異世界で学ぶ紳士の処世術

アーサー・リュウ

第1話 落ちて塞がる

パスコースってのはあらかじめ決まっていて、いつもなら投げればそれを拾ってくれる後輩のWR(ワイドレシーバー)がそれを拾ってくれるはずだった....


ドザ!


そんな音がショルダーパッドから聞こえるなんてアメフトをやっていればよくあることだったが今聞こえた音は今までとは違っていた。


ボールは宙を舞ってあらぬ方向に飛んでいき、この物語の主人公はグランドに薙ぎ倒された。


ブリッツで突っ込んできてタックルされたようだった、選手はそっと手を差し伸べてくれたが動くことができなかった。


このパスが通れば...

高校アメフトの全国決定戦が目の前だったのに無惨にも逆転勝利ともならず試合終了のホイッスルが鳴り響いた―――


差し伸べられた手をつかむこともできず、痛みと悔しさから彼はグランドに蹲った。



そして、怪我をした。

しかも取返しがつないものだった...


「残念だけど、これ以上はアメフトはダメだね」


医者のそんな言葉を聞いてショックだったのはもう一つのショックだった。

理由は聞かなかった、その言葉が辛く胸に突き刺さったのだけが記憶に残ってた。


周りからの励ましの声は聞こえなかった。

耳や目に入ってくるのは、自分を批判する声ばかり……


寝込むようになり、学校から足も遠のいていった。



休み休みではあったが学校には一応行っていた。

でも、笑顔ではいられなかった。

大学のスカウトの話も飛んでいく、チームメンバーから自らだんだんと離れていった。


みっともない自分を見せたくなかった―――

そう、誰にも。


主人公の名前は、タチバナ・キリュウ。

高校2年生でアメフト部の元エースプレイヤー、花形ポジションであるQB(クオーターバック)で才能があったようですぐに頭角を表して1年生にしてオフェンスチームの要であるポジションをレギュラーでやっていた。


自分はきっとこれから胸を張って生きていけるそう思った矢先の怪我だった。


中学時代に急に人と話す事が苦手になり、自信を消失しネガティブな生活を過ごしていた。

アメフトを始めてやっと自分にも輝ける場所、自信が持てる場所があると思って続けていたのに今はそれが崩れ落ちてまた昔に戻ってしまっていた。


合わせる顔がない。

何かと理由をつけて、クラブからは足が遠のいて行っていた。


授業が終われば、そそくさと家に退散し寝る。

深夜に起きて、動画を見たりゲームをしたりして少し寝て朝になれば気分が良ければ学校に行くそうでないなら家にいる。

それ繰り返していた。


そんな日々を繰り返していると人間てのはどこかで何かを思うと段々と全てが嫌に見えてきてしまうようにキリュウ自身が感じていた。


また朝が始まった。

心配してくれる人は母親と恋人のコウサカ・アユミぐらいになってた。


だるい身体を起こして、久々に何を思ったのかふとスマホを覗き込むと通知が一杯溜まっている事に気がついた。


「キィちゃん。ご飯扉の前に置いてるからね。今日はお母さん、仕事だから遅くなるからね」


そう、母親の声が聞こえて床に何かが置かれる音が聞こえた後足音が遠くに行くのが聞こえてきた。


『ありがとう』そんな言葉も忘れたのかもしれない言葉すら出てこなかった。


とりあえず、

スマホのメッセージアプリを見て、大きくため息を吐いた。


そして、スマホを床に投げ捨てて布団に覆い被さった。


『ごめんなさい。好きな人ができたから、これで終わりにしよう———

バイバイ』


そう彼女からの通知が目に入ったからだった。何もかもが崩れ落ちた音が聞こえた。


「俺...やっぱり、ダメなんだ。やっぱりダメなんだ....

