第36話 カップルである証明を
鏡花のマンションからの帰り道、公開イチャイチャの恥ずかしさから手をつないでくれることは無かった。
あまり会話は捗らぬまま、家に着く。軽く挨拶をしてそれぞれの家に入った。
その後、自室で暫く時間が経過する。気まずかった時はいつも、などと思って期待していると、やはり雅からの電話があった。
「なんだい、お嬢ちゃん」
『やめて! 切るわよっ!』
「そっちから掛けてきたのに?」
『……今日はありがと』
「ああ、エレベーターでのこと?」
『そう。頼りになったわ』
「そっか」
今なら素直な言葉を聞けるかもしれないと思い、
「雅、本当にキスするつもりだったんだね」
『ま、まあ……最後かも知れなかったし』
「じゃあ、この前唇にしておけば良かったなぁ」
『ばかっ! おでこで良いの!』
「それ、本心?」
『……そ、そんなことは良いのよ。ただ、お礼が言いたかっただけ』
「そっか。もっと頼ってよ」
『えっ』
「雅は強がりだから。俺をもっと頼ってよ」
『……ばか』
小さくそう言って電話は切られた。怒っているのだろうか。
どちらにせよ、今日は相当疲れたので、早めにベッドに潜り込むのだった。
* * * * * *
次の日、いつものように登校すると、いつものように先に座る雅が見える。
「おはよう」
「え、ええ」
少し歯切れが悪かった。
「怒ってるの?」
「怒ってないわよ。ねえ、頼って良いって言ったわよね?」
「えっ、うん」
「じゃあ、コレ!」
見せられたのは一枚のチラシ。駅前にある洋菓子屋でバイキングをやっているらしい。
「コレが何?」
「今日の帰りに行かない?」
「良いけど、それと頼るのと何の関係があるの?」
「ここを見て!」
チラシの下の方に目をやると、カップル限定半額の文字。
「えっ! カップルってことを認めてくれるの?」
「違うわよっ! フリよ、フリ!」
「えーーー。もう正式なカップルで良いじゃないか」
「厚かましいわっ」
まだまだ昇格出来ないらしい。未だに友達のままだ。
それから時間は過ぎ、放課後がやってきた。
「さあ、行くわよ!」
「うん」
雅に連れられ、駅前を目指した。歩きながら話をする。
「ねえ、そんなにケーキ好きなの?」
「女の子は好きに決まってるでしょ」
「そんなもんか」
「そうよ」
チラシをよく見ると、カップル限定半額の文字の下に注意書きがある。
「ちょっと待って」
「なによ?」
「ここを見て。カップルであることを証明して下さい、って書いてあるよ」
「はあ!? なんですって!」
「カップルであることの証明って何するの?」
「さ、さあ……」
カップルと言えば、と考えた俺は、
「受付でディープキスをするんじゃないか?」
「ば、バカじゃないの! できるわけないでしょ!」
「じゃあ、ほかに何がある?」
「……手をつなぐ、とか?」
「甘いな、雅。小学生じゃあるまいし。今時の高校生カップルはもっと激しいものさ」
「そ、そんなはずないわ!」
「いや、舌を絡ませ合っていることだろう」
「やめて!」
結局、結論がでないまま洋菓子屋に着いてしまった。見ると、カップル達が長蛇の列を作っている。俺たちもその列に並ぶ。
「こんなところ誰かに見られたら一発でカップル扱いされるね」
「こ、この辺は誰も通らないでしょ」
「わからないよ?」
「……」
「そうだ。みんなが何で証明しているのか確認してみよう」
「そ、そうね」
受付で証明してから入店しているが、証明方法は多種多様だった。
「あっ、今のカップルは彼女がほっぺにチューしてたよ」
「……」
「あっ、次のカップルは彼氏が彼女の首筋を舐めてたよ」
「……」
「あっ、その次のカップルはディープキスしてる」
「帰りましょ」
「待って待って! 雅から誘ったのに」
「こ、こんな条件があるなんて知らなかったのよ!」
だが、刻々と順番は回ってくる。俺たちのディープキスまであと三組。
