二人きりアイソレーション

Garm

プロローグ:昼下がりコンフュージョン

 仕方が無いので、なんとなく、そこにいた綺麗な男の人に声をかけてみた。

「お兄さん、暇ですか?」

 美の化身みたいなその人は、にこりと笑った。気を抜いたら落ちそうなレベルには美しい。玉砕覚悟のアプローチ。いやまあ、実際に玉砕してもらわないと困るのだが。

「ええ、今日やるべきことは午前に終わらせましたので。ところで何の用です?キャッチにしては時間が早すぎると思いますが」

 余裕が漏れ出しすぎて、こっちの背筋がぞくっとしてくる。なんかあからさまにヤバそうだが、賭けに負けたんだから仕方がない。同級生との悪ノリの延長とはいえ、代替案の方が地獄なんだからやるしかない。

「お兄さん、私とお茶でもしません?」

 声が上擦った。しかし相手は動じない。彼は一瞬真面目な顔をしたが、すぐににこりとした表情に戻った。

「いいですよ。なんならおすすめの場所があるので、そちらに行きませんか?こう見えて私、このあたりには詳しいんです」

 何がこう見えて、なのかよく分からないが、より面倒なことになってきたのは明らかである。最初の想定ではさっさと玉砕してアイツらのところに戻り、という感じだったので、トントン拍子に進んでいる今の状況は非常に不味かった。まあどこかで理由を付けて帰ればいいだろう、とも考えていたが。ともかく私は彼に付いていくことにした。


 暫く歩いた後、彼は足を止めた。

 ……ここは、明らかに歓楽街である。

「こんなところに美味しいお店なんてあるんですか?」

 何も言ってこない。

「……ごめんなさーい、先に帰りま」

 腕を掴まれた。叫ぼうにも、突然のことで声が出ない。

「あら、誘っておいて先に帰るなんて、ちょっと有り得なくないですか?」

「いや、あの、それはただの罰ゲームというか悪ノリというか」

「ではなおさら帰せないですよ。オトナをからかったのだから、それ相応のお仕置きは必要でしょう」

 その笑顔に背筋が凍る。そうだ、真実を話せばきっと許してくれる、許してくれるだろう。

「あの、ごめんなさい……。実は俺、おと」

「おっと、言えば帰してくれると思ったんですか?可愛いですねぇ、甘いですねぇ。そんなの、とっくに気付いているに決まっているでしょう?

 ……気付いていて、なおかつタイプだったからあえて誘いに乗った、もしやそれをまだお分かりでない?」

 その顔は笑っていなかった。そういえば、綺麗な目をしている。いやそんなのは今大事じゃない。見た感じからかっている様子でもなさそう、いや、この男なら有り得るのか?たしかにポーカーフェイスだけど、いや、でも、え?

 思考が止まった。

 ……なんで顔真っ赤なの、私?

 想定外の褒め言葉に情緒がバグったらしい。というかそのバグった情緒で更に頭がこんがらがってしまった。

「と、いうわけなので、これからちょっと付き合ってほしいんですが、二時間ほど取れますか、”お嬢さん”?」

 その後の記憶がないのだが、正常な判断を出来なくなった私は、首を縦に振ったのだろう。


 ともかく私は、童貞よりも先に他のものを失うことになってしまった。

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