第35話 エレベーターパニック

 鏡花が昼食を用意してくれたので、三人で食べた。

 料理上手な鏡花の昼食は本当に美味しかった。


 食後、色々な話で盛り上がる俺たち。雅が提案する。


「ねえ、アニメ見ない?」

「そうだなぁ、雅が見るような作品あったかな?」


 鏡花が棚を調べている。俺はもしもの時のために家から持参していたある物のことを思い出す。


「そうだ! 俺、家からアニメを持って来ていたんだ! 一緒に見よう!」

「本当か。なら、それにしよう」


 雅と鏡花の賛成を得て、俺は鞄からブツを出す。


「コレだ!」


 それは、以前ハマダ電機で買った『巨乳戦士パイーシャ』。


「なに、それ?」


 冷めた目で雅が言う。


「コレ、面白いんだよ。まあ一度見てみて!」

「……全然、気乗りしないんだけど」


 鏡花は渋々、


「まあ、和哉が薦めるんだから一応見てみよう」

「鏡花は物分かりが良くて助かる」


 その言葉で機嫌を損ねた雅は、


「なによっ! だったら、鏡花と付き合いなさいよ!」

「ダメだっ! 俺は雅以外考えられないっ!」

「えーー、えーー、悪かったわね、物分かりが悪くて」

「そ、そんな意味で言ったんじゃないんだ」

「ふんっ」


 鏡花が助けに入る。


「おいおい、喧嘩はやめないか。アニメを見よう」

「……そうね」


 鏡花の言葉には素直になる雅。

 鏡花の部屋にはテレビがあったので、プレイヤーにDVDをセットする。


「じゃあ、再生するよ」


 再生ボタンを押すと、パイーシャちゃんがすぐに登場する。


「な、なに、この子……」

「なっ! 可愛いだろ?」

「……さ、さあ」


 悪が登場し、戦っている。


『覚悟しなさあ~~い! パイパイビームっ!』

「ほらっ、素晴らしい!」

「……」


 ふたりの顔を見ると、とても冷めている。なぜだろう。


『くっ! やったわねっ! くらえっ、パイパイミサイルっ!』

「いやあ、何度見ても良いっ!」

「……」


 まだふたりの顔は冷めている。山場だというのに。


 三十分のアニメ作品はあっという間に終わってしまった。名残惜しい。


「どうだった?」

「サイッテ―ね」

「なっ! なんてこと言うんだ雅っ!」

「全体的にお下劣なのよっ!」

「そ、そんなこと……。鏡花は?」


 急に振られ、慌てる鏡花。


「え、い、いやあ、どうかな? 私は好みじゃないかなぁ」

「そ、そんなっ!」

「こういう作品は男の方が好きなんじゃないか?」


 鏡花の後ろに『そーだ、そーだ』と言わんばかりの顔をして雅が立っている。エロ小説を嗜んでいる癖に。内緒だから言わないが。


「そ、そうだ! もう一本持って来ているんだ」

「えっ、まだあるのか?」

「うん。ちょっと待ってて」


 俺は再度鞄からもう片方のブツを出す。


「コレだ!」


 それは、この前雅と一緒に見た韓国ドラマ。中身はそのままだ。


「――ッ! ちょ、ちょっと、ストーーーップ!」

「なんだ、雅?」


 こっちこっちと促され、雅の傍に寄ると、


「(アンタ、なんてもの持って来るのよっ! 十一分あたりから大惨事になるじゃない!)」

「(ふふ、鏡花がどういう反応をするのか見てみよう)」

「(やめときなさいよっ! 変態っ!)」

「どうかしたのか?」


 不思議そうな顔で聞いてくる鏡花。


「鏡花、これはやめておきましょ?」

「なぜだ? 私も韓国ドラマ好きだぞ?」

「いや、そういう問題じゃないのよ。さっ、和哉。仕舞ってっ!」


 鬼の形相で俺を見る雅。


「はい、仕舞います」


 素直に言う事を聞いておいた。我ながら的確な判断だったと思う。


「そうだ、雅と鏡花の昔の写真を見せてよ?」

「あったかなぁ。ちょっと探してみる」


 俺はどうしても幼女ミヤビちゃんを見たかった。ロリコンだからではない。将来、そのような顔の子供を持つかもしれないからだ。


「おっ、あったぞ。一枚しか無いが」

「どれどれ?――ッ!」


 それは公園で撮った一枚。雅と鏡花が幼稚園服を着ている。鏡花も可愛いが、とにかく雅が可愛すぎた。うわあ、ペロペロしたい。


「ふたりとも可愛いなぁ」

「ちょっとやめてよ」

「鏡花には悪いが、特に雅が……」

「ちょっと、アンタ、よだれ出てる」


 傍からはロリ目当ての犯罪者にしか見えないだろう。だが、未来の娘を拝む事が出来た。産まれてきてくれた暁には、大切に大切に育てるとしよう。


「あれっ、右奥に何か落ちてる――」


 写真の中に本らしきものが落ちている。それを詳しく見ようとすると、雅が写真の上に手を置いた。


「ダメっ!」

「あっ、何をするっ! 雅、手を離しなさい!」

「いやっ! 鏡花、助けて!」


 ため息をつきながら鏡花が諭す。


「やめないか、和哉。雅が嫌がってるぞ?」

「で、でも……」

「嫌われても良いのか?」

「そ、それはダメだ。諦めよう」


 仕方なく諦めた。今度こそ本のタイトルを知ることが出来たというのに。


 その後は鏡花の部屋でゆっくりと過ごした。楽しい時間はすぐに終わり、俺たちは帰ることにする。


