第4話アイラ

あれから数ヶ月が経った。訓練は激化する一方で、怪我の勢いも留まるところを知らない。

 そんな過激な日常が繰り返されているが、二つくらい変わったことがある。

 一つは、魔法の訓練の難易度が跳ね上がったことである。前世の記憶が戻った辺りから婆さんの目の色が変わり、今は魔法を同時発動、コントロールができるようになった。一度コツを掴んだらもう何重でもできる。威力も、毎日のランニングコースに表れる魔物を赤子の手をひねるように倒すくらいは余裕だ。しかし、婆さんは一言も褒めることなく、更に厳しい内容に随時更新中である。

 常人なら夜逃げでもしてそうだ。したら殺されかねないけど。婆さんを怒らすと血を見ることになる。今でもあの夜のできごとのことを考えるとちびりそうになる。


 閑話休題。


 二つ目は、訓練ばっかりで、五歳になるまで婆さん以外と話した記憶がなかった俺が、一月ほど前にエルフの女の子と知り合った。歳は六つで、金糸のような艶やかな髪を伸ばしているのが特徴の女の子だ。歳が俺より上だと分かるとお姉さん顔をしたがる可愛い子である。


「シアーンどこ〜?」


 くるくると辺りを見渡すので、緑が基調のワンピースが揺れる。そして俺を見つけ、眩しい笑顔で駆け寄ってきた。


「見て見てシアン、水鉄砲〜」


「うわっ、やめてよアイラ!」


 あーあ、服がびしょびしょだ。火魔法で乾かせば済む話なのだが。

 ちなみに最近、アイラに魔法を教えることになった。

 婆さんに彼女のことを話すと、「人に教えることで気づくこともあるんだよ」と言っていた。まだ少ししか教えていないが、婆さんの言うことは本当で、毎日新しい疑問や発見が出てきて楽しい。


「えへへ〜」


「なんで照れる!?」


「よしよし、シアンは可愛いんだからね〜」


「うっ、ふにゃぁ……」


 火魔法と風魔法で服を乾燥させていると、アイラが抱きついてくる。アイラの方が身長が高いので、顔が埋まる形になる。そしてそのまま頭を撫でられる。

 そしてこのアイラ、頭の撫で方が異常に上手いのだ。

 なぜなら彼女、頭を撫でる時、無意識的に風魔法を使ってほんわかと撫で上げるためだ。そこに天性の、相手の気持ちいい場所を探す才能が加わる。

 それにより、頭をホールドされたら最後、その手腕に脱力するしかない。


「お姉ちゃんのこと大好きだね〜!」


「うぅ」


「お姉ちゃんのこと大好きって言って?」


「う、ん?」


「うーん。じゃあ、アイラお姉ちゃん」


「あいらお姉ちゃん……」


「大好き」


「だいす……はっ!? なんだか分からないけどヤバい気がする!」


 と、このようにたまによく洗脳されそうになったりする。


「やってるかい?」


 ここで婆さんの登場。


「おばあちゃん! 私水鉄砲撃てるようになったよっ!」


「そーかい! そりゃあ凄いねえ! アイラちゃんは偉い子だ」


 婆さんはわしゃわしゃとアイラの髪を撫でる。アイラは気持ち良さげに目を細めている。

 なんだこの扱いの差は。俺なんて一度しか褒められたことはないのに……。


「私も大きくなったらシアンみたいにすっごい魔法が撃てるようになるかなあ?」


「なるさ! シアンなんて魔法士のちんちくりんだよ。すぐに超えられるさ」


「やったー!」


 そう言ってアイラは笑顔をこちらに向ける。それだけで俺の暗い感情は吹び、頬が緩む。


「何笑ってんだい! アイラちゃんに早く次の魔法教えてなんな!」


「は〜い」


 どこまでもアイラに優しく俺に厳しい婆さんである。


「アイラ〜! 迎えに来たぞ〜」


 アイラのお父さんの登場である。ワックスで艶のある金髪が、夕陽に照らされて黄金に輝いている。凛々しい顔立ちと一挙一動からは気品が溢れる。

 アイラの父は貴族であり、よくこうしてアイラを迎えに来る。


「お父さ〜ん!」


「おぉ、今日はどんな魔法を教えてもらったんだい?」


「水鉄砲!」


「凄いじゃないか! アイラは天才だなあ」


「シアンが教えたくれたの!」


「そうなのかっ、シアン君、いつもありがとう」


「いえいえ、俺も楽しいですし、アイラのおかげで新しい発見があったりするので、助かってます!」


「そう言ってもらえると助かるよ。アマンダさん、娘の面倒を見ていただいて、ありがとうございます」


「いいよ、こんな老害にできることがあるなら言いな」


 どこが老害だよ。

 アイラのお父さん、ジュールは一礼をしてアイラの手を引いて帰っていった。


「どうだい、魔法を教えるのは」


 ポツリと婆さんが言葉を零す。


「難しいよ。魔力が暴走する怖れもあるし、なにより魔法を過信して取り返しのつかないことになるのが怖い」


「そうならないための訓練じゃないか。自分が強くなることで、アイラちゃんが暴走しても止められるんだよ。よし、今日から夜も魔法の練習をしようじゃないか!」


「えっ」


「返事は!」


「は〜い」


 俺は、力を求めて今日も倒れるまで訓練をする。

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