【領主ナガレの牧場】▶はじめから つづきから
代々木夜々一
第1話 馬が怒ってる
「……こりゃ、おったまげだわ」
目の前に広がるのは、中世の町並みだ。
まわりを見まわしてみる。
どう見ても中世だ。
木と石で造られた建物ばかり。
遠くには石造りのお城まで見えた。
どうやら、ゲームの世界に入り込んだらしい。
RPGゲームのスタートボタンを押したまでの記憶はある。
そこからおそらく、おれは気を失った。
目がさめたら、この世界だ。
でも、ここどこ?
わけわからん。
とりあえず散策してみる。
自分がいるのは城下町っぽい。
通りには露店が並び、野菜や肉を売る店が多い。
野菜は
ああ、たぶん、艶々なのは一度も冷凍されてないからだな。
そして街ゆく人は、どれも異国人だ。
美人が多い、とは言わないが異国人のご婦人方はムフフな体形が多い。
歩いていくと、城壁と門が見えてきた。
太陽の方向から考えると「北門」になるのかな。
門の外に出ると、麦畑が広がっていた。
遠くに、ちらほら集落も見える。
さすが中世だけあって、自然が豊かだ。
土を固めた道の両わきには小川もある。
小川まで歩いていって、のぞきこんでみた。まあ流れる水が
プーンと、蚊が飛んでくる音がした。
手ではらう。
さて困ったぞ。
ゲームの中の世界に入りこんでしまった。これは確定だ。
夢ならいいが、こんなクリアな夢もあるはずがない。
わけわからん。
大声をあげて発狂したいところだ。
だけど、発狂しても門のところにいた兵士に捕まるだけではないだろうか。
ふり返り、出てきた城門を見る。
石造りの巨大な城壁。そこに門があり、両わきに
すこし考えた。帰るか、さらに外を歩いてみるのか。
北をむいて道の先を見ると、止まっている一台の
道のまんなかで、いったい何をしているのだろう。
歩いて近よってみた。
近づくとわかった。黒塗りの箱馬車だ。
高級そうな装飾をほどこした黒塗りの馬車。どこかの貴族なのかもしれない。
どなっている声が聞こえた。
なんか「ピシッ!」って
「走れ! このクソ馬!」
馬車の前方までくると、どなる男が見えた。
たしか馬車の運転手は「
そして運転席は「
ビシバシとたたいているが、とても無駄っぽい。
馬のほうは、たたかれても「どこ吹く風」といった感じで相手にしていなかった。
『……シテヤロウカ』
はっ? なんか声が聞こえたけど。
周囲を見まわす。人はいない。怒った御者しかいない。
そして御者の男は、まだ怒って鞭をふるっている。
どう見たって、無理だろう。
素人のおれから見ても、馬の機嫌が悪そうだ。
「おっさん、おっさん!」
下から声をかけてみた。御者台の男がじろりとおれを見おろしてきた。
「ああ?」
「そんなバシバシやっても、無理じゃね?」
「ほっとけ! おら走らんか!」
そう言って、また馬を鞭打つ。
『……シテヤロウカ』
また声だ。
あっ! おれの特殊スキルなのか。
このゲームは、ひとりにひとつ、特殊なスキルを作ることができた。
おれの特殊スキルは「モンスターと会話ができる」というスキルだ。
これって、モンスターだけでなく動物の声も聞こえるのか?
『
はっきり聞こえた。たたかれている馬の声だ。
おいおいおい! おれは御者台に上がり、男の手を
「おっさん、やべえって!」
御者は掴んだ手を振りほどいた。その動きで鞭の先が飛んできて、おれの
「痛っ! このやろ……」
おれが言うと同時にガタン! と音がして、馬車が動き出した。
男がフンッと鼻で笑ったのにムカついたが、これはあれだ。相手をしてもバカを見るだけだ。
もう馬車から飛び降りたほうがいい。ところが身を乗りだして地面を見ると、
……速くね?
動き出した馬車は、歩く速さというより早足の速さだ。
「どうどう!」
そう声をあげて御者が手綱を引くが、速度は落ちない。
逆にどんどん速度は上がってくる。
もう早足じゃない。駆け足だ!
「フーゴ! 何ごとかっ!」
御者台のうしろにある小窓が開き、白髪の
「
馬があ、じゃねえだろ。
さっきの特殊スキルでどうにかできるか?
特殊スキルを使うには、事前に決めた言葉をさけび、ポーズがいる。
リアルに使うハメになるなら、ふざけた言葉にするんじゃなかった。
「モンスターと楽しく会話! モンスタートーク、略して、モントーーーーク!」
自分の右耳をぐいっと引っ張った。これで馬と話せるはずだ。
『おい! 馬! 聞こえるか!』
『殺ス! 殺ス!』
やべえよ。怒りで聞こえてねえ。
『おい! 水、水はどうだ! おいしいのやるぞー!』
『水! 水!』
さらに速くなった。ん、水?
前方を見ると大きな川があり、道は川にそって直角に曲がっている。
『水だめ! 草は? おいしい草!』
『水! 水!』
だめだこりゃ! なにかないか?
『あっれー? うしろのメス、めっちゃカワイイ』
こんな言葉を理解するのか? と思いながら言ってみる。
おう? 馬は耳をピンと立て、速度をゆるめると止まりやがった!
馬はぐるり首を回した。
うしろを振り返ると
『メス違ウ。オス』
えっ? どういうこと? 馬に聞き返そうとしたら、うしろから
五人の
あっという間に馬車の横に追いつき、おれに声をかけてきた。
「そのほうら、
「ええ、なんとか」
思わず答えたが、おれは騎士の顔をまじまじと見た。
年は三十あたりか。会話しているので日本語だが、顔立ちは西洋人。
それもカッチョええ。
「イザーク殿か」
馬車のうしろ、扉があいたと思ったら、さきほどの爺さまが降りてきた。
爺さまと言っても年齢は七十ごろ。
背筋もピンとしていて健康そうだ。
「これは! ヴァラルシュタイン
イザークと呼ばれた騎士が馬から降りる。
どうやら二人は旧知の
爺さまは、騎士のイザークへと笑顔をむけた。
「隊長の手をわずらわしたようですな。助かりました」
「いえ、止めたのは私では……」
「旦那様! こいつが勝手に乗り込んできたんでさ。おかげで馬が暴走して」
言ったのは御者のフーゴだ。二人の視線がおれにくる。
……えっ、そうなるの?
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