「いやあ、ふたりのおかげで楽しかったよ」

「俺たちも楽しかった。また一緒に遊ぼう」

「ああ、いつでも来てくれ」


 玄関扉まで送りに来てくれた鏡花に挨拶をする。


「それじゃあ、鏡花。また学校でね」

「ああ。雅、帰りに喧嘩するなよ?」

「わ、わかってるわよ」

「じゃあな」

「ええ」


 雅も鏡花に挨拶をした。

 俺たちはエレベーターへと移動する。


「楽しかったね」

「そうね」


 エレベーターが開き、中に入る。また誰も乗っていなかった。これはエレベーターキスのチャンスか。


「雅」

「なに?」

「キスしよう」

「だからしないってっ! こんな所でするわけないでしょ!」

「くっ! キムタケみたいなことが出来ると思ったのに」

「ふんっ、顔が違うでしょうが、顔が」

「なんて失礼なっ!」

「むふふふ」


 口に手を当てて笑っている。俺も自然と笑顔になる。


 とその時、突然激しい音が鳴り、エレベーターが止まった。


「えっ、な、なに?」

「故障……かな?」


 静まり返るエレベーター内。電気は点いている。


「ねえ、落ちたりしない? 怖いわ!」

「落ち着くんだ! 俺が付いてる」


 気丈夫な雅がうろたえている。俺の右腕にしがみついて。


「そうだ、緊急ボタンを押して連絡を取ろう」

「う、うん……」


 黄色の緊急ボタンを押すが、全く反応しない。更には、どのボタンを押しても反応がない。電気は点いているのに、なぜボタンの電気は点かないのかわからない。


 とその時、再び激しい音が鳴り、エレベーターが揺れる。


「きゃあああああああああ! 怖い怖いっ!」


 その場にしゃがみ込む雅。俺は急いで雅に駆け寄り、しゃがむ。

 すると、雅が抱きついてきた。それほどまでに怖いのだろう。


「大丈夫だっ。俺が付いてる。絶対雅を離さないっ」

「お願いよ、和哉……」

「ああ。あっ、そうだ。鏡花に電話をしよう!」


 俺は急いで鏡花に電話をする。圏外ではないこの場所から無事に連絡が付いた。


『どうしたんだ?』

「鏡花か! エレベーターが動かなくなった! 中に閉じ込められている!」

『なんだってっ! エレベーターの中に緊急連絡先は書いてないのか!』

「そ、そうか! ちょっと見てみる」


 急いで確認すると、保守会社の電話番号が載せられている。


「あった! 掛けてみるよ!」

『ああ! 私も今から向かうから頑張れっ!』

「ありがとう」


 鏡花と電話を切り、保守会社に電話をする。待機していた従業員が対応してくれたので、すぐに向かってくれるらしい。


「雅、もう大丈夫だ!」

「ほ、ホント? は、早くこっちに来て」


 雅が俺を求めている。こんなことは初めてだ。


「ああ。さあ、おいで雅」

「うん」


 素直に抱きついて来る。最高。


 だが、三度目の揺れが轟音とともに起こる。


「いぃぃぃやぁぁぁあああああああああああ! 私たち、死ぬの?」

「だ、大丈夫だろ? たぶん……」

「落ちたらどうするのよっ! 絶対助からないわ」

「ちょ、ちょっと落ち着いて――あっ!」


 ジタバタする雅の反動でそのまま後ろに倒れ込んでしまった。

 以前、俺の部屋のベッドで起こった構図のまさに逆。俺が下で、雅が上。


「はっ!」


 気付いてすぐ起き上がる雅。俺の股にまたがる格好は、まるで騎○位のようだ。

 理性が飛び始めた俺は、


「今度こそ口と口でキスしよう」

「い、イヤよっ! こんな時になに考えてんのよっ!」

「こんな時だからだ! もし、エレベーターが落ちたら、これが俺たちの最後の口づけになる!」

「――ッ!」


 死を覚悟したような目で俺を見つめている。


「……わかったわ」

「えっ!?」

「そうよね。死んじゃったら終わりだものね。でも、恥ずかしいから目を瞑って」

「う、うん」


 俺は静かに目を閉じた。だが、どうしても、という思いからうすーく目を開けた。すると、垂れる金髪を右手で押さえながら顔を近づける雅が見える。


 ――あーー、とうとうファーストキスか。雅と、雅とっ!


「大丈夫かっ、ふたりともっ!」


 突如、エレベーターの扉が開いた。もうちょっとでファーストキスだというのに。


「あっ……」


 俺と雅は同時にそう言った。

 今、俺たちがしようとしている行為を全ての人が見ている。鏡花、保守会社の従業員、マンションの野次馬住人。

 しかも、雅が上のため、どう見ても雅が襲っているようにしか見えない。


「えっ、あ、いぃぃぃやぁぁぁぁああああああああああ!」


 そのことに気付いた雅が叫ぶ。

 その後、気まずい表情で鏡花が言う。


「す、すまん。お取込み中のところ」

「ち、違うのよっ、鏡花! 和哉に襲われたのよっ!」

「雅が上だったが……」

「もうっ、ヤダぁあああ!」


 地獄のような天国のような、そんなエレベーターパニックだった。


 そんなことよりも、またしてもファーストキスをお預けにされたことを俺は心から悔しがるのだった。

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