルたるなんて売るからだ。

 悪用しかされないと思うのだが。

 この店も、おれの身なりを見てバレないと思ったんだろう。


「ナガレ殿?」

「ああ、失礼しました。そうそれで、その女ったらしの男爵はどうなったんです?」


 貴族っぽい爺さまから、人の恋愛話を聞いていたところだった。

 社交術なんだろう、話が面白い。

 お城の色恋沙汰いろこいざたや、兵士の武勇伝を聞きながら食事を進める。

 人の笑い話はするが、お互いのプライベートな話はしない。

 やっぱりこれって社交術だろうな。


 この場はこれでいいが、おれは何か架空の生い立ちを考えておいたほうがいい。

 前の世界ではリフォームのセールスマンをしていた。

 こっちの世界で似たような仕事はないだろう。

 また、セールスマンと言っても優秀じゃなかった。

 あまりに成績が悪いから、東京の本社から支店に飛ばされた身だ。

 だって、じいさんばあさんをだまして排水設備とか、なかなか取れないよ。


 ひとしきり飲んで食ってを終えた。

 帰りは、この銀羊亭が馬車を用意してくれるらしい。

 自前で馬車を持ってる銀羊亭ってすげえ。ワインは水増しだったけど、やっぱ高級店なんだな。


 馬車に乗り、おれの家がある平民街に行く。

 町の中は城に近づくほど貴族の家が多そうに見えた。

 貴族の家は二階建てや三階建て。

 平民街は平屋ばかりだ。


 その平民街へ馬車で入る。

 家に近づくと、なにやら人だかりが。


 ……嘘だろ、おれの家が燃えている!

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