どうせ、俺なんか」


布団の中で自分の顔を殴る。

そうでもしないと心が収まらなかった。


自分自身に腹が立って仕方がなかった。

こんなみっともない自分自身が嫌いで仕方がなかった———


「おい、キリュウぅーいるか?いるなら返事しろぉ〜い」


そう声が聞こえて、ふと我に帰った。

声の主は10歳の離れた兄だった。


扉の向こうからドンドンと無関係に扉を叩いてきていた。


「大好きなお兄ちゃんがきてやったぞぉ。

お前、学校行けてないんだろ?」


「行ってるよ!」


そう、思わず怒鳴って返したが兄は相変わらずの笑みを浮かべていた。


「なんだよ。それはぁ。まぁいいさ、今暇だろ。付き合えよ」


「はぁ?忙しいんだよ……寝るのに」


キリュウはそう言って、布団に被さった。それを兄はひっぺがえすようにした。

目の下にクマがあるニコニコした兄が筋肉質ごつい腕で、普通の高校生にしては肉付きのいい弟を引っ張り上げた。


兄のリュウは、今は消防士をしている。

今は実家を離れて待機宿舎と呼ばれる寮に暮らしているが、そろそろ付き合ってる彼女と結婚するらしく実家の近くで家を買うつもりでいるらしい。


兄は立派だ。

キリュウにとってはとても眩しい存在だった。

常にヒーローだった……


8年前に父が消防士を辞めて転職先で起こった事故で亡くなってから、兄は暗い顔を見せなくなった。

きっと残された家族を守らないといけないという決意があったのだろう。

大学を中退しそのまま父と同じ道を進むことにした。


『もともと興味はあったんだぁ~』


兄はそう言っていたが、兄は大学でアメフトをしてそのあとも渡米してプロとしてアメフトでチャレンジするつもりだったし、国内トップリーグ実業団チームからの誘いも棒読みだったそうだが……


小学生ながら全てを捨て家族の為にと思っていたのように感じていた。


キリュウがアメフトを始めたのも兄の影響があった。

リュウは高校で全国大会出場し優勝に貢献した功績も持っていた。ポジションはLB(ラインバッカー)で、キリュウとは違いディフェンスの司令塔だった。


恥ずかしながら、本当は兄と同じLBをしたかったが、体格がLBとは少し違ったようで同じ司令塔ということでオフェンスチームでQBをすることを選んだ。


ずっと、兄のように輝ける人になりたいと持っていた。

明るく、笑顔で――――


「なんだよ。浮かない顔してさ。非番の兄貴について来いよ」


力強くそう、弟を持ち上げられて笑いながらキリュウは部屋から連れだしていった。


車に詰め込まれてどこに行くわけもなく、車は走り続けた。

少しばかり太陽がまぶしく感じられた。


「アメフトできないんだってな。聞いたよ……」


兄はそう突然口を開いた。


「ああ。そうだよ……」


「悲しいよな。俺もその気持ちどことなくだけどわかる気が……」


「兄貴にわかるはずねーよ!」


思わず怒鳴ったが、兄は顔色を変えることなく信号が変わったのか車を走らせて行った。


キリュウは少しばかり、怒鳴ったことをに後悔した……


『兄さんは……俺や母さんの為に夢を諦めたのに、俺はなって事行ったんだろう』

そう思った時だった。また信号で車が止まり、兄はふと口を開いてこういった。


「俺は、学校に行けよなんて言わないさ。怪我は仕方がないよ。でも、大切なのは次を考えろよってことだよ」


『次って…?』


あの言葉を聞いて、キリュウはそう思ってふと考えることにした。

でも、その次というのが見当たらなかった……

『兄貴みたいに、かっこよく生きたい。でも……』

でもその時キリュウにはそんなことすら思い浮かばなかった。


思い浮かぶのは自分を責めるチームメイトの姿と惨めな自分を見て去っていく恋人の姿、そしてすべてに落胆しきった目の前にいる自分自身だった。

目を閉じれば、みじめな自分が嫌になっていく――――


「どうして、そんなこともできなんだよ!!!!」


「どうせ、俺なんか」


その言葉は発した気がしなかったが、実際は喉からその言葉が出たようだった。

兄は叫んだ、キリュウをただ見詰めていた。


「ごめん。兄貴……やっぱり、家に帰りたい」


「わかったよ」


兄の目はかわいそうな人間を見つめるような心配そうな目で見ていた。

そんな目で見つめて欲しくなかった―――


『兄貴には、強くてかっこいいままで明るくいて欲しいよ……』



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