「諦めて舌を入れるんだ!」
「い、イヤ! ぜーーったいイヤ!」
「じゃあ、こうしよう。雅は舌を止めておいて、俺が舌を動かすんだ!」
「一緒よ! ムリっ!」
「でも、順番が回ってくるよ?」
「……」
雅は酷く焦っている。どういう結論を出すのか、見物である。
とうとう俺たちの順番が回ってきた。
「それでは証明ください!」
女性店員の要求に、雅は腕組みしてきた。
「こ、これでどうですかぁ?」
「――ッ!」
焦っているため、強めに腕を絡ませてくる雅。お胸の感触が伝わってくる。
――や、やわらかい。もう死んでもいい。
「ええーー、もっとないですか? もう一度、証明くださーーい!」
なんと淫乱な要求をしてくる女性店員だろうか。隣を見ると、悔しそうな顔をする雅。
「(これでもダメなの?……しかたない)」
小さく呟き、ひとりで納得している。なにをしてくれるのだろう。
「ちゅ」
「――ッ!」
なんと、雅が俺のほっぺにキスをした。俺は失神寸前である。
「は~~~~い! 最高でした。どうぞ~~~!」
淫乱女性店員が中へと入れてくれた。雅と腕を組みながら入店する俺は昇天寸前の足取りだ。
空いている席に座るや否や、
「もうっ! ホント、サイッテーー! 口、消毒しなきゃ」
「でも、最高だったよ。雅の唇」
「――ッ! も、もう忘れて!」
「一生忘れられない」
「もう、やだぁぁ」
顔を手で隠し、下を向いている。可愛い。
「せっかく入れたんだし、ケーキ食べよう」
「……そうね」
色々なケーキを取って食べたが、どれもこれも本当に美味しかった。食べ放題の半額は物凄くお得だった。俺にもお得なことが訪れたことだし、最高のバイキングとなった。
もう満足、というほどの量を食べ、店を後にした。
「いやあ、美味しかったね」
「そうね! 私はショートケーキが一番良かった」
「アレは特に美味しかったね。それと、アレ。モンブランも良かったよ」
「そうそう」
楽しく会話をしていると、
「えっ、あなた達!」
突然、声をかけられる。声の方を見ると、大学帰りの楓さんの姿があった。
「お、お姉ちゃんっ!?」
楓さんはデカデカと書かれたカップル限定の文字を見て、
「あら~~~、もうカップルになったんだぁ~~~」
「ち、違うのよっ」
「でも、カップル限定って」
「フリよ、フリ」
「あらっ、不正したの? いーけないんだ、いけないんだ。店員さんに言ってこよっと」
「ま、待ってお姉ちゃん!」
「じゃあ、認めなさい。カップルだって」
「……」
突如、決断を迫られる雅。俺もその答えには非常に興味がある。
「……もうちょっと」
「えっ? なあに?」
「もうちょっと待って!」
「もうっ! 焦らすわねえ。まあ良いわ。それはそうと、アレ、買っておいたわよ」
「えっ?」
楓さんの言うアレとは一体。
「私、なにか頼んだっけ?」
「なに言ってるのよ! 単三電池が二本必要なんでしょ? 一軒目が売り切れだったから、もう一軒回ったんだから!」
「はっ!」
――単三電池? それも二本?
「何に使うの?」
「え、あ、いやあ、リモコンの電池がなくてね」
「そぉ?」
雅の顔を下から覗く楓さん。
「まあ良いわ。私、先に帰るからカップルはごゆっくりーーーー」
「お姉ちゃんっ!」
手を振りながら先に楓さんは帰って行った。
その後、ふたり帰り道を歩いていると、記憶の断片からとんでもないことを思い出した。
「雅!」
「えっ! な、なに?」
雅の焦るこの様子。おそらく、と思い、
「前にあげたオモチャ、アレ単三電池二本じゃなかった?」
「――ッ! えーー、そうだったかなぁ?」
明らかに怪しい。使うつもりだな、と感じ取った俺は、
「気持ち良くなってね」
「や、やめてええええ!」
恥ずかしさで顔を隠すミヤビちゃんだった。
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