第11話

 小学校島から最下層まで墜落してから数時間、結局私は日暮れまでにマンションまで帰ることはできなかった。


 単純に下まで落ちすぎたというのもあるし、この島群での移動は上から下にある島へと移動していくのは楽なのだが、下から上の島へと移動していくのは島が重なるタイミングを待たねばならないので、結構時間がかかるのだ。しかも先程のような事があったばかりだと、ついつい島から島への移動が慎重になってしまう。


 おかげで私は初めて訪れる島で夕日が沈むのを拝むことになってしまった。

 暗くなっても殆どの島には街灯の明かりがあるし、このまま頑張ってマンションまで帰ってもよかったのだが、これ以上土まみれでいるのも嫌だったし、怖がりの私にとって夜の移動はちょっと怖い。

 だから、ここは以前からやってみたかった事を決行することにした。


 私が今いる島は、広い車道の左右に似たようなデザインの家が並ぶ住宅街が広がっているだけの、あまり特徴のない島だ。

 私はまず島の端にあるコンビニに立ち寄り、その日の晩御飯にするお弁当と、歯ブラシや化粧水などを手に入れた。

 そして適当に目についた家の玄関を開けて、中に向かって呼びかける。


「ごめんくださーい」

 当然のように返事はない。

 それならばと、私は玄関の前で土を払い、靴を脱いでその家に上がり込む。

 ここが今日の私の寝ぐらだ。

 そう、私がやってみたかった事とは、天空マンション以外の場所へのお泊まりである。


 この世界に来てから、私はあのマンションの119号室以外で夜を明かした事はない。

 単純に自分が選んだあの部屋が一番過ごしやすくて落ち着くというのもあったし、いくら開き直っているとはいっても、やっぱり人様のお宅に勝手に宿泊するというのはちょっと抵抗があったからだ。

 でも、今後この広大な島群を探索してゆくのであれば、一々天空マンションに帰っていては効率が悪い。他所へのお泊まりにも慣れておかねばならないだろう。


 リビングに荷物を置いた私は、お風呂場で湯沸かし器の電源を入れ、お湯を張る。そしてお風呂が沸くまでに軽く家の中を見て回ると、二階の一室の壁にセーラー服が掛けられているのを見つけた。どうやら私と同世代の女の子が住んでいた部屋のようだ。

 これはラッキーだ、着替えを調達することができる。


 部屋のタンスを漁って着替えを手に入れた私は、今着ている服を洗濯機に放り込み、土汚れと今日の不運を洗い流すために、ゆっくりとお風呂に入った。


 それからリビングで夕食を済ませた後、先程着替えを調達した部屋へと再び上がった。リビングにあったソファーで寝ようかとも思ったけれど、やっぱりどうせ寝るならベッドが良い。

 改めて部屋を見渡すと、部屋の主は綺麗好きらしく、部屋の中はきちんと整頓されている。


 寝るにはまだ早い時間だったので、私は部屋の隅に置かれた勉強机で、昼間に本屋で手に入れた文庫本を読みながら、眠気が押し寄せてくるまでの時間を過ごす。

 整頓された部屋の中で唯一散らかっている勉強机には、教科書と参考書が山のように積まれており、それらは全て使い込まれてボロボロであった。きっと部屋の主は真面目な人物だったのではないだろうか。


 しかしながら、やっぱり他人の部屋というのは少々居心地が悪い。今の感覚を例えるならば、そんなに仲良くない友達の家に泊まりに来て、友達だけが更に別の友達の家に泊まりに行ってしまったような感じだ。


 本に集中できない私は、何気なく勉強机の引き出しを開いてみた。中には別段珍しいものは入っておらず、部屋と同じく文房具がきちんと整頓されて納められているだけだ。

 そんな中、引き出しの奥の方に隠すように押し込まれている、ピンク色の何かが目についた。

 引っ張り出してみると、それは女の子らしいキャラクターがプリントされた、掌サイズの巾着袋だった。

 中には箱のようなものが入っているようだが、引き出しの奥に隠されていたということは、何か大切な物でも入っているのだろうか。


 他人の秘密を暴いてしまうことに抵抗はあったが、私は好奇心に負けて巾着袋の口を開く。

 するとそこには、タバコの箱とライターが入っていた。


 くすり、と、なんだか私はおかしくなって、つい笑ってしまった。

 タバコの箱を開けると、中に詰め込まれたタバコの束にはちょうど一本分くらいのスペースが空いている。


 多分周囲から真面目だと思われていただろう彼女は、何を思ってタバコを口にしたのだろう。親への反抗心だろうか、それとも勉強のストレスが解消できると思ったのだろうか。

 それは私にはわからない。

 だけど、私は何か久しぶりに人間らしい接触をしたような気がして、少しだけ胸が熱くなった。


 私の中学時代の同級生にも、タバコを吸っているクラスメイトがいた。

 彼女は別に不良だったわけでもなくて、むしろ可愛いものが好きで、流行に敏感な、私よりもずっと女の子らしい女の子だった。

 あの子もこの部屋の主と同じように、何か理由があってタバコを吸っていたのだろうか。


 ツキンと、またほんの少しだけ頭痛がした。


 私は秘密を暴いてしまった事を申し訳なく思いながら、巾着袋を元あった場所に納めようとした。

 しかしふと思い立ち、巾着に入ったタバコの箱から一本だけタバコを抜き取り、今度こそ巾着を引き出しの中に納める。

 それから私は眠りにつくまでの間、火のついていないタバコを咥えながら読書をして過ごした。

 なんだかそうすることによって、部屋の主と秘密を共有できるような気がしたから。


 そして眠りにつく頃には、少しだけ居心地の悪さが小さくなっていた。


 翌朝、早朝に目を覚ました私は、一泊させてもらった家に一礼をしてからマンション島へと帰った。

 迷いながらも昼前にはマンションに帰り着いた私は、それから夕方まで二度寝をしてしまったのであった。ほんの少しだけ人恋しさを感じながら